第18話 海底神殿
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、人魚王国へ招待された伊織。
美しい海底都市を観光するはずだったのですが、なぜか王国の一大問題に巻き込まれ始めています。
今回は海底神殿編。
これまでのスローライフや勘違いコメディに加え、この世界の歴史に関わる伏線も少しずつ登場します。
とはいえ、伊織本人は相変わらず面倒ごとに巻き込まれたくありません。
第18話「海底神殿」、どうぞお楽しみください!
人魚王国に来て三日目。
私は豪華な客室の窓から外を眺めていた。
海底都市は今日も美しい。
青白い光を放つ水晶。
珊瑚で作られた街並み。
空を泳ぐ魚の群れ。
幻想的な景色だ。
観光地としては満点である。
問題は。
「海王様、本日は神殿調査です!」
「聞いてない」
ルナだった。
朝から元気である。
私はベッドの上でごろりと転がった。
本当なら温泉に入りたい。
畑の様子も見たい。
昼寝もしたい。
だがここは人魚王国。
そして私はなぜか海王様扱いされている。
「調査隊の皆様もお待ちです!」
「帰りたい」
「神殿ですよ!」
「帰りたい」
だがルナは私の手を引っ張った。
逃げ道はなかった。
その頃。
王城の広場には調査隊が集まっていた。
王国騎士。
神官。
学者。
総勢二十名ほど。
みんな私を見るなり頭を下げた。
「海王様!」
「本日はよろしくお願いします!」
「神殿の異変をお鎮めください!」
「いや、ただの見学なんだけど」
誰も聞いていなかった。
私は早くも疲れていた。
神殿は王都から少し離れた場所にあった。
海底都市の外。
深い海の底。
そこへ向かって一行は進む。
やがて巨大な建造物が見えてきた。
「おぉ……」
私は思わず声を漏らした。
大きい。
とにかく大きい。
白い石で造られた神殿。
無数の柱。
巨大な階段。
所々崩れているが、それでも圧倒される。
まるで古代文明の遺跡だった。
「これが海底神殿です」
ルナが誇らしげに言う。
「昔の建物?」
「はい」
隣の学者が興奮気味に説明した。
「推定三千年以上前の遺跡です!」
「三千年」
「人魚王国より古いとも言われています!」
それはすごい。
私は少し興味が湧いた。
前世でも遺跡は好きだった。
テレビで見るだけだったけど。
神殿へ入る。
内部は薄暗い。
壁には古い彫刻が刻まれていた。
魚。
人魚。
海獣。
そして見たことのない文字。
「読める人いるの?」
「解読中です!」
学者が胸を張る。
つまり読めていない。
そんな気はしていた。
神殿の奥へ進む。
途中、崩れた広間や祭壇があった。
調査隊は周囲を確認しながら歩く。
私はただ観光気分だった。
「すごいなぁ」
その時だった。
ぴくっ。
触角が反応する。
「ん?」
私は立ち止まった。
何かある。
奥の方から妙な感覚が伝わってくる。
危険というほどではない。
だが妙に気になる。
「海王様?」
「ちょっとこっち」
私は脇道へ入った。
調査隊が慌ててついてくる。
しばらく進む。
そして行き止まりに見える壁へ辿り着いた。
「壁だね」
私は何となく触れた。
ごごごごごご……
地面が揺れた。
「えっ」
壁が動いた。
左右に開いていく。
隠し扉だったらしい。
調査隊が騒然となる。
「隠し部屋だ!」
「そんな記録はないぞ!」
「海王様が発見された!」
私は偶然なんだけど。
誰もそう思っていない。
扉の向こうには巨大な空間が広がっていた。
円形の広間。
天井は高い。
中央には石碑。
そして壁一面に巨大な壁画が描かれていた。
「なんだこれ……」
私は思わず呟く。
壁画には巨大な生物が描かれていた。
海老だった。
いや。
海老というには大きすぎる。
山ほどの大きさがある。
無数の触角。
巨大な鋏。
まるで神話の怪物だ。
学者たちがざわつく。
「これは……!」
「初めて見る壁画だ!」
「記録にない!」
私は近付いて眺めた。
壁画の海老は王冠のようなものを被っている。
その周囲には人魚や魚たち。
皆がひれ伏していた。
「海王様……!」
ルナが震えた声を出す。
「違う」
私は即答した。
だが誰も聞いていない。
学者が石碑を調べ始める。
「読めるか?」
「少しだけ……!」
古代文字を解読していく。
やがて彼は青い顔になった。
「なんて書いてあるの?」
私は気軽に聞いた。
学者は震えながら答えた。
「邪神……ロブスター……」
広間が静まり返った。
邪神。
物騒な単語だ。
「邪神ロブスター?」
「はい……」
学者は壁画を見上げる。
「古代の海を支配した存在」
「へぇ」
「世界を滅ぼしかけた邪神」
「へぇ」
「海王に討たれたと伝えられる怪物です」
私は壁画を見た。
海老だった。
どう見ても海老だった。
しかも少し親近感がある。
触角とか。
尻尾とか。
色々と。
「似てますね……」
誰かが言った。
「似てるね」
私も頷いた。
「海王様に」
「私に?」
調査隊全員が頷いた。
嫌な流れだ。
非常に嫌な流れだ。
私は壁画をもう一度見た。
確かに触角がある。
海老だ。
でも私は普通の少女である。
たぶん。
その時。
別の壁画が目に入った。
そこには巨大な海老と戦う人物が描かれていた。
長い槍を持つ英雄。
周囲には無数の人魚。
そして海そのものを操るような姿。
学者が声を上げる。
「海王伝説だ!」
「海王伝説?」
「邪神ロブスターを封印した英雄です!」
ルナが感動した顔で私を見る。
やめて。
本当にやめて。
私は嫌な予感しかしなかった。
さらに調査を続ける。
すると別の壁画も見つかった。
今度は巨大な都市だった。
海底都市。
空飛ぶ建物。
見たことのない機械。
まるで超文明だ。
「なんだこれ」
「古代文明……」
学者が呟く。
「失われた文明の記録かもしれません」
私は壁画を見上げた。
古代文明。
海王伝説。
邪神ロブスター。
全部繋がっているような気がした。
もちろん気のせいかもしれない。
私は難しいことは苦手だ。
スローライフしたいだけだし。
その時だった。
ぴくっ。
触角が再び反応する。
しかも今度は強い。
私は石碑の方を見た。
何かがある。
石碑の裏側だ。
近付く。
触れる。
すると。
かちり。
小さな音がした。
次の瞬間。
ごごごごごごごご……
神殿全体が揺れ始めた。
「地震!?」
「違う!」
「神殿が動いているぞ!」
調査隊が騒ぐ。
石碑の奥。
閉ざされていた巨大な扉がゆっくり開き始めた。
真っ暗な通路。
その先は見えない。
学者たちは青ざめていた。
「まさか……」
「どうしたの?」
「未発見区域です」
私は頭を抱えた。
観光のはずだった。
本当に観光のはずだった。
なのに。
なぜ隠し部屋を見つけて。
なぜ邪神ロブスターの壁画を発見して。
なぜ新しい遺跡まで開いてしまったのだろう。
誰か教えてほしい。
だが周囲の反応は違った。
「海王様が導いてくださった!」
「伝説の続きだ!」
「古代文明の秘密が!」
私は深いため息を吐く。
どうやら。
この神殿には、まだ大きな秘密が眠っているらしい。
そしてその秘密は、私の想像以上に面倒なものになりそうだった。
だが、その時だった。
「大変ですーっ!」
若い人魚兵士が広間へ飛び込んできた。
息を切らしている。
「王都から連絡です!」
「どうした?」
調査隊長が尋ねる。
兵士は興奮した様子で叫んだ。
「国王陛下が大喜びされまして!」
嫌な予感。
本当に嫌な予感しかしない。
「海王様が伝説の神殿を発見されたことを記念して、王都で大祭を開催するそうです!」
「なんで?」
思わず声が出た。
なぜそうなる。
調査を続けるのではないのか。
しかし兵士は止まらない。
「王都中がお祭り騒ぎです!」
「海王様万歳!」
「海王伝説の再来だ!」
「邪神封印の英雄だ!」
「古代文明の発見者だ!」
次々と叫ぶ。
私の称号がまた増えている。
しかも全部身に覚えがない。
ルナは感動していた。
「さすが海王様です!」
「何もしてないよ?」
「神殿を導き出したではありませんか!」
「偶然だよ」
誰も聞いていない。
調査隊も盛り上がっている。
学者たちも興奮している。
もはや神殿探索どころではなかった。
「祭りは三日後です!」
兵士が言った。
「王都の全住民が参加予定です!」
「規模大きくない?」
「海王様を称える祭りですから!」
やめてほしい。
本当にやめてほしい。
私は頭を抱えた。
ただ観光に来ただけなのに。
気付けば祭りの主役にされている。
その日の帰り道。
海底都市はすでに大騒ぎだった。
広場では屋台の準備。
神殿では飾り付け。
人魚たちは皆楽しそうに笑っている。
そして街中のあちこちで聞こえてくる。
「海王様の祭りだ!」
「今年最大のお祭りだぞ!」
「海王様に感謝を!」
私は遠い目になった。
どうやら次の面倒ごとは。
人魚王国最大の祭りで待っているらしかった。
第18話をお読みいただきありがとうございました!
ついに登場した海底神殿。
そして壁画に描かれていた「邪神ロブスター」。
まだ名前が出てきただけですが、この伝説は今後の物語にも深く関わっていきます。
また、海王伝説や古代文明など、これまで何となく語られていた世界の歴史も少しずつ見えてきました。
もちろん伊織はそんなことより平和に暮らしたいだけなのですが、なぜか隠し部屋を見つけたり、封印された場所を開けたりしてしまうようです。
そしてラストで開かれた未発見区域。
しかし、その探索より先に待っているのは――お祭りです。
次回、第19話「海の祭り」。
人魚王国最大級のお祭りで、伊織は再び面倒ごとに巻き込まれていきます。
引き続きよろしくお願いします!




