第11話 海老畑を作ろう
第二部「海辺スローライフ編」スタートです!
前回までで海王様認定(本人は否定)された伊織ですが、今回はついに畑作りに挑戦します。
スローライフ作品といえば畑!
果たして伊織は平和な農業生活を送れるのでしょうか。
……たぶん無理です。
海辺の朝は気持ちがいい。
波の音を聞きながら目を覚まし、家の外へ出る。
潮風が白い髪を揺らし、頭の上の触角もふわふわと動いた。
転生してからしばらく経ったが、この触角だけは未だに慣れない。
寝ぼけている時なんて、自分の触角に驚くこともある。
「今日もいい天気だなぁ」
私は海を眺めながら呟いた。
最近の生活はかなり充実している。
家もある。
魚も獲れる。
人魚族とも仲良くなった。
近くの漁村とも交流がある。
理想のスローライフに近付いていると言っていいだろう。
ただ、一つだけ問題があった。
ぐぅぅぅぅぅ。
お腹が鳴った。
「魚ばっかりなんだよねぇ……」
朝食は焼き魚。
昼食も魚。
夕食も魚。
たまに貝。
完全に海産物生活だった。
もちろん美味しい。
伊勢海老の姿になった影響なのか、魚介類は前世よりもずっと美味しく感じる。
しかし。
「野菜が食べたい」
切実だった。
前世で当たり前に食べていたサラダや煮物が恋しい。
栄養バランス的にも欲しい。
私は腕を組みながら考えた。
そして結論を出す。
「よし。畑を作ろう」
思い立ったが吉日である。
私はさっそく家の裏手へ向かった。
そこには使っていない空き地が広がっていた。
海辺なので土質はあまり良くない。
石も多い。
塩気もある。
農業向きとは言い難い土地だ。
それでも何とかなる気がした。
前世の知識があるからだ。
家庭菜園の動画を見たこともあるし、本で読んだこともある。
異世界の農業知識としては十分だろう。
「まずは耕すかぁ……」
私は木で作った鍬を持ち上げた。
そして地面を掘る。
ガツン。
硬い。
もう一回。
ガツン。
やっぱり硬い。
「うわぁ……」
予想以上だった。
スローライフって、もっと優雅なものじゃなかったっけ。
なぜ私は朝から土木作業をしているのだろう。
そんな疑問を抱きながらも作業を続ける。
汗を流しながら地面を掘り返し、石を取り除く。
三時間後。
ようやく畑らしい形になった。
「疲れた……」
私はその場に座り込んだ。
すると聞き慣れた声が聞こえてくる。
「伊織ちゃーん!」
漁師娘のミナだった。
元気いっぱいに駆け寄ってくる。
「何してるの?」
「畑作り」
「畑?」
ミナは目を丸くした。
「魚があるのに?」
「野菜も欲しいから」
「あー、なるほど」
納得したように頷く。
ミナは畑を見回した。
「でもこの土地で育つかなぁ?」
「育てるよ」
「自信あるんだ?」
「ちょっとだけ」
私は笑った。
実際のところ、自信は半分くらいしかない。
ただ、何もやらないよりはずっといい。
その後、私は肥料作りを始めた。
魚の骨。
魚の内臓。
海藻。
落ち葉。
それらを混ぜて発酵させる。
前世で見た知識の応用だ。
ミナは不思議そうな顔で見ていた。
「それ何?」
「肥料」
「ひりょう?」
「土を元気にするやつ」
「へぇー」
感心したように頷く。
どうやらこの世界では肥料の概念があまり普及していないらしい。
漁村だから農業をしないのもあるのだろう。
私は作った肥料を土へ混ぜ込んだ。
そして種を植える。
水をやる。
これで準備完了だ。
「後は待つだけ」
「育つといいね」
「うん」
私は満足した。
これぞスローライフ。
魚を獲って、野菜を育てて、昼寝する。
完璧である。
その日から私は毎日畑の様子を見た。
朝、水をやる。
昼に様子を見る。
夕方にも確認する。
地味だが楽しい。
そして一週間後。
「ん?」
私は首を傾げた。
芽が出ている。
それも想像以上に元気だ。
「成長早いなぁ」
異世界だからだろうか。
私はあまり気にしなかった。
さらに数日後。
「んん?」
今度は葉っぱが大きい。
やたら大きい。
色も濃い。
異様に健康そうだ。
そして二週間後。
私は畑の前で固まっていた。
「……え?」
野菜が実っていた。
大量に。
しかも巨大だった。
丸い野菜は人の頭ほどある。
トマトのような野菜は拳ほどの大きさだ。
葉物野菜は異様なまでに青々としている。
どう考えても豊作だった。
それどころではない。
異常な豊作だった。
「なんで?」
私は本気で困惑した。
肥料は撒いた。
でも、ここまで育つとは思わない。
するとミナがやってきた。
「伊織ちゃーん!」
そして畑を見た。
固まった。
数秒後。
「えええええええええ!?」
盛大な悲鳴が響いた。
「な、何これ!?」
「私も分からない」
「すごすぎるんだけど!?」
ミナは巨大な野菜を持ち上げる。
そして目を丸くした。
「重い!」
「だよね」
「こんなの見たことないよ!」
私もない。
前世でも見たことがない。
その騒ぎを聞きつけて、村人たちが集まり始めた。
漁師たち。
子供たち。
村長までやって来る。
全員が畑を見て固まった。
「これは……」
「海辺の土地だぞ?」
「あり得ん……」
ざわざわと騒ぎ始める。
私は説明しようとした。
「魚の骨とか海藻を肥料にして――」
しかし。
誰も聞いていなかった。
村長が震える声で言う。
「奇跡じゃ……」
あっ。
嫌な予感がした。
とても嫌な予感がした。
そして予感は的中する。
村長が空を見上げながら叫んだ。
「海王様の祝福じゃあああああ!!」
「違う」
即座に否定した。
だが遅かった。
村人たちが一斉に歓声を上げる。
「海王様だ!」
「海王様が土地を蘇らせた!」
「豊穣の奇跡だ!」
「神の御業だ!」
「違うってば!」
私の抗議は誰にも届かない。
その時だった。
海面が盛り上がる。
ざばぁんっ!
大きな水柱と共に人魚姫ルナが現れた。
青い髪を揺らしながら上陸してくる。
「海王様!」
「あ、ルナ」
ルナは畑を見た。
そして感動したように両手を合わせる。
「なんと素晴らしい……!」
「いや普通の畑だよ?」
「海王様は海のみならず大地まで祝福なさるのですね!」
「してない」
「さすが海王様です!」
「話聞いて?」
聞いてくれなかった。
誰も聞いてくれない。
その日の夕方には収穫祭が始まった。
村人たちは大喜びで野菜を運び、料理を作り、酒を飲んでいる。
私は隅っこで焼き野菜を食べていた。
美味しい。
悔しいけど美味しい。
「なんでこうなるかなぁ……」
私が呟くと、ミナが笑った。
「伊織ちゃんのおかげだよ!」
「違うよ」
「海王様の祝福だもんね!」
「ミナまで!?」
すると村長が立ち上がった。
嫌な予感しかしない。
「皆の者!」
村人たちが静まる。
そして村長は高らかに宣言した。
「明日より海王農法を村全体へ広める!」
「おおおおおおおお!」
歓声が上がった。
私は頭を抱えた。
海王農法って何。
そんなもの知らない。
私はただ肥料を撒いただけだ。
しかし誰も聞いてくれない。
その夜。
私は家へ帰った。
そして寝た。
疲れた。
本当に疲れた。
翌朝。
外から騒がしい声が聞こえる。
私は眠い目を擦りながら外へ出た。
そして固まった。
家の前に村人たちが並んでいた。
何十人も。
全員が鍬を持っている。
種まで持っている。
そして期待に満ちた目で私を見た。
村長が一歩前へ出る。
「海王様」
嫌な予感しかしない。
「どうか我らに海王農法をお教えください」
村人たちが一斉に頭を下げた。
私はしばらく無言になった。
そして空を見上げる。
青空が広がっていた。
どこまでも平和な空だった。
「普通に肥料撒いただけなんだけど……」
もちろん。
誰一人として信じなかった。
第11話を読んでいただきありがとうございます!
伊織的には「野菜を育てたかっただけ」なのですが、村人たちから見ると奇跡にしか見えなかったようです。
ちなみに作者も家庭菜園には憧れますが、サボテンすら枯らした実績があります。
次回は「温泉を見つけた」。
スローライフのお約束イベントです。
もちろん伊織なので、普通に終わるはずがありません。
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