第16話 漁村復興計画
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、海賊騒動が一段落し、伊織は無事に海辺へ戻ってきました。
……が、平和な生活はなかなか長続きしないようです。
今回は漁村復興のお話。
伊織の前世知識が、またしても周囲に大きな影響を与えてしまいます。
それでは、第16話「漁村復興計画」をお楽しみください!
海賊船をもらってから数日後。
私は相変わらず海辺でのんびり暮らしていた。
朝起きる。
畑を見る。
魚を獲る。
温泉に入る。
昼寝する。
完璧なスローライフだ。
最近は海賊も来ない。
村も平和。
これ以上何を望むというのか。
私は家の前に置いた椅子へ座り、海を眺めた。
潮風が気持ちいい。
最高である。
「伊織ちゃーん!」
しかし平穏は長く続かなかった。
聞き慣れた声が近付いてくる。
ミナだった。
今日も元気である。
「おはよう」
「おはよう!」
ミナは笑顔で手を振った。
だが今日は少し様子が違った。
どこか元気がない。
「どうしたの?」
「うーん……」
ミナは困った顔をした。
「最近、魚があんまり売れなくて」
「魚?」
「いっぱい獲れるんだけどね」
私は首を傾げた。
漁獲量は増えている。
海も豊かだ。
魚もたくさんいる。
それなのに売れない?
「なんで?」
「腐っちゃうから」
ああ。
なるほど。
私は納得した。
この世界には冷蔵庫がない。
魚はすぐ傷む。
遠くまで運べない。
だから大量に獲れても余るのだ。
「そういうことか」
前世なら当たり前だった。
冷蔵技術。
冷凍技術。
流通網。
だがこの世界にはない。
だから漁師たちは毎日獲って毎日食べるしかない。
保存が難しいのだ。
「もったいないね」
私は素直に思った。
魚は美味しい。
せっかく獲れるのに捨てるのは惜しい。
その時だった。
ざばぁっ!
海面から巨大な水柱が上がる。
「海王様!」
「こんにちは」
ルナだった。
最近本当に出現率が高い。
「海王様、何かお困りですか?」
「私は困ってない」
「さすがです!」
会話にならない。
だがルナも話を聞いていたらしい。
「魚の保存ですか」
「そう」
「確かに人魚族も困っています」
意外だった。
海の民も同じ問題を抱えているらしい。
私は少し考えた。
前世知識。
そんな大層なものではない。
だが保存方法くらいは知っている。
「じゃあ教えようか」
「え?」
ミナが目を丸くした。
「方法あるの?」
「たぶん」
私は立ち上がった。
せっかくのスローライフだ。
村が豊かになれば私も楽になる。
たぶん。
その日の午後。
村人たちが広場へ集められた。
何事かとざわついている。
私は魚を一匹持っていた。
「今日は魚の保存方法を教えるよ」
村人たちは顔を見合わせた。
保存方法。
そんなものがあるのかという顔だった。
まず最初。
塩漬けである。
私は魚を開いた。
内臓を取り除く。
そして大量の塩を振る。
「これだけ?」
ミナが聞いた。
「うん」
「簡単だね」
「簡単だよ」
塩には防腐効果がある。
前世では常識だ。
だがこの世界ではあまり知られていないらしい。
村人たちは興味津々だった。
次に干物。
塩漬けした魚を干す。
海風が吹く場所へ並べる。
それだけだ。
「これで完成?」
村長が聞いた。
「数日待てばね」
「ほぉ……」
村人たちは感心していた。
最後に燻製。
こちらは少し手間がかかる。
木箱を作る。
中へ魚を吊るす。
下で木を燻す。
煙を閉じ込める。
じわじわと香りが染み込んでいく。
「いい匂い……」
ミナが目を輝かせた。
確かに香ばしい。
私も好きな匂いだ。
数時間後。
試食会が始まった。
まず塩漬け。
焼いて食べる。
村人たちは一口食べた。
「うまい!」
歓声が上がる。
塩味が魚の旨味を引き出している。
単純だが美味しい。
続いて干物。
こちらも好評だった。
「味が濃い!」
「旨味が増えてる!」
「保存できるのに美味いぞ!」
大絶賛である。
そして燻製。
一口食べた瞬間。
広場が静かになった。
みんな固まっている。
「え?」
私は少し不安になった。
失敗しただろうか。
しかし次の瞬間。
「うおおおおお!」
歓声が爆発した。
「なんだこれ!」
「香りがすごい!」
「酒に合うぞ!」
「最高じゃ!」
村長が泣いていた。
なぜ。
そこまで感動するほどではないと思う。
私は首を傾げた。
だが村人たちは違った。
目を輝かせている。
希望を見つけた顔だった。
「これなら遠くまで売れる!」
「冬も食べられる!」
「保存できるぞ!」
ようやく理解した。
この村は貧しかったのだ。
魚は獲れる。
だが保存できない。
だから売れない。
だから稼げない。
ずっとその繰り返しだった。
私は少しだけ胸が温かくなった。
「役に立ったならよかった」
本音だった。
すると村長が震える声で言う。
「海王様……」
嫌な予感。
「我々を救ってくださった……!」
「違う」
「海の恵みを永遠のものにする奇跡……!」
「違う」
「海王様万歳!」
「だから違うって!」
だがもう遅かった。
村人たちは大盛り上がりだった。
ルナまで感動している。
「海王様……」
「なに?」
「海を豊かにするだけでなく、未来まで豊かにするとは……」
「そんな大げさな」
「さすが海王様です!」
聞いていなかった。
数日後。
村は大変なことになった。
至る所に干物小屋。
燻製工房。
塩漬け倉庫。
漁師たちは朝から晩まで働いている。
保存食が大量生産されていた。
さらに。
商人まで来た。
「買わせてくれ!」
「全部買う!」
「もっと作れ!」
村は大騒ぎだった。
そして一か月後。
村は急成長していた。
新しい家。
新しい船。
新しい店。
みんなの顔も明るい。
私は温泉に浸かりながら、その様子を眺めていた。
「よかったね」
素直にそう思う。
これでみんな豊かになる。
私も美味しい魚が食べられる。
良いことだ。
その時だった。
ざばぁぁん!
温泉のすぐ近くの海面から巨大な水柱が上がった。
「熱っ!?」
盛大な水しぶきが飛んでくる。
見れば、人魚姫ルナが満面の笑みで現れていた。
「海王様!」
「近い近い近い!」
「吉報です!」
ルナは興奮した様子で私の手を握った。
嫌な予感しかしない。
最近の経験上、この予感はだいたい当たる。
「人魚王国の国王陛下が、ぜひ海王様をお招きしたいと!」
「お断りします」
即答だった。
しかしルナは聞いていない。
「ついに王国中が海王様の偉業を知ることとなりました!」
「知らなくていいんだけど」
「温泉の発見!」
「偶然です」
「海老畑の奇跡!」
「肥料です」
「海賊討伐!」
「してない」
「漁村復興!」
「保存食を教えただけ!」
私の反論は一切届かなかった。
ルナは両手を広げて宣言する。
「人魚王国は海王様を歓迎いたします!」
周囲の人魚たちも歓声を上げる。
「海王様万歳!」
「海王様を王都へ!」
「宴の準備を!」
私は頭を抱えた。
ただ静かに暮らしたいだけなのに。
なぜ王国から招待されるのだろう。
その日の夕暮れ。
海の向こうを眺めながら、私は深いため息を吐いた。
どうやら次の面倒ごとは、人魚王国で待っているらしい。
第16話をお読みいただきありがとうございました!
伊織としては「魚を長持ちさせる方法を教えただけ」なのですが、周囲から見ると大発明だったようです。
塩漬け、干物、燻製などは現代では当たり前ですが、保存技術が未発達な世界では大きな価値があります。
本人はスローライフをしたいだけなのに、どんどん地域発展に貢献してしまうのがこの作品の宿命かもしれません。
そして次回は――
ついにルナの故郷、人魚王国へ!
海王様扱いされる伊織を待ち受けるものとは……?
次回、第17話「人魚王国からの招待」もよろしくお願いします!




