第六話 聖剣は誰が抜く?
雹吾たち一年三組のメンバーが教室に戻って来ると、黒板に座席表が貼ってあった。
定番の、出席番号順。
男女が隣り合っているようだ。
神野雹吾の前には、サイクロプスの佐治ヒカル。
そして、雹吾の左隣は、山ン本瑠那。
苗字の五十音順が近かったとはいえ、雹吾にとっては嬉しい偶然だ。
ただひとり、オークの毘沙門天和男だけが、席が離れてしまった。
出席番号順のため、こればかりは仕方がないのだが、和男は悲し気に雹吾たちに手を振っている。
雹吾は、和男に手を振り返した。
クラスの全員が着席すると、教室のドアを勢いよく開けて、担任の老婆、傾国清姫先生が、鞘に入った巨大な出刃包丁を担ぎながら登場した。
傾国先生が、教壇に片脚を乗せて、教室を一瞥する。
そして、サングラスを外し、『BBA』と書かれた着物の胸元へとしまった。
「ようし、揃ってんな。いい子だ、ひよっこども。
入学式でも言ったが、私は傾国清姫。このクラスの担任だよ。
緑世界出身の山姥さ」
そして、人差し指を高々と上げ、告げた。
「今から全員サクッと自己紹介!
その後は支給された革鎧とヘルメットを装着して、さっそく地下二階のダンジョンで戦闘訓練だ!」
★
「ふんっ!」
オークの和男が、岩に刺さった伝説の聖剣の柄を掴み、歯を食いしばり、思い切り抜きにかかる。
柄に時計が嵌め込まれた、黒い刀身の、片刃の聖剣。
だが、聖剣はびくともしなかった。
「ぶはぁっ!ダメでござる」
諦めて、柄から手を離す和男。
戦闘訓練の前に、誰かが聖剣を抜けるかもしれないと、クラス全員が試しているのだ。
傾国先生も「面白い。やってみな」と、訓練開始までの猶予をくれた。
「じゃあ、次は私ね!」
ルナが、聖剣の刺さった岩の隣に備え付けられた階段を登る。
怪力の持ち主のルナ。
抜けるとしたら、大本命だった。
聖剣の柄を握るルナ。
「せーのっ!」
ルナは、気合と共に、柄を引き抜こうとする。
「ふぐぐ……!」
だが、和男と同じく、全く抜ける素振りが無い。
「ぷはーっ!もうダメ!」
両手を離し、ブラブラと振る。
ある意味、単純なパワーだけならば、一番可能性が高かったルナ。
しかし、選ばれし者しか抜けないという伝説は伊達ではなかったようだ。
「最後は雹ちゃん!がんばって!」
「うーん。無理だと思うけどなぁ」
雹吾は、階段を上り、岩の上を踏み、聖剣の柄を握る。
「どりゃぁっ!」
あらんかぎりの力を込めて、岩から剣を抜こうとする。
「うりゃあっ!」
だが、やはりびくともしない聖剣。
「あ~っ!むりむり!一ミリも動いてないもん!」
「雹吾氏でもダメでござるかー」
「山ン本さんで無理なら、誰にも抜けないよね」
和男とヒカルが、雹吾を慰める。
その時、雹吾の耳に、ややしわがれた男性の声が、かすかに聞こえた。
「……お願いです。私を抜いてください」
雹吾は背後を振り向く。
声は、背後から聞こえたからだ。
しかし、雹吾の後ろには、黒い刀身の聖剣が鎮座するばかり。
「雹ちゃん、どうしたの?」
「いや、今、後ろから声が聞こえた気がして……」
「誰もいないでござるよ?」
雹吾は首を傾げ、友人たちとその場を去る。
後ろには、柄に時計の嵌め込まれた聖剣を残して。
★
クラスの委員長に抜擢された、四角い眼鏡をかけた巨体のトロルの松村君が、クラスのみんなを先導している。
「これより、戦闘訓練に臨む。
諸君。油断は即、命取りになる。
組織的行動を、崩してはいけないよ!」
お堅い口調の松村君は、見た目と口調に違わず、お堅い性格のようだ。
雹吾は、巨体の松村君よりもさらに巨大な、ダンジョンの入り口を見上げていた。
学園の地下二階にある、石レンガで作られた、巨大な門。
ここを開けると、凶暴な野生動物が跋扈する、命懸けの世界となる。
雹吾が周囲を見渡すと、一年三組のクラスメイトたちは、それぞれの武器を手に持っていた。
サイクロプスのヒカルは、細い鋼の剣。
オークの和男は、柄にアニメキャラのストラップが幾つも付いた、棍棒。
エルフの麻子は、弓矢。
そしてルナは、右手に唐傘、左手に提灯を下げて登場した。
ルナが、雹吾の元へと駆け寄る。
雹吾は、和男と同じく、柄にキャラクターのストラップの付いた棍棒を手に持っていた。
「雹ちゃん!お待たせ!
あ、雹ちゃん、武器は棍棒?」
「いや、俺、武器なんて持ってないからさ。
和男君に予備の棍棒を借りた」
雹吾は、平和なブルーの日本で生まれ育ったため、武器など扱ったことが無かった。
父からは戦闘訓練があることは知らされていたが、中学でも授業でやっていた、柔道や剣道のようなものを想定していた。
まさか、いきなりリアルの戦いに駆り出されるとは、思ってもみなかったのだ。
なお、一年三組には、ブルー出身は雹吾ただ一人である。
みんなからは「あれ?火炎放射器とトゲトゲの肩パッドは?」と聞かれ、その都度、ブルーの誤解をとかねばならなかった。
「そうなんだー。でも、このダンジョンは一応、地下二階は初心者ランクのダンジョンだっていうから、この人数だったら負けることはないと思うよ。
油断は禁物だけどねっ!」
ダンジョンには、凶暴な野生動物が巣食っている。
その動物の強さや、地形の厳しさによって、ランクが決められているのだ。
この学園のダンジョンは、地下二階は初心者ランクで、深い階層に行くほどランクが上がるらしい。
しかし、初心者ランクと言っても、甘く見てはいけない。
そもそも、野生動物というのは、基本的に人間よりも強いのだ。
素人が数人程度で挑戦するなどの愚を犯せば、間違いなく全員命を落とすだろう。
今日は、クラス全員でひとつのグループとなり、なおかつ強力な山姥である傾国先生も付いているからこそ、ダンジョン内に入ることが許されているのだ。
トロルの松村君が、傾国先生に合図をする。
傾国先生が、首から下げたダンジョンの鍵を、巨大な扉の下方に付いている鍵穴に差し、ひねる。
すると、重たい音を立てて、扉が開いた。
傾国先生が、大きな出刃包丁を鞘から抜いて戦闘態勢を取る。
出刃包丁にも『BBA』の刻印が入っていた。
「お前たち。初心者ランクだからって、油断するんじゃないよ。
授業中の死亡事故は、どの学校でも毎年発生しているんだ」
それほどまでに危険な授業を、犠牲が出てもなぜ止めないかというと、やはり必要だからである。
ブルー人の雹吾には実感が無かったが、それ以外の異世界出身のクラスメイトたちは、日常に戦いが潜んでいることを身をもって知っているのだ。
自前の武器を持っていないのは、ブルー人である雹吾と、魔法や妖術を使うタイプの人間のみ。
妖術も使えず、武器も持って来なかったのは、雹吾ただひとり。
雹吾は、ごくりと唾を飲み込む。
開かれた巨大な扉の向こう側は、もはや人の手が入っていない、自然の洞窟であった。




