第七話 いざ、学園の地下ダンジョンへ!
雹吾とルナは、慎重に洞窟を歩く。
足場の悪い、岩場。
野生動物が出てこなくとも、転倒して怪我をする可能性も高いのだ。
雹吾は和男から借りた棍棒を握りしめる。
いざとなった時に、上手く振れるか心配になってきた。
整えられた床の上と、足場の悪い岩場では、同じ武器を振るのでも、勝手が全く違う。
雹吾は、支給されたヘルメットと革の鎧が、こんなにも頼もしいとは思ってもみなかった。
命の危険が伴う戦闘訓練では、武器よりも防具が何十倍も重要である。
特に、頑丈な革で出来た鎧は、小型の動物の牙も通さず、動きやすさも妨げない、優秀な鎧。
大型の獣が相手では、鉄の鎧でないと切り裂かれてしまうが、足場の悪い自然の洞窟を、重く動きにくい鉄の鎧で挑むのは、訓練された戦士か無知のどちらかだ。
初心者ランクのダンジョンには、小型の獣しか出てこないため、革の鎧が最適解である。
その時、最前列を進む松村君から、声が上がる。
「小型の鵺の群れだ!総員、戦闘準備!」
鵺。
蛇の頭のような形の、毒針の尾を持つ猿である。
尾の毒針はもちろんのこと、雑菌だらけの爪や牙にも要注意だ。
ひっかかれた傷をそのままにしておくと、血液に雑菌が入り込み増殖し、敗血症と呼ばれる命に関わる症状に発展することもある。
幸いなことに、今こちらに向かっている鵺は、全て小型。
毒針も爪も牙も、革の鎧を通すことはできないため、皮膚が露出している箇所にだけ気を付ければいい。
ヒカルが一つ目で、洞窟の奥を見る。
「くるよ。そこそこ大きな群れだ」
サイクロプスなどの一つ目系種族は、遠近感が捉えにくい反面、視力がいい。
雹吾の目には、まだ暗闇しか映っていなかったが、ざわざわと不穏な音が、洞窟の奥から聞こえてくる。
その時、雹吾の隣にいたルナが、右手に持っていた唐傘を広げた。
「右美。左美。出番だよ!」
ルナは唐傘と提灯を、宙に大きく放り投げる。
すると、一瞬にして二人の人影が出現し、それぞれ唐傘と提灯を手に持って着地した。
それは、二人のギャルだった。
唐傘を持っているのは、小豆色の髪のギャル。
提灯を持っているのは、ベージュ色の髪のギャル。
唐傘お化けの右美と、提灯お化けの左美だ。
ルナが、右美と左美に指令を下す。
「小型の鵺の群れ。注意してね」
「余裕っしょー」
「お嬢様、アタシらに任せてよねー」
右美は唐傘、左美は提灯を構える。
彼女たちは、ルナの魔王としての力で実体化した、古道具の付喪神である。
雹吾は、真っ暗な洞窟の奥を見る。
そこには、一対の光る目があった。
だが、それはもう一対、そしてさらにもう一対と、次々に増えていく。
そして、数えきれないほどに増えた光る目は、一斉に一年三組へと跳びかかって来た。
小型の鵺だ。
まっさきに動いたのは、サイクロプスの王子様、佐治ヒカル。
ヒカルが、腰に差してあった細身の剣を抜くと、剣が炎に包まれた。
ヒカルはてっきり剣士系だと雹吾は思っていたのだが、どうやら魔法と剣の複合技の使い手のようだ。
例えるならば、魔法剣士と言ったところか。
ヒカルは炎の剣を、鵺の群れに向かって振るう。
鵺の断末魔が響き渡る。
一太刀で、三匹を葬った模様。
ヒカルの剣の腕は、かなりのもののようである。
次に、右美と左美が動く。
「アタシらも負けてらんないっしょ!」
「お嬢様に恥をかかせらんないし!」
右美の唐傘が高速で回転し、チェンソーのように鵺の群れを切り裂く。
左美の提灯が口を開き、そこから伸びる炎の鞭を振り回す。
そして、ルナ自身も、怪力による格闘で、鵺を殴り飛ばしていた。
オークの和男は「戦いは苦手でござる!」と言いながらも、棍棒で数匹の鵺を撲殺している。
一年三組の全員が、それぞれの武器で戦い始めていた。
しかし、雹吾だけは、棍棒を持っておろおろするばかり。
その時、一匹の鵺が、雹吾に襲い掛かる。
「う、うわあっ!」
雹吾は棍棒を振るも、鵺は機敏にそれを躱す。
そして、雹吾の首筋を狙って、噛み付こうと口を開けた。
だが、鵺の動きがぴたりと止まる。
鵺の表皮が、うっすらと石化していた。
雹吾のすぐ後ろから、声がかかる。
「雹吾君!なぐって!」
雹吾は、その声に背中を押され、表皮が石化した鵺の頭を棍棒で殴り潰した。
飛び散る血しぶきが、雹吾の頬にかかる。
一気に冷や汗が全身から流れ落ちる雹吾。
雹吾の背中を、軽くタッチする手があった。
「雹吾君、ナイス!」
ゴルゴンの虚子だ。
ゴルゴン族は、目が合った相手を石化する妖術を使う事ができる。
「私、妖力がまだまだ少ないから、石化させられるのって、本当に表面の皮とか毛くらいなんだよね。
だから、出来る事といえば、一瞬動きを止める程度なの」
「い、いや、助かったよ。危なく噛まれるところだった」
首筋に噛み付かれれば、即死も有りえた。
戦いが始まってから、まだ数分程度だったが、雹吾の体感では何時間も経ったかのよう。
若干だが、怪我人も出ている模様。
「いてて。噛まれた」
「僕も、顔引っかかれたよ。」
「俺、毒針に刺された!誰か治して!」
すると、治癒系の妖術を使う生徒たちが、駆けつける。
「刺されたのどこ?」
「腕。鎧の隙間を狙われた」
「OK。解毒と治療するね」
一つ目の女子生徒が、毒針に刺された轆轤首の少年の腕に、手をかざす。
少女の手が淡く光り、少年の腕の傷は、即座に消え去った。
「おお、サンキュ!」
「あんまり無理しちゃダメだよ」
治癒部隊が負傷者を治している間にも、鵺の群れは駆逐されていく。
最後の一匹を、雹吾が棍棒で殴り殺すと、戦闘は一旦完了のようだった。
「こ、これで終わりか……?」
雹吾が荒い息をついて、辺りを見回した。
傾国先生が、手を叩いて生徒たちを集合させる。
「やるじゃないか、ひよっこども。
本当に危ない時は、アタシが出るつもりだったが、無用だったねぇ」
サングラスをかけた山姥の傾国先生は、厳しいようで意外に優しい。
委員長の松村君が、生徒たちに声をかけた。
「みんな、戦闘を継続する体力はあるかい?」
すると、クラス全体の四分の一ほどだけが、元気に手を振っていた。
雹吾を含めた四分の三は、今の戦闘だけでへとへとだ。
松村君は、傾国先生へと報告する。
「先生。おそらく今の僕たちでは、ここまでが限界のようです。
これ以上は、危険であると判断します」
「ああ。アタシも同意見だ。
まあでも、ここまでできるとは思ってなかったからね。
正直に言って、見直したよ」
傾国先生は、サングラスの奥の目でニヤリと笑った。
松村君が、号令をかける。
「よし、それじゃあみんな、帰還準備を……」
その時、洞窟を大きな揺れが襲った。
「きゃあっ!」
「うおっ!」
「なんだっ!?」
「地震っ!?」
そして、みんなの足元の地面が一斉に崩れる。
「うわあっ!」
「お、落ちるっ!?」
地面の土砂と共に、落下する生徒たちの身体。
崩れた足元の下は、急な角度の坂道になっていた。
まるで、天然の滑り台だ。
「うおおっ!」
「滑るっ!」
「くそっ、立てねえ!」
そのまま、地下三階・地下四階を通り過ぎ、地下五階まで、ノンストップで滑り行く三年一組。
傾国先生が滑り落ちながら叫ぶ。
「飛行可能な生徒は、ただちに職員室に行って、他の先生方に報告!」
姑獲鳥の夏美や、鳥人間の渡辺君、そして箒に乗った魔術師の狼人間の鈴木君が、坂道の空中を上昇し、救援を呼びに行く。
雹吾たちは、坂道を滑り降りると、地面に尻もちをついた。
「あたっ」
次から次へと、滑り落ちて来る生徒たち。
雹吾は、今落ちてきた坂道を見上げる。
急な角度の上に、天井の鍾乳石から落ちている水滴で濡れていて、とてもではないが登れそうにない。
傾国先生が、生徒たちに告げる。
「全員、固まりな!
自分の身を守ることを最優先とすること!
ここは地下五階、上級ランクのダンジョンだ!
一瞬でも気を抜くと、あっという間に死ぬよ!」
傾国先生が『BBA』の刻印が入った出刃包丁を手に握る。
その額は、冷や汗で濡れていた。
全員が集合し、陣形を組み、全方位に注意を払う。
あらゆる方向から、獣の唸り声が聞こえてきた。
雹吾は、ルナの隣で棍棒を構える。
ここは地下五階。
難易度が高すぎて、まだ学園の教師による探索すらほとんどされていない、ダンジョンの最深部。
凶暴な魔獣の住処だった。




