第17話 人魚王国からの招待
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、伊織の保存食改革によって漁村は大きく発展を始めました。
本人はのんびり暮らしたいだけなのですが、なぜか周囲はどんどん豊かになっていきます。
そして今回は、ルナの故郷である人魚王国へ!
海辺しか知らなかった伊織が、初めて見る海底都市とは――。
第17話「人魚王国からの招待」、どうぞお楽しみください!
「お断りします」
私は即答した。
目の前ではルナがきらきらした瞳でこちらを見ている。
嫌な予感しかしない。
王国への招待。
そんなもの、面倒ごとの塊でしかない。
「海王様!」
「だから海王様じゃない」
「ぜひお越しください!」
「行かない」
「お願いします!」
「行かない」
「お願いします!」
「……」
ルナが泣きそうな顔をした。
ずるい。
非常にずるい。
私はため息を吐いた。
「見学だけだよ?」
「ありがとうございます海王様!」
こうして私は、人魚王国へ行くことになってしまった。
翌日。
私は海辺に立っていた。
隣にはルナ。
後ろには見送りに来たミナ。
「気を付けてね、伊織ちゃん!」
「うん」
「お土産よろしく!」
「それが本命だった?」
ミナは笑った。
たぶん本命だった。
その時だった。
ルナが小さな真珠を取り出す。
「海王様、こちらを」
「なにこれ?」
「水中呼吸の真珠です」
おお。
ファンタジーだ。
私は少しだけ感動した。
真珠を口に含む。
特に変化はない。
だがルナは自信満々だった。
「これで海底でも呼吸できます!」
「便利だね」
「海王様がお作りになった物には及びませんが!」
「作ってない」
私は海へ入った。
ざぶん。
冷たい海水が身体を包む。
だが不思議なことに息苦しさはない。
普通に呼吸できている。
すごい。
魔法って便利だ。
私とルナは海底へ向かって泳ぎ始めた。
どんどん深く潜る。
光が薄れていく。
普通なら怖いはずだ。
だが不思議と怖くなかった。
周囲には色鮮やかな魚たち。
珊瑚礁。
巨大な貝。
海藻の森。
前世では絶対に見られない景色だった。
「綺麗……」
思わず呟く。
ルナが嬉しそうに笑った。
「でしょう?」
海底世界は幻想的だった。
青い光が揺れる。
珊瑚はまるで花畑だ。
魚たちは鳥のように空間を泳ぐ。
まるで別世界だった。
しばらく進む。
すると遠くに光が見えた。
最初は星かと思った。
だが違う。
近付くにつれ全貌が見えてくる。
私は思わず立ち止まった。
「え……」
巨大だった。
本当に巨大だった。
海底都市。
それ以外に表現しようがない。
巨大なドーム状の結界。
その内部には無数の建物。
白い石造りの街並み。
青く輝く水晶。
巨大な神殿。
塔。
橋。
全てが海底に存在していた。
「すごい……」
前世の観光地なんて比較にならない。
ファンタジーそのものだ。
ルナは胸を張った。
「こちらが人魚王国です!」
「大きいね」
「人口三十万人です!」
「そんなに!?」
思わず声が出た。
私が住んでいる村など比べ物にならない。
完全な大都市だった。
私たちは結界を通る。
すると海水が消えた。
足元は普通の地面。
空気もある。
不思議な感覚だった。
街へ入った瞬間。
ざわっ。
周囲が静かになった。
人魚たちが私を見ている。
ものすごく見ている。
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
次の瞬間だった。
「海王様だ!」
誰かが叫んだ。
終わった。
「海王様!」
「本物だ!」
「海王様万歳!」
歓声が広がる。
人魚たちが集まってくる。
逃げたい。
今すぐ帰りたい。
だが無理だった。
すでに囲まれている。
「海王様!」
「温泉の神!」
「漁業の神!」
「海賊を討った英雄!」
称号が増えていた。
いつの間に。
私は頭を抱えた。
「違うんだけどなぁ……」
誰も聞いていない。
そのまま王城へ案内された。
王城もまた巨大だった。
真珠や水晶で飾られている。
まるで童話の世界だ。
私は少しだけ感動していた。
中へ入る。
長い廊下。
豪華な装飾。
そして玉座の間。
大勢の衛兵と貴族が並んでいる。
中央には王座。
そこに座るのは壮年の男性人魚だった。
立派な王冠。
威厳ある顔。
どう見ても国王だ。
私は少し緊張した。
こういう偉い人は苦手だ。
面倒だから。
ルナが頭を下げる。
「お父様」
お父様。
つまり。
「あの人が国王?」
「はい!」
聞いていたが、本当に王様だった。
国王はゆっくり立ち上がる。
そして私を見る。
周囲も固唾を呑んで見守っていた。
静寂。
緊張感。
玉座の間が張り詰める。
私は少し身構えた。
その時だった。
国王が走った。
「え?」
次の瞬間。
どげぇぇぇぇぇん!
国王が土下座した。
盛大に。
ものすごい勢いで。
玉座の間が凍り付く。
私も固まった。
「え?」
国王は額を床へ擦り付ける。
「海王様ぁぁぁ!」
「え?」
「娘がお世話になっておりますぅぅぅ!」
「え?」
「どうか人魚王国をお救いくださいぃぃぃ!」
「え?」
理解が追いつかない。
貴族たちも固まっている。
衛兵も固まっている。
ルナだけが感動していた。
「さすがお父様です!」
どこが。
私は本気でそう思った。
国王は涙目だった。
そして震える声で続ける。
「実は王国の近くにある海底神殿で異変が起きておりまして……!」
「海底神殿?」
私は首を傾げた。
ルナが神妙な顔で頷く。
「人魚王国の聖地です」
「へぇ」
「数千年前から存在する古代遺跡で、代々王家が管理しているのですが……」
国王が深刻そうな顔になる。
「最近、神殿の奥から不気味な音が聞こえるのです」
「不気味な音?」
「はい」
周囲の貴族たちも青い顔をしていた。
かなり深刻な問題らしい。
「調査隊も送りました」
国王は言った。
「しかし誰も奥まで辿り着けません」
「なんで?」
「巨大な魔物が現れるのです」
なるほど。
ファンタジーらしい話になってきた。
私は少しだけ安心した。
政治問題とか国際問題じゃなかった。
魔物なら専門家に任せればいい。
「じゃあ冒険者とか呼べば?」
その瞬間。
国王とルナが同時にこちらを見た。
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
「海王様」
「なに?」
「ぜひ調査をお願いできませんでしょうか」
「嫌です」
即答だった。
しかし玉座の間にいた全員が立ち上がる。
「海王様なら!」
「海王様しかおりません!」
「海王様のお力で!」
「だから私は普通の人なんだけど!?」
誰も聞いていなかった。
ルナは目を輝かせている。
国王は拝み始めている。
貴族たちは期待の眼差しを向けている。
私は頭を抱えた。
人魚王国の観光だけで帰る予定だったのに。
なぜ神殿探索の話になっているのだろう。
その日の夜。
王城の客室で眠ろうとしていた私は、窓の向こうに見える巨大な神殿を眺めていた。
海底都市のさらに奥。
暗い海の中にそびえ立つ巨大な遺跡。
不思議な光を放つその姿は、どこか神秘的だった。
そして同時に。
私の触角が、微かに反応していた。
まるで何かを感じ取るように。
嫌な予感がする。
とても嫌な予感が。
どうやら次の面倒ごとは、あの海底神殿で待っているらしかった。
第17話をお読みいただきありがとうございました!
ついに登場した人魚王国。
これまでの海辺の村とは違い、幻想的で少しスケールの大きな舞台になりました。
そして伊織は相変わらず普通に観光したいだけなのですが、周囲はそう思っていないようです。
海王様への信仰はますます加速中……。
さらにラストでは、人魚王国が抱える問題も明らかになりました。
海底神殿とは一体何なのか。
そして海王伝説との関係は――。
次回、第18話「海底神殿」。
少しだけ、この世界の歴史に触れるお話になります。
引き続きよろしくお願いします!




