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第25話 伊織だけやる気ゼロ

いつもお読みいただきありがとうございます!


前回、勇者・賢者・商人の転生者たちが集まり、「転生者同盟」が発足しました。


世界平和。

魔法革命。

経済発展。


それぞれが大きな目標を掲げて活動を始めます。


しかし、その中心人物として祭り上げられている伊織本人はというと――。


今回のテーマは「温度差」です。


第25話「伊織だけやる気ゼロ」、どうぞお楽しみください!

転生者同盟が発足した。

らしい。

私は知らない。

正確には知っている。

知っているけど関わっていない。

なぜなら。

「ふわぁ……」

私は温泉に浸かっていた。

朝風呂最高。

やはりスローライフとはこうあるべきだ。

ぽかぽかする。

眠い。

幸せだ。

その時だった。

どたどたどた!

誰かが全力で走ってくる音が聞こえた。

嫌な予感。

非常に嫌な予感。

「海王様!」

和也だった。

案の定だった。

「おはよう」

「修行しましょう!」

「しない」

即答だった。

和也は諦めない。

「魔王軍が活発化しているんです!」

「へぇ」

「世界の危機かもしれません!」

「大変だね」

他人事だった。

私は温泉から出ない。

和也は頭を抱えた。

「なぜそんなに落ち着いているんですか!?」

「お湯が気持ちいいから」

和也は天を仰いだ。

そのまま走り去っていった。

忙しそうだった。

勇者は大変である。

私は温泉を満喫した。

昼前。

畑へ向かう。

海老畑は今日も順調だった。

野菜も育っている。

平和だ。

本当に平和だ。

私は土をいじる。

楽しい。

その時。

空から何かが降ってきた。

「危なっ」

慌てて避ける。

どすん。

巨大な本だった。

「海老崎さん!」

アリサだった。

今日は空飛ぶ魔法で移動してきたらしい。

怖い。

「見てください!」

「なに?」

「新しい魔法理論です!」

本を開く。

文字がびっしり。

頭が痛くなった。

「すごいね」

「でしょう!」

アリサは嬉しそうだった。

「あと古代文明の研究も進みました!」

「へぇ」

「海底神殿にも行きます!」

「気を付けて」

完全に他人事だった。

アリサは困惑している。

「興味ないんですか?」

「畑の方が気になる」

私はトマトを見た。

良い色になっている。

収穫時だ。

アリサは本気で理解できない顔をした。

そして飛び去っていった。

忙しそうだった。

賢者も大変である。

昼。

私は木陰で昼食を食べていた。

焼き魚。

野菜。

スープ。

完璧だ。

その時。

豪華な馬車がやってきた。

またか。

最近こういうの多い。

馬車から降りてきたのは大輔だった。

「海老崎さん」

「こんにちは」

「商談があります」

「ない」

即答した。

だが大輔は気にしない。

「新規事業です」

紙を広げる。

地図だ。

「王都支店」

「へぇ」

「人魚王国支店」

「へぇ」

「海鮮ブランド全国展開」

「へぇ」

私は焼き魚を食べる。

美味しい。

大輔は真顔だった。

「興味ありませんか?」

「ない」

「利益が出ます」

「そう」

「大金持ちになります」

「今でも困ってないし」

大輔は黙った。

少し考える。

そして。

「温泉はどうですか?」

「好き」

「ですよね」

「うん」

「温泉旅館を増やします」

「やめて」

即答だった。

大輔は肩を落とした。

忙しそうだった。

商人も大変である。

夕方。

私は海辺で釣りをしていた。

穏やかな時間だった。

波の音。

潮風。

最高。

その時。

ミナがやってきた。

「伊織ちゃん」

「なに?」

「最近すごいね」

「なにが?」

ミナは指を折る。

「勇者は世界を救おうとしてる」

「うん」

「賢者は文明を変えようとしてる」

「うん」

「商人は世界中で商売してる」

「うん」

ミナは首を傾げた。

「伊織ちゃんは?」

私は考えた。

少しだけ。

そして答えた。

「魚釣り」

「うん」

「温泉」

「うん」

「昼寝」

「うん」

「畑」

「うん」

ミナは吹き出した。

「やる気ないね!」

「あるよ」

「どこに?」

「スローライフへの情熱」

本気だった。

むしろ一番本気かもしれない。

ミナは笑い続けている。

その時。

海からルナが現れた。

「海王様!」

「どうしたの?」

「皆様がお探しです!」

嫌な予感。

「誰が?」

「勇者様と賢者様と商人様です!」

やっぱり。

私は遠い目になった。

ルナは続ける。

「転生者同盟の会議だそうです!」

「行かない」

「重要な話だそうです!」

「行かない」

「世界の未来について!」

「行かない」

ルナは困った顔をした。

だが私は動かない。

そのまま家へ帰る。

風呂へ入る。

夕食を食べる。

そして。

布団へ潜り込んだ。

最高だった。

本当に最高だった。

その頃。

転生者同盟本部では。

勇者が世界地図を広げ。

賢者が研究資料を積み上げ。

商人が事業計画書を書いていた。

皆、世界を変えようとしている。

一方。

私は。

「すぅ……」

布団の中で眠っていた。

世界の未来より。

明日の天気の方が気になる。

魔王軍より。

魚の釣れ具合の方が大事だ。

古代文明より。

温泉の湯加減の方が重要だった。

こうして。

勇者は世界平和を目指し。

賢者は魔法革命を目指し。

商人は経済支配を目指し。

そして私だけ。

ぐっすり眠っていた。

転生者の中で。

たぶん一番やる気がなかった。


第25話をお読みいただきありがとうございました!


今回はタイトル通り、「伊織だけやる気ゼロ」のお話でした。


勇者の和也は世界平和のために奔走し、


賢者のアリサは魔法研究に没頭し、


商人の大輔は世界規模の商業ネットワーク構築を目指しています。


そんな中、伊織だけが温泉に入り、畑を耕し、魚を釣り、昼寝をしています。


ある意味、一番最初の目標を見失っていないのは伊織なのかもしれません。


ただし周囲から見ると、


「余裕のある大人物」


「全てを見通す指導者」


「海王様」


に見えてしまっているため、話がややこしくなっています。


そしてラストでは、転生者同盟が本格的に動き始める一方で、伊織だけが布団で熟睡。


第三部らしいキャラクターの立ち位置がはっきりした回になりました。


次回、第26話「勇者が弟子入り」。


諦めの悪い勇者・神代和也が、さらに海王様へ迫ります。


伊織の平穏な日常は守られるのでしょうか。


引き続きよろしくお願いいたします!

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