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神野雹吾は魔王の息子  作者: 平野十一郎
第一章 曇天の魔王
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第十話 目覚め

 雹吾はぼんやりと滲む視界の中で、右手から流れ込む熱を感じていた。


 医療魔法で輸血された、ルナの血液。


 その熱は、右手から全身へと浸透してゆく。

 失った左腕と両脚と腹部の傷口が、痛みで(うず)く。


「ぐっ……!」

「雹ちゃん!」


 雹吾の右手を、ルナは両手で握っていてくれていた。


「雹ちゃん!気が付いたのね!」

「ルナちゃん……。無事……?」

「私はだいじょうぶ!でも雹ちゃんが……」


 雹吾は、死を覚悟していた。

 自分のことは、自分が一番わかる。

 魔術で止血はされているが、この傷では、おそらくは、もうあと数時間も持たないだろう。

 せめて、命と引き換えに、ルナたちを逃してあげたい。

 でも、そんな力は雹吾には無かった。


 雹吾は、涙する。

 自分自身の無力さに。

 なにが、魔王の息子だ。

 結婚の約束をした幼馴染の女の子すら守れないではないか。




 遠くから、声が聞こえる。

 しわがれた、男性の声が。


「誰か、私を抜いてください。

 私と精神の波長が合う者ならば抜けるはず。

 さすれば、この身にかけて、敵を(ほふ)りましょう。

 私の刃に切り裂けぬものはございません。

 この声が聞こえるお方、どうか……」


 地下一階の聖剣の間で聞こえてきた、謎の声。

 雹吾は今、その声が誰のものか、異様に研ぎ澄まされた感覚で、分かっていた。

 これはきっと、聖剣自身の声。

 だが、聖剣を抜けるのは、聖剣に選ばれし者のみ。

 聖剣の声が真実ならば、聖剣と精神の波長が合う者だけが抜ける。


 聖剣が、誰かを待っている。




 そして、雹吾は気づく。

 胸の奥から、今までに感じた事のない、謎の力が湧き上がって来ることに。







 ドラゴンの増田先生の背から、複数の人間が地下五階に降り立った。

 戦闘力の高い教師や、優れた護衛たちである。


 その中の一人、くるくると巻いた口髭の男が、地下二階から貫かれた、坂へと走る。

 ルナの護衛、塗壁(ぬりかべ)の長、塀無樽(ヘイムダル)

 塗壁は、土や石を操る妖術の使い手。


 雹吾たちが転がり落ちてきた坂へとヘイムダルが辿り着くと、ヘイムダルは地面に手をつく。

 すると、その坂が細かく隆起し、階段となる。

 地形操作など、塗壁の長にとっては、朝飯前だ。


 ヘイムダルが叫ぶ。


「退路は確保できましたぞ!」


 周囲に散らばり警戒する教師陣。

 地下五階の暗闇からは、唸り声がするばかりで、襲い掛かってはこなかった。

 ドラゴンの増田先生が、いぶかしむ。


「おかしい。

 猛獣が沢山いるはずなのに、なぜ襲い掛かってこないのでしょうか」


 壁の割れ目から顔を出した、山姥(やまんば)の傾国先生が、中にいる生徒たちに声をかける。


「なんか、嫌な予感がするねぇ。

 お前たち!一秒でも早く撤退するよ!」


 傾国先生と共に、立ち上がる、一年三組。

 雹吾は、ルナの左手に抱えられている。


 ひとりずつ壁の割れ目から出て来る生徒たち。

 相変わらず、周囲には、大量の猛獣の気配に満ちている。

 それなのに、一向に姿を現さないのが、かえって不気味だった。


 轆轤首(ろくろくび)の工藤君が首を伸ばし、ぐるりと辺りを見回す。

 夜目の効く彼には、暗闇の奥が見えているのだ。


「ものすごい数のオルトロスがいます。

 でも、なぜかこっちには近づいてきません。

 俺たちには気付いているはずなのに。

 なにか、見落としてるのかも……。

 なにかを……」


 工藤君が、頭上を仰ぎ見る。


 ルナが雹吾を抱えて、壁の割れ目から出かかった時、工藤君が叫んだ。


「出るなっ!奥に戻れっ!」


 工藤君の言葉に、反射的に割れ目の奥に飛び退くルナ。

 その時、天井から、巨大な緑色の雫が落下してきた。

 ちょうど、壁の割れ目の入り口を塞ぐように。


 雫が地面に落ち、土が焼けつく音がする。


 その緑色の巨大な雫は、中心に核のようなものがあり、半液状の肉体が、うぞうぞと蠢いていた。


酸性(アシッド)スライム……!

 こいつがいたから、オルトロスたちはこっちに来れなかったんだ!」


 アシッドスライムは、オルトロスすら捕食する。

 この地下五階でも、生態系の上部に位置するだろう。

 アシッドスライムの目的は、壁の中の生徒たちのようだ。


 ドラゴンの増田先生が、叫ぶ。


「みなさん、離れてください!

 火を噴きます!」


 急いでアシッドスライムから離れる、生徒たち。

 壁の割れ目に閉じ込められているルナたちも、なるべく奥へと避難した。


 増田先生が、思い切り息を吸う。


 そして、灼熱の火炎を、吐き出した。


 熱波が、生徒たちや教師陣の肌を、じりじりと照り付ける。


 普通の生物であれば、ドラゴンの炎で燃やされれば、生きてはいられない。

 だが、アシッドスライムは、表面の粘液で熱を遮断しているせいか、核には全くダメージが入らなかった。




 壁の割れ目の中に閉じ込められている生徒たちも、迫りくるアシッドスライムの酸の身体に攻撃を仕掛けていた。

 麻子は、矢を射る。

 だが、矢は核に届く前に、酸により溶かされる。

 他の生徒たちの攻撃も同じだった。

 酸があまりにも強力過ぎて、なにをしようが、核まで到達しないのだ。


 ヘイムダルが、こちらへ駆け寄って来るのが、半透明のスライムの身体越しに見える。

 土石を操るヘイムダルさえ到着すれば、もう一箇所、壁に横穴を空けてもらい、そこから脱出が可能である。

 しかし、彼が来るよりも先に、壁の割れ目の中が、酸性スライムに満たされる方が早いだろう。

 この壁は硬すぎて、怪力のルナですら、傷つけるのが精一杯だ。


 誰もが、確定した死に、絶望していた。


 ルナも。

 ヒカルも。

 和男も。

 麻子も。

 虚子も。




 その中で、たった一人だけ、スライムに右手を伸ばす者がいた。




 雹吾。







 ヘイムダルは、暴れる心臓も気にせずに、力の限り疾走していた。

 壁の割れ目に侵入しようとしている、酸性のスライム。

 あの中には、ルナもいる。


 自分さえ到達すれば、壁に穴を空けて、別の逃げ道を作ることができるのだ。

 だが、スライムのあの移動速度では、ヘイムダルが到着した時には、もう遅い。


 それでも、ヘイムダルは走る。


 スライム周辺の教師陣たちですら、スライムには効果的なダメージが与えられないようで、右往左往している。

 ドラゴンの増田先生の炎も効かないほどだ。


 スライムの半透明の身体の向こう側では、ルナを含めた生徒たちの、絶望の表情が見て取れた。

 ヘイムダルは、走る。

 力の限り。


(お嬢様……!)


 スライム越しに見える、ルナの顔。

 そして、ルナに抱えられている、両脚と左腕を失った雹吾。


 雹吾が、スライムに右手を伸ばす。




 その瞬間。




 スライムの半液体の身体に、強烈な青い電流が走った。




 電撃の凄まじい光で、明滅する、地下五階。


 その場の誰もが、思った。

 何が起きているのだと。


 そして、スライムの核は黒焦げになり、半液体の身体を維持できなくなる。

 死亡したのだ。

 今の、謎の電流で。


 どろりと地面に広がる、酸性の液体。


 そこに、旋風(つむじかぜ)が起こり、酸の液体を巻き上げた。

 天井近くまで上がったスライムの酸の身体は、暗闇の奥のオルトロスの集団へと降り注ぐ。

 皮膚を溶かされたオルトロスたちの苦痛の叫びが、こだまする。


 ヘイムダルは、ただ立ち尽くしていた。


 ルナたちが避難していた壁の割れ目から、人の形をした、黒い霧のようなものが、歩み出て来る。


 いや、違う。

 あれは、霧ではない。

 雨雲だ。

 人の形をした、雨雲だ。


 その雨雲が、凝縮され、黒い服を着た人間の肉体を構築する。

 少年の肉体を。

 両手両足の揃った、完全無欠の神野雹吾の肉体を。


 そして、ヘイムダルは息を呑む。




 雹吾の両の目尻には、稲妻の形の、赤い隈取(くまどり)


 黒い(はかま)の上に着ているのは、(きん)(ふち)どられた、黒い羽織(はおり)


 黒い羽織の背中には、金色の筆文字で、縦に大きく『神野』と書かれていた。




 あの戦装束(いくさしょうぞく)こそ、魔王の一族、神野の証。




 神野雹吾は、歩き出す。

 アシッドスライムが死んだ今や、オルトロスの群れが、遠慮なく襲い掛かって来るだろう。

 だが、もう誰も傷つけさせない。


 雹吾は、確信する。

 輸血により混ざった、ルナの血。

 覚醒済みの魔王の娘の血。

 それが、雹吾の眠っていた力を引き出したのだ。


 今、雹吾には、力があった。

 守るための力が。




 雹吾の羽織が、ばさりと風に、はためいた。


 背中に書かれた『神野』の文字を、金色に輝かせて。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂に主人公覚醒 [気になる点] 聖剣チャレンジも覚醒してから 再度チャレンジしたらイケるんちゃう? [一言] 更新ありがとうございます ロック&ロールが好きすぎて てっきり雹吾も左手両足…
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