第三話 異世界学園の入学式!
神野雹吾は、洗面台の鏡で、寝起きの自分の顔を覗き込む。
少し長めの黒髪を、櫛で梳かして、寝癖を直した。
高校の制服である学ランに袖を通し、ボタンは留めずに、ただ羽織る。
文句を言われたら、その時に直せばいい。
そんなゆるいところも、父親譲りの雹吾であった。
大蛇学園は、男子寮も女子寮も、学園の中に併設されている。
まるで、戦国時代の日本の城を、何個も継ぎ足したかのような外観の大蛇学園。
初めて見た時のの印象は『和風モンサンミッシェル』だった。
今日は入学式。
今日から晴れて、大蛇学園の一年生として、高校生活のスタートを切るのだ。
男子寮の玄関で革靴を履いていると、後ろから声を掛けられた。
「雹吾君、おはよう」
雹吾が振り向くと、サラサラの明るい茶色の髪に、陶器のような肌の顔に、目が一つ。
雹吾が勝手に名付けた『サイクロプスの王子様』こと、佐治ヒカルが、学ランを詰襟まで留め、優雅に立っていた。
「おはよう、ヒカル君。今日からよろしくね」
「こちらこそ」
ヒカルは、涼し気な一つ目で、にっこりと笑う。
彼は、雹吾が入寮した一昨日から、早速仲良くなった、隣の部屋の住人。
そこに、遠くからばたばたと足音が聞こえてきた。
「雹吾氏!ヒカル氏!待って!待ってくだされ!」
廊下の向こうからは、緑色の筋肉質の体に、黒髪をピシっと七三に分けた、分厚い眼鏡の、オタクのオーク、毘沙門天和男が、アニメキャラのキーホルダーを大量に付けた鞄を手に、猛烈にダッシュしてきた。
「あ、和男君。先に行ってたのかと思ってた」
「今日の文房具は何のキャラにしようかと悩んでたら、こんな時間になってしまったでござる」
和男もまた、雹吾の部屋から見て、ヒカルとは逆の、隣の部屋であった。
この二日間、雹吾はヒカルと和男の、三人で学校内を見学したり、夜は誰かの部屋に集まって、それぞれの過去の話を喋っていたりした。
ちなみに、ヒカルと和男は二人とも、空の色が赤い異世界『レッド』の出身である。
昨日は、同じレッド出身であるゴルゴンの虚子と偶然出会い、レッド出身組は話に花を咲かせていた。
その時に、虚子や、姑獲鳥の夏美、エルフの麻子も、女子寮に住んでいることが判明したのだ。
せっかく仲良くなったのだから、全員同じクラスになれるといいなと思いながら、入学式の会場である巨大な体育館へと向かう。
雹吾、サイクロプスのヒカル、オークの和男の三人が、巨大な体育館の中を、人混みを掻き分けて進む。
体育館の壁にクラス表が貼りだされているのだ。
雹吾は、ドキドキしながらクラス表を見上げる。
自分は、何組だろうか。
みんなと同じクラスだろうか。
すると、和男が眼鏡をキラリと輝かせ、クラス表を指差した。
「あった!ありましたぞ!
雹吾氏!ヒカル氏!我々、みんな同じクラスでござる!」
「えっ、どこどこ?」
「あ、ホントだ!俺たち全員、一年三組!」
雹吾が一年三組のリストの中に、みんなの名前を見つける。
雹吾たちの他にも、ゴルゴンの虚子、姑獲鳥の夏美、エルフの麻子も同じクラスであった。
雹吾は体育館に並べられた、様々なサイズのパイプ椅子の列を眺める。
列ごとに、クラス別になっているようだ。
雹吾たちは「一年三組」と看板が立ってあるパイプ椅子の列に、横に並んで座った。
すると、一つ目系種族の女子の集団が、顔を真っ赤にして、ヒカルのそばに座る。
みんな、チラチラとヒカルを見ていた。
おそらくは、みんなヒカル目当てなのだろう。
別のクラスのモノアイ系女子たちも、遠くからヒカルを指差しては、キャーキャーと騒いでいた。
(さすが『サイクロプスの王子様』。モテるな)
美形のヒカルはきっとモテるだろうなとは、思っていた。
だが、実際に目の当たりにすると、予想以上にヒカルは注目を集めていた。
特にモノアイ系の女子からの熱い視線が凄まじい。
雹吾の左隣に座っている和男が、雹吾に小声で囁く。
「ヒカル氏、モテるとは思っておりましたが、ここまでとは」
「うん。俺もそう思ってたとこ」
すると、体育館の入り口が、突如として騒がしくなる。
雹吾が後ろを振り向き、入り口を見ると、数人の黒スーツを着た大人に警護をされている、長い黒髪の美少女がやってきた。
雹吾の真後ろに座っていた、姑獲鳥の夏美が、謎の美少女を翼で差した。
「あ、あれ、緑世界の日本帝国の、内閣総理大臣の娘さんだよ」
グリーンの日本は、雹吾が生まれ育ったブルーとは歴史が異なり、日本帝国と呼ばれている。
ただし、政治形態はブルーと全く一緒で、皇帝陛下は政治には口を出さず、政治は内閣が行っているのだ。
なお、グリーンの政治家は、普通選挙で選ばれた者ではなく、貴族が担っている。
日本帝国は、都道府県が無い代わりに、幾つかの国があり、それを帝国が統括しているのだ。
この大蛇学園がある大和の国も、そのうちの一つである。
雹吾は、内閣総理大臣の娘を眺める。
たしか、グリーンの総理大臣は、昨日ニュースで確認したところ、山ン本五郎左衛門という魔王の一人だったはず。
雹吾は、首を傾げる。
(さんもと……。はて。どこかで聞いた覚えが)
昨日のニュースのことではない。
はるか、ずっと昔から、聞き覚えがあった。
雹吾がブルーにいた時から。
それこそ、幼少の頃から。
山ン本などという珍しい苗字は、ブルーで聞くことは滅多にないはずだが。
その時、山ン本の娘が、雹吾を見た。
最初は何気なく見ただけだったのだろう。
しかし、黒髪の美少女は、雹吾を見たまま、硬直していた。
周りの護衛たちも、少女の異変を感じ取る。
少女の後ろに控えていた、メイド服の女性が、少女に声をかける。
「瑠那お嬢様、いかがなさいました?」
ルナと呼ばれた少女は、じわりと目に涙を浮かべる。
その左の目尻には、十字の形の痣があった。
自然と、ぽつりと雹吾の口から、少女の名前が飛び出した。
「……ルナちゃん?」
雹吾の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。
『ルナちゃんをお嫁さんにしたい』
それは、まだ小学校低学年のころ。
夏休みに、神野家へと遊びに来ていた山ン本ルナに、雹吾が幼いなりに紡いだ、精一杯の愛の言葉。
泣いて喜ぶルナの顔。
そして今、目の前では、高校生になったルナが、駆け出していた。
ルナを掴もうとする護衛たちの手を振り切って。
パイプ椅子へ座る、雹吾の元へ。
ルナは、細い体のどこにそんなパワーがあるのか、並べられたパイプ椅子を吹き飛ばしながら、雹吾へと突撃してきた。
ルナに殴り飛ばされ、宙を舞う幾つものパイプ椅子。
ルナは、雹吾に向かって喜びの声を上げる。
「雹ちゃん!」
雹吾の背後に座っていた夏美は、暴走列車のようなルナの突撃の巻き添えを食らうまいと、急いで退避する。
パイプ椅子を殴り飛ばしながら、雹吾の目の前までやって来た、ルナ。
左の目尻の十字の痣。
まちがいなく、雹吾の幼馴染のルナだった。
雹吾もその場で立ち上がる。
「ルナちゃん」
「雹ちゃぁぁんっ!」
ルナは涙を一筋流し、砲弾のような勢いで、雹吾の胴体に抱きついた。
あまりの衝撃に、内臓が飛び出しそうになる雹吾。
「ぐほぇっ!」
「雹ちゃん!会いたかった!」
ルナは、頬を赤らめて、雹吾を抱きしめる。
比喩ではなく、身体を千切りそうなほどの怪力で。
「ぐええええ!」
そこに駆けつけて来る、ルナの護衛たち。
「お嬢様!ストップ!」
「彼、死んでしまいます!」
それを見ていたルナの護衛たちが、慌ててルナの腕を、数人がかりで雹吾から引き剥がした。




