第九話 ルナから雹吾へ
雹吾を左手で抱いたまま、ケルベロスへと駆けるルナ。
その後ろを、唐傘お化けの右美と、提灯お化けの左美が、追う。
左美が、提灯を前へと突き出す。
「お嬢様、目ぇ瞑ってー!」
ルナはその声に反応し、咄嗟に目を閉じる。
その途端、強烈な光が提灯から放たれた。
目を瞑っていたルナですら、眩暈がするほどの光量。
まともに見てしまったケルベロスは、呻き声を上げ、よろりと身体を傾けた。
ルナは拳を握り、ケルベロスの顔面を殴打しようとする。
その時、ケルベロスの横方面から声がした。
担任の傾国先生だ。
「そいつの脳は頭じゃない!
身体の真ん中にある!
殴るなら胴体を下から狙いな!」
それを聞き、姿勢を低く切り替えるルナ。
ケルベロスは先ほどの左美の閃光のダメージからまだ抜け出せていないようで、ルナに噛み付いてくるも、的外れの場所を齧るばかり。
一度だけ、偶然ルナへと命中しそうになったが、右美の唐傘が盾となり、ケルベロスの牙を防いだ。
ルナは、ケルベロスの胴体の真下へともぐると、思い切り地面を踏みつけ、そのまま真上に向かって渾身のパンチを繰り出す。
「ぶっとべえええっ!」
轟音とともに、高威力のパンチが、ケルベロスの胴体へめり込んだ。
拳が当たった瞬間、衝撃で風が巻き起こるほどの破壊力。
ふわりと浮く、ケルベロスの巨体。
ケルベロスは、脳に近い場所を怪力で殴られたため、脳震盪を起こしていた。
そして、ケルベロスの真横から、オークの和男、トロルの松村君、山姥の傾国先生が現れる。
「アタシらも続くよ!」
和男と松村君と傾国先生は、三人合わせてケルベロスの胴を殴打した。
ルナほどではないが、ハイパワーの三人分の強打で、空気が振動する。
吹き飛び、転がり、倒れ込むケルベロス。
立ちあがろうとするも、うまく起き上がれないようだ。
なお、脳震盪というのは、非常に危険な状態である。
人間の場合も、脳震盪を起こしている時に、さらに頭に少しでも衝撃を加えられると、脳が傷つき、重い後遺症や死亡に繋がる場合もある。
今、傾国先生たちは、それを意図的にやったのだ。
頑丈な毛皮と、硬い骨に守られた、ケルベロスの体内の脳。
だが、連続した衝撃により、揺さぶられた脳は骨にぶつかり、損傷する。
フラフラとよろめくケルベロス。
「今のうちだよ!早く避難をしな!」
みんながいる壁の割れ目へと、走るルナ。
右美、左美、和男、ヒカル、松村君、傾国先生と、後に続く。
しかし、起き上がったケルベロスが、ふらつきながらも、ルナたちを追いかけ始める。
その時、ケルベロスの全身の体毛が、薄く石化する。
ゴルゴンの虚子が、壁の隙間から、ケルベロスへと視線を送っていた。
「みんな、中に入って!」
虚子がルナたちを促す。
ケルベロスが石化して動けなくなったのは、一瞬だけ。
すぐに石化した体毛を引きはがし、追いかけてくるはずだ。
そう思った瞬間、ダンジョンの天井から、黒い翼の群れが、ケルベロスに襲い掛かる。
人間サイズの吸血蝙蝠、野衾だ。
どうやら、ケルベロスが弱るのを、虎視眈々と狙っていたらしい。
野衾の牙は、ケルベロスの頑丈な毛皮をも貫く。
叫びを上げるケルベロス。
その隙に、壁の割れ目に入り込む、ルナたち。
トロルの松村君の巨体が入るかが心配だったが、ギリギリおさまったようだ。
ルナは、左手で抱えていた、瀕死の雹吾を治療班へと渡す。
「雹ちゃんを助けて!お願い!」
雹吾の身体を受け取った治療班は、すぐさま治癒魔法で止血を施す。
清潔化の魔法で、傷口に付着した異物の除去や、感染症対策も合わせて行う。
治療班の生徒たちは、互いに顔を見合わせた。
「とりあえず、血は止めたけど、出血がひどすぎる。
このままじゃ、助からないよ」
「輸血、ここでいける?」
「血液型が合えば。あと、種族が近くないと、何が起きるかわからない」
ルナは、治療班の生徒たちに進言する。
「私、雹ちゃんと同じO型。
身体の構造もほぼ一緒だから、種族的な問題は、一番起きにくいと思う」
治療班の一つ目の少女、斑鳩さんが、細い魔法の杖を取り出す。
「わかった、検査しましょう。
山ン本さん。神野君の右手を握って」
ルナは、唯一残った雹吾の右手を握る。
斑鳩さんが、魔法の杖を振ると、ルナと雹吾の手の上に、ホログラムの画面が浮かび上がる。
「うん。とりあえずは、重篤な拒否反応は起こらないみたいね。
血液型も問題なし。
感染症もなし。
種族の違いによる異常反応もなし。
副作用や、何らかの後遺症が残る可能性はあるけど、このままだと死ぬだけだから、緊急のため行います」
斑鳩さんは魔法の杖を、握られたルナと雹吾の手に向ける。
「山ン本さん、手を離さないでね」
すると、ルナの手が熱くなった。
ドクンドクンと鼓動が手のひらから響く。
「えっ?もしかして、もう今、輸血中?」
「うん」
「注射針とか刺してやるのかと思ってた」
「最近だと、全部魔法でやるよ。
その方がモニタリングしながらできるから、色々とリスクも少なくて済むし。
あ、私ちゃんと、医療系魔術の免許持ってるからね?
勝手に真似しちゃ絶対ダメだよ?」
ルナの手のひらから、雹吾の手のひらへと、魔法で流れ込む血液。
ルナは、祈りを込めて、雹吾の手を握る。
数分もすると、斑鳩さんは杖を上げた。
「とりあえず、一番ヤバい状態からは抜け出せたみたい。
危険なのは変わりないけど。
なにせ、内臓が齧られてるし」
ルナは、雹吾の顔色を見る。
まだ、青白い。
「えっ、もう終わり?私、まだ血をあげられるよ?」
「ダメ。これ以上は、山ン本さんも危ないから、ここまで。
神野君も、早いところ、ちゃんとした設備のある病院に入院させないと。
上級の治癒魔法が使えるお医者さんのいるとこね」
傾国先生が、壁の割れ目から顔を出して、周囲を見渡す。
ケルベロスは、野衾に血を吸い尽くされて、息絶えたようだ。
しかし、今度は野衾の脅威が出てきてしまった。
一体一体は、ケルベロスほど強くないが、群れる性質のため、ある意味ケルベロスより厄介だ。
その時、上空から翼をはばたく音がした。
野衾の翼の音ではない。
もっと、大きな何か。
見上げると、一年三組のみんなが落ちてきた坂の上空を、ネクタイを締めたドラゴンが飛んでくる。
あのドラゴンは『飛行』の科目の担当教師、増田先生。
夏美たち飛行種族の生徒が、呼んできてくれたようだ。
増田先生は、天井付近にいる野衾を、口から火炎を放射し、焼き払う。
燃えて落ちる、巨大吸血蝙蝠の群れ。
生き残った野衾も、慌てて逃げ出した。
増田先生は、地面に降り立ち、壁の割れ目を覗き込む。
そして、重低音の声で、一年三組のみんなへと声をかけた。
「みなさん、助けにきましたよ」




