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第二十五話 本当は、

 虚子にとって、今日ほど特別な日は無かった。

 雹吾が隣にいる。

 虚子のために。


 クレープを一緒に食べて。

 いろんな服を試着して。

 観覧車から見えた、赤くなり始めた夕日は、一生忘れない。

 

「ね、ねえ、雹吾君」

「なに?」

「今日は時間無かったけどさ。

 映画でも見に、また来ない?」


 虚子としては、これは勝負だった。

 今日はあくまで、ルナが別行動をしたための、偶然転がって来た幸運に過ぎなかった。


 だけど、別の日でのデートの約束は、違う。

 正真正銘、虚子のために時間を取って欲しいという願い。

 角度を変えてみれば、愛の告白に他ならない。


 虚子の心臓は、高鳴り過ぎて痛いほど。


 雹吾が思案している時間は、永遠のようで。


 やがて、雹吾が口を開く。




「うん。いいよ。一緒にまた来よう」




 その瞬間、虚子の目からは、ぽろりと涙が零れた。




 そして、これ以上は無いと言うほどの、幸せな笑顔で、


 雹吾の腕に抱き着いた。







 午後四時。

 帰りの集合時刻。


 火車バスの中には、既に半数ほどの生徒が戻っていた。

 雹吾と虚子も、バスの階段を登り、奥へ進む。

 夏美と麻子と和男は、既に着席してお喋りに(ふけ)っていた。


 夏美が、虚子に気づき、翼を振る。


「あ、虚子! おかえりー」

「ただいまー!」


 虚子は、雹吾の後ろの自席に座る。

 ここから先の時間は、雹吾の隣はルナの場所。

 少し寂しいが、それでも雹吾の真後ろの席にいられるのは、なんだか少し幸せだ。


 麻子が、虚子の恰好を見て、話しかける。


「あれ? 虚子、服が変わってない?」

「あ、うん。服、買っちゃった。かわいいでしょ」


 両手を広げて、雹吾にチョイスしてもらった服を見せびらかす。

 雹吾に買ってもらったなんて、決して言えない。


 麻子と夏美が、騒ぎ立てる。


「え、かわいい!」

「いーじゃん、似合ってるよ!」


 そこに、和男が加わる。


「おお、そういえば、虚子氏も、アームズオーブ持ちになりましたぞ!」

「えっ、ほんと?」

「見せて見せて!」


 虚子は、雹吾の事ばかり考えていたため、不意の質問に頭が回らなかった。


「え? あ、そうそう。アームズオーブ、ここに……」


 鞄を開けて、内側を見せる虚子。

 そして、ようやく思い出す。

 今、アームズオーブの銀の板に刻まれているのは……。


 虚子が開けた鞄の中を、みんなが見る。


 そこには『神野』の姓が刻まれた、アームズオーブのキーホルダー形態。


 その瞬間、咄嗟に鞄を閉じる虚子。


(み、見られたっ!?)


 鞄を開いたのは、ほんの一瞬。

 誰にも見られていないことを願う。


 ちらりと、三人の顔を(うかが)う虚子。




 麻子も、夏美も、和男も、顔が固まっていた。




 夏美が、(かす)れた声で問いただす。


「……えっ。 う、うろこさん、マジっすか」

「……」


 麻子が、わざとらしく声を上げる。


「あ、あー、私、何も見てないよー」

「……」


 和男が、しょんぼりと虚子を見る。


「そ、その……。すまぬ。虚子氏」

「……」




 ……バッチリ見られていた。




 虚子の前列に座る雹吾が、騒ぎに気付き振り向いた。


「ん? どうしたの?」


 夏美たち三人は、慌ててごまかす。


「あー! なんでもないよ!」

「ほら、虚子ちゃんの新しい服、かわいいなって!」

「似合ってますぞ! 虚子氏!」


 それを聞き、雹吾は明るい笑みを浮かべる。


「でしょ。かわいいよね」


 そして満足した雹吾は、また前を向く。


 虚子たち四人は、冷や汗がダラダラだ。


 夏美が、虚子の耳元でひっそりと会話をする。


「……え、虚子たち、デキちゃったの?」

「デキてない」

「じゃあ、さっきの、勝手に苗字変えたの?」

「……うん」

「……で、どうすんの?」

「どうもできないよ」

「……だよねぇ」


 相手は、婚約者持ち。

 多妻ができるレッド人じゃない。

 この気持ちは、胸にしまっておく以外の道はないのだ。




 でも、いいんだ。

 たまに、こうやってブラッとデートして。

 たまに、今日みたいに腕を組んで。

 それだけできれば、もう十分。




 嘘だけど。




 本当は、もっと深い関係になりたい。

 本当は、愛して欲しい。

 本当は、ずっと一緒にいたい。


 それはきっと、永遠に叶わない夢。




 一組の集団が、バスに乗り込んできた。

 その中に紛れ込んでいたルナが、雹吾の元へと駆け寄る。

 他の男に手を引かれていったくせに。


「雹ちゃん! 見て! おみやげ!」


 ルナは雹吾に、小さくて細い物を渡す。

 印鑑だ。


「私もおんなじ。雹ちゃんとおそろい!」


 『神野』の姓の印鑑。

 ルナは、雹吾の腕に絡みつく。

 無邪気なその仕草に、虚子は嫉妬する。

 ルナが気軽に座っている場所は、虚子がどんなに望んでも座れない場所。


 そして一組の集団の後からは、ヘイムダルたちがバスに乗り込んできた。

 サイバーグラスを掛けたムニンが、雹吾へと告げる。


「雹吾様。

 雹吾様がご覧になったこと以上のことは、起きておりません。

 ご希望ならば、一部始終の録画データをお渡しいたします」

「ありがとう。もしかしたら、貰うかも」


 ムニンの言っていることが理解できないのか、首を(かし)げるルナ。

 ルナの持っている唐傘から発せられている右美の声が、雹吾へと囁く。


「でも、十分アウトだよねぇ?」

「……うん」


 ちからなく同意する雹吾。

 たぶん、ルナは本当に悪意無く、新たな友人たちと純粋にレジャーを楽しんでいたのだろう。

 でも、今日一日で雹吾の心は擦り減ってしまいそうだった。


 すると、雹吾の顔に影が差す。

 誰かが、雹吾の前に立っていた。

 一組の学級委員長、三つ目の少年・恵比寿(えびす)君だ。

 恵比寿君は、こころなしか、げっそりとした表情で、雹吾に頭を下げる。


「神野君。ごめん。

 佐村にはおかしな真似はさせないから、どうか許してほしい」

「おかしな真似、もうしてるけどね」

「おっしゃる通りで。

 でもあいつは、これ以上のことはしない男だ。

 キスもまだしたことがないって言ってた。

 だから、その、男女の仲にはならない、と思う」


 そして恵比寿君は、再三あやまり通したあと、よろよろと自席へ向かった。

 ルナは、今の話題が自分の事だとは思っていないようだ。


 最後に残ったのは、ヘイムダル。

 ヘイムダルは、厳しい目でルナを見つめる。


「ルナお嬢様。

 婚約者がいる身という意味を、もう一度お教えせねばなりませぬな。

 帰ったら、共有スペースの談話室へ、必ず来てください」

「……え? う、うん」

「雹吾様。どうか、ルナお嬢様をまだ見捨てないでください」

「……」


 雹吾は、その懇願には応えられなかった。




 ヘイムダルは目を伏せると、車両後方の護衛席へと歩き去る。




 こうして、火車バスは出発する。

 その車輪の跡は、複雑に絡み合っていた。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一文 タイヤ痕で人間関係の絡みを 表現するなんてスゴい [気になる点] ルナがどんどん負けヒロインに… [一言] 更新ありがとうございます ルナに早く謝って欲しい 雹吾に早く俺も止…
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