第27話 賢者が研究対象にする
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、勇者・神代和也が正式(?)に弟子入りしました。
本人は魚釣りをしていただけなのですが、なぜか海王流剣術なるものまで誕生しています。
そして今回は賢者・九条アリサ回です。
研究者にとって未知の存在とは魅力的なもの。
触角。
尻尾。
脱皮。
普通の転生者とは明らかに違う伊織を前に、アリサの探究心は止まりません。
第27話「賢者が研究対象にする」、どうぞお楽しみください!
私が朝起きると。
天井にアリサがいた。
「ぎゃあああああ!」
私は飛び起きた。
本気で飛び起きた。
寿命が縮んだ気がする。
「おはようございます」
アリサは逆さまのまま挨拶した。
意味が分からない。
「なんでいるの!?」
「研究です」
「帰って!」
即答だった。
しかしアリサは真顔だった。
いつも通りだった。
「海老崎さん」
「なに」
「研究許可をください」
「嫌」
「お願いします」
「嫌」
「触角だけ」
「嫌」
「尻尾だけ」
「嫌」
「血液だけ」
「嫌」
「涙だけ」
「それも嫌」
全方位で嫌だった。
私は布団を抱えたまま警戒する。
アリサはため息を吐いた。
「仕方ありません」
諦めてくれた。
よかった。
そう思った。
次の瞬間。
「合法的な調査を行います」
「嫌な予感しかしない」
当たった。
その日の午後。
私は温泉街の広場に連行された。
そこには。
研究施設が建っていた。
昨日までなかった。
「なんで!?」
「昨夜建てました」
アリサが胸を張る。
「研究所です」
「早くない?」
「徹夜しました」
目の下に隈があった。
研究者怖い。
非常に怖い。
広場にはミナもいた。
ルナもいた。
和也もいた。
なぜか観光客までいた。
「海王様の能力調査だ!」
「すごい!」
帰りたい。
本当に帰りたい。
アリサは眼鏡を押し上げた。
「では第一実験」
嫌だった。
とても嫌だった。
「触角の性能を調べます」
私の触角がぴくりと動く。
アリサは巨大な地図を広げた。
「海の向こうに船を出します」
「へぇ」
「何も見ないで位置を当ててください」
私は首を傾げた。
簡単だった。
触角が分かるから。
「右」
アリサが記録する。
「距離三キロ」
「うん」
「大型船一隻」
「うん」
「あと小さい船三隻」
沈黙。
周囲がざわつく。
数分後。
船から報告が届いた。
全部当たっていた。
「おおおお!」
観客が騒ぐ。
なぜ。
私は普通だと思っていた。
アリサは震えていた。
感動している。
嫌な予感。
「やはり!」
「なに?」
「触角レーダーです!」
かっこいい名前が付いた。
私は少し嫌だった。
アリサは興奮している。
「魔力感知!」
「うん」
「生命反応感知!」
「たぶん」
「海流感知!」
「できる」
広場が静まり返った。
「え?」
アリサが固まる。
「今なんて?」
「海流感知」
私は首を傾げた。
普通じゃないのだろうか。
できるものだと思っていた。
「ほら」
私は海を指差した。
「明日の朝には魚がいっぱい来るよ」
「なぜです?」
「流れが変わるから」
アリサが固まった。
和也も固まった。
ルナも固まった。
ミナだけ笑っている。
「伊織ちゃんいつもそんな感じだよ」
そうだった。
私は昔からそうだった。
触角が教えてくれる。
便利だった。
アリサは震える手でメモを取る。
「海流感知能力……」
「そんな大層なものかな」
「大層です」
断言された。
そして第二実験。
これが最悪だった。
「次は脱皮です」
私は嫌な顔をした。
「あれ?」
アリサは頷く。
「以前脱皮しましたよね」
した。
確かにした。
人生で初めてだった。
できれば二度と経験したくない。
「記録を聞かせてください」
私は思い出した。
あの日。
身体がむずむずした。
変な感じだった。
気付いたら脱皮していた。
「そんな感じ」
「雑すぎます」
アリサが頭を抱える。
だが研究は進む。
質問が飛ぶ。
「体調変化は?」
「少し元気だった」
「能力変化は?」
「魚が見つけやすくなった」
アリサが固まった。
そして。
「進化してる……」
「え?」
「完全に進化してる!」
また騒ぎ始めた。
私は嫌だった。
研究者が興奮するとろくなことがない。
アリサは黒板に何かを書き始める。
進化。
成長。
変異。
適応。
色々書いている。
難しい。
眠くなった。
「つまり?」
私が聞く。
アリサは振り返る。
そして。
「脱皮進化です」
かっこいい名前が付いた。
二つ目だった。
私は頭を抱えた。
なぜ私の能力には勝手に名前が付くのだろう。
その時だった。
ルナが手を挙げた。
「海王様は昔から特別です!」
「違う」
「海王様は伝説の海老人族ですから!」
空気が変わった。
私は首を傾げた。
聞き慣れない単語だった。
「海老人族?」
ルナも首を傾げる。
「あれ?」
今度はルナが不思議そうだった。
「知らないのですか?」
「知らない」
ルナは当然のように言った。
「海老人族は海の守護者ですよ」
「へぇ」
「昔話に出てきます」
「へぇ」
「海王伝説にも登場します」
「へぇ」
私はあまり気にしていなかった。
だが。
アリサは違った。
固まっている。
眼鏡がずり落ちていた。
「待ってください」
声が震えている。
嫌な予感。
「海老人族?」
「はい」
ルナが頷く。
「海王様の種族です」
沈黙。
数秒。
そして。
アリサが絶叫した。
「最重要情報じゃないですか!!」
広場に響き渡った。
みんな驚く。
私も驚いた。
そんなに大事なのだろうか。
アリサは本気だった。
「海老人族は絶滅種です!」
「へぇ」
「伝説上の存在です!」
「へぇ」
「記録がほぼ残っていません!」
「へぇ」
私の反応が薄すぎて怒られた。
だが仕方ない。
知らないものは知らない。
アリサは頭を抱えながら呟く。
「触角レーダー」
「うん」
「脱皮進化」
「うん」
「海流感知」
「うん」
「海老人族」
「そうらしい」
アリサは遠い目になった。
そして。
ぽつりと呟く。
「研究人生が足りない……」
重症だった。
夕方。
研究は終了した。
私は疲れていた。
何もしていないのに。
主に質問責めで。
その帰り道。
アリサが珍しく真面目な顔で言った。
「海老崎さん」
「なに?」
「あなた、自分が思っているよりずっと特別ですよ」
私は苦笑した。
そんな気はしない。
魚を釣って。
畑を耕して。
温泉に入って。
昼寝したいだけだ。
だが。
アリサは海の向こうを見ていた。
「海老人族」
その言葉を繰り返す。
「もっと調べる必要があります」
嫌な予感。
本当に嫌な予感しかしない。
どうやら。
私の知らないところで。
私自身の秘密が少しずつ見つかり始めているらしかった。
第27話をお読みいただきありがとうございました!
今回はアリサによる海王様調査回でした。
これまで作中で何となく描かれていた伊織の能力ですが、
・触角レーダー
・海流感知
・脱皮進化
といった形で、改めて整理された回でもあります。
本人は「普通にできること」だと思っているのですが、周囲から見ると十分すぎるほど規格外です。
また今回の重要ポイントは、やはり「海老人族」という単語でしょう。
ルナにとっては当たり前の知識でしたが、アリサにとっては歴史的大発見でした。
まだ詳しくは語られていませんが、
海王伝説
邪神ロブスター伝説
古代文明
と並ぶ、この作品の世界観に関わる重要な要素の一つになります。
そして研究者であるアリサが、その謎を放っておくはずもありません。
一方の伊織は相変わらず昼寝の方が大事です。
次回、第28話「商人が海鮮ブランド化」。
今度は大輔が本気を出します。
海王ブランドがどこまで暴走するのか、お楽しみに!
引き続きよろしくお願いいたします!




