第二十四話 デッドエンドの未来へと
「雹吾君、どうかな。似合う?」
試着室のカーテンを開けた虚子が、くるりとターンをする。
淡い黄色のカーデガンに、薄い赤のロングスカート。
雹吾が選んだコーデを着て、頬を緩める虚子。
雹吾と虚子は、和男たちとは一旦別れ、大蛇プラザの中のアパレルショップにやって来たのだ。
黒野だけは、雹吾に付いてきたが、彼はかなり離れた場所で見守ってくれている。
黒野としても、雹吾の楽しみを邪魔することなど本意ではないのだ。
もし何かがあれば、黒野の『加速』で、一瞬で詰められる距離のため、護衛としての役割を果たすのにも問題ない。
雹吾は、虚子のコーデを眺めて、笑う。
「うん。すごく似合ってる。かわいい」
「ほんと? うれしい!」
「この服も買うから、今日はそれで俺とデートして」
「うん!」
まるで雹吾の色に染められているようで、幸せが虚子の背筋を突き抜ける。
あまりの喜びに、全身に鳥肌が立っていた。
涙が出そうになるほどの、素晴らしい今日。
雹吾を突き放した今日のルナの事は、快く思っていなかったが、結果として雹吾とデートできたのだから、感謝すべきなのだろうか。
雹吾が会計を済ませると、スタッフさんが虚子の着ている服の商品タグを、鋏で切り落とした。
虚子は試着室から出て、靴を履き、そのまま雹吾の腕へと抱きつく。
細いようで、意外に筋肉の付いている雹吾。
やっぱり男なんだなと思うと、ただでさえ高鳴っている心臓の鼓動が、より激しくなる。
ああ、ヤバい。
本気になったらダメなのに。
そんな事を考えているが、虚子の頭の中には、雹吾のことばかり。
その時、どん、と誰かにぶつかった。
「きゃっ」
声から察するに、虚子とぶつかったのは、若い女性らしい。
その女性が持っていたクレープのブルーベリージャムが、虚子の赤いロングスカートに付いた。
「……あ」
その女性は、咄嗟に虚子に謝る。
「ご、ごめんなさい。今、清浄化の魔法かけるから……」
女性が手をかざすと、虚子のスカートに付着したジャムは、きれいさっぱり消えて無くなった。
雹吾に買ってもらったばかりのスカートが台無しになったかと思い、少し泣きそうだった虚子は、ほっと胸を撫で下ろす。
改めてその女性を見ると、女神のように美しい女性だった。
(うわ、きれい……)
同性の虚子ですら見惚れるほどの美貌。
道行く男性が、みんな振り向いては女性に釘付けになっている。
すると、女性の奥で、誰かが動いた。
女性の影で見えなかったが、連れの男性がいるようだ。
「だいじょうぶ? 菫」
「あ、村咲君。
クレープ付いちゃったけど、魔法で消したところ」
男性の方も、紫色のスーツを着た、美青年である。
虚子は、目が飛び出しそうなほど驚いていた。
なんだこの美男美女カップルは。
しかも、菫と呼ばれた女性の清浄化魔法の腕は、その道のプロかと思えるほど、見事に汚れだけを消し去っていた。
このふたりは、一体何者だろうか。
菫が虚子に、改めて謝罪する。
「本当にごめんなさいね。私、ぼーっとしちゃってた」
「い、いいえ、こっちこそ、すみません。
でも、清浄化の魔法、凄いですね!
もしかして、お医者さんとかですか?」
「ううん。ただ単に、清浄化の魔法だけは、ずっと練習してきてただけよ。
少しでも汚れを落としたくて」
にこにこと笑う菫の言っている意味が分からなかったが、とりあえず納得した振りをする虚子。
村咲は、菫を促す。
「菫、デートの邪魔しちゃ悪いよ。行こう。
新しいクレープも買わなきゃね」
「あ、うん」
菫は村咲に相槌を打ち、虚子へと手を振った。
「じゃあ、デート楽しんでね、おふたりさん」
そう言って去って行く、美男美女カップル。
虚子と雹吾も、菫と村咲に会釈をした。
ふたりが完全に人混みの中に消えていくのを見送った雹吾は、ぽつりと呟く。
「なんか、芸能人みたいなカップルだったな」
「雹吾君だって、今は芸能人みたいなものでしょ?
王子様!」
「いやあ、全く慣れないよ。
父さんの顔は有名になったけど、俺の顔知ってる人なんて全然いないし」
悪五郎の計らいか、雹吾の顔は、メディアには一切映らなかった。
さすがに悪五郎本人は、出ない訳にはいかなかったが。
元々、名前だけは魔王として知られていた悪五郎。
この数日間で、今ではもう、名も顔も売れている、有名人となった。
ふと、雹吾が言い出す。
「あ、俺もクレープ食べたくなっちゃった。
虚子、一緒に食べよう」
「うん! ふたりでシェアしよ!」
そして、再び腕を組む、雹吾と虚子。
★
大蛇プラザの屋上の片隅で、村咲は菫に問う。
「菫。クレープどうだった?」
「だめ。味も匂いも、なんもしない」
「そっか」
力なく笑う、村咲。
病状の悪化と、薬の副作用で、菫の感覚は麻痺していた。
もう少ししたら、クレープを食べることすら、胃腸がうけつけなくなるだろう。
「菫、さっきのゴルゴンの女の子のカップル、かわいかったね」
「なーに、浮気?」
「違う違う。あの子たちみて、どう思った?」
「かわいそう」
菫は、泣きそうになりながら答える。
「ちゃんと一緒に天国に送ってあげないと、かわいそうだよ。
殺すんなら、ふたり一緒じゃないとダメだよ?」
「うん、そうだね。そうだよね」
菫の心は、もうとっくに人間の物ではなくなってしまっていた。
村咲は笑う。
その裏側に、嘆きと憎しみを湛えて。
ああ、僕たちは、とっくに壊れているんだろう。
可能な限りの人間を滅ぼさねばなるまいと、間違った義務感に追われている。
もう僕たちは、自分では止まれないんだ。
村咲は、天を仰ぐ。
ゴールデンウィークの最終日に。
またここに来よう。
ここのライブ会場で、三万人の観客が集まる、イベントがあるんだ。
皆殺しにする。
それを始めとしよう。
その後は町に出て、ひとりでも多く、殺そう。
いつか、誰かが僕たちを殺すまで。
村咲の手を、菫がそっと握る。
「私も一緒じゃなきゃ嫌だよ」
「もちろん。菫を置いてなんかいくもんか。
たとえ無間地獄の彼方へだって、どこまでも一緒に連れて行くさ」
村咲は、菫の手を取り、歩き出す。
行き止まりの未来へと。




