第二十二話 ……あれ?
四月末。ゴールデンウィーク初日。
雹吾たち一年三組は、一年一組のみんなと一緒に、大型の火車バスで、超巨大ショッピングモール『大蛇プラザ』へとやって来た。
総勢六十名弱の、大行軍だ。
火車バスの運転手の、二足歩行の猫が、渋い声でアナウンスを車内へ響かせる。
「着いたぜ」
熱くない炎で燃えている窓から外を見ると、広大な駐車場には、何千という車が停まっていた。
そして、その向こう側にある、途轍もなく巨大な大蛇プラザ。
屋上には、ジェットコースターや観覧車などのテーマパークが、そのまんま乗っている。
雹吾は、予想の十倍は大きい、大蛇プラザに驚くばかり。
目を丸くする雹吾を見て、虚子は笑いをかみ殺す。
今日は、姑獲鳥の夏美が、いつもは着けていない、謎の半透明な眼鏡を着けていた。
エルフの麻子が突っ込む。
「夏美、それなに?」
「ふっふっふ。最新型のサイバーグラスよ。
ほら私、手が無いから、パンフとか持てないじゃない?
でもこれがあれば、音声認識でネットが見れるのよ。
カメラも付いてて、お写真も一発!」
姑獲鳥の夏美は、手の代わりに翼が生えている。
そのため、衣服や食器などの日用品の全てが、手が無くても使えるように開発されたものばかり。
有翼人種用の大手メーカー『ウインガー』製が有名である。
自慢げに胸を張る、夏美。
夏美はなにげに、こういった便利道具が好きなのだ。
虚子が後ろの席から、夏美に声をかける。
「夏美、さっそくそれ使おうよ。
鍛冶ギルドの場所、探して探して」
「おっけー!『サーチ。大蛇プラザ。鍛冶ギルド』。
おお、出てきた。南館の三階の端だって」
夏美の目の前のレンズには、ネットの情報が映し出されているようだ。
すると、轆轤首の工藤君が、にょろりと首を伸ばして、興味深そうにサイバーグラスを眺める。
「なつみん、それいいな。俺も欲しい。おいくら?」
「五万円くらい」
「たっか!」
驚きで首を跳ね上げさせ、頭を天井にぶつける工藤君。
日常生活で必要な夏美はともかく、ただの趣味で買うには、高校生にとっては高額過ぎた。
痛みで藻掻く工藤君を見て、笑い転げる虚子たち。
火車バスの中は、左側の席に一年一組、右側の席に一年三組が座っていた。
一組の学級委員長である、三つ目の少年・恵比寿君が、三組の学級委員長であるトロルの松村君と打ち合わせをする。
「時間、どれくらいいるかなぁ?」
「せっかく来たのだから、なるべく多めの方がいいと思うよ」
「じゃあ、夕方の四時くらいに集合しようか」
現在は、午前十時を回ったところ。
今日は遊べる時間がいっぱいある。
雹吾は、久々のルナとのデートに、浮かれていた。
ルナと繋いだ手を、そっと撫でる。
その横を、四人の恋人たちを連れたヒカルが、通り過ぎた。
「みんな、足元に気を付けてね」
ヒカルは結局、このクラスの一つ目女子の全員と付き合う事にしたようだ。
多夫多妻が普通のレッド出身のヒカルたちは、彼氏彼女が沢山いること自体には全く抵抗が無い。
ヒカルは他にも、中学から付き合っている彼女が三人いるとのことだから、現在は七人の彼女がいることになる。
なお、まだまだ増えそうなご様子。
そこに、一組の一つ目女子、入江さんが突撃してきた。
「あ、あのっ!ヒカル君!
わわわ私も、ご一緒してもいい!?」
ヒカルは、一瞬だけきょとんとした顔をするも、すぐに事情を呑み込めたようだ。
流石はサイクロプスの王子様。
女性の気持ちには敏い。
実際に王子様になったのは雹吾だけれど、ヒカルと並んでみれば、どう見ても王子様はヒカルだ。
「いいよ。一緒に遊ぼう」
ヒカルは、入江さんの申し出を快諾する。
また一人、彼女が増える気配しかしない。
入江さんは、ルナにしか見えないように、軽くガッツポーズをした。
ルナもまた、小さくガッツポーズを返す。
なにせ、今日の一組と三組の合同お出かけは、この入江さんが全ての始まりなのだ。
ヒカルのお眼鏡にかなうといい。
「ルナちゃん、俺たちも行こうか」
「うん!」
ルナが唐傘と提灯を手に取り、雹吾と立ち上がろうとすると、ルナに差し伸べられる手があった。
一年一組の生粋のブルー人。
背の高い、日焼けした肌の、美青年。
佐村マサタカ君だ。
ルナは一瞬、差し出された手が、何を意味するのか分からなかった。
どうすべきかわからず、雹吾を見るも、雹吾もただ困惑しているばかり。
雹吾が、マサタカにやんわりと告げる。
「えっと、ルナちゃんは俺と回るから……」
「一緒に行こ、山ン本さん」
マサタカがルナの手を取り、立たせる。
そして、マサタカが雹吾へと爽やかに笑いかけた。
「たまには別メンバーってのもいいでしょ?」
マサタカがルナの手を引く。
ルナが本気で抵抗すれば、数人がかりでもびくともしないはずだが、せっかくの休日の遊びの空気を壊してしまうのを嫌がったのだろう。
ルナは眉をひそめて雹吾を見るが、そのまま連れていかれてしまった。
その後を、ヘイムダル、フギン、ムニンが追いかける。
執事のフギンが、雹吾にちらりと視線を送りながら。
ルナたちを見届けた雹吾の心の中には、もやもやした嫌な感情が残る。
これは、間違いなく嫉妬だ。
ルナは、自分を選んでくれると思っていた。
でも現実には、ルナは別の男に手を引かれ、いなくなってしまった。
雹吾を置いて。
(ま、まあいいか。今日は和男君の棍棒をオーダーしにきた訳だし……)
雹吾は、胸のもやもやを無理にかき消すように、別の事を考える。
そんなことをしたって、残ったしこりは消えないというのに。
すると、ふわりと柔らかな肌触りの何かが、雹吾の手を包んだ。
それは、虚子の手。
虚子は、顔を真っ赤にして、視線をうろうろさせながら、雹吾に提案する。
「ひょ、ひょ、ひょーごくん……!
せっかくだから、わたしと一緒に行かない?
ほ、ほら、ルナちゃん、あっち行っちゃったことだし?」
あっち行っちゃった。
その言葉に、ちくりと胸が痛む。
でも、それは事実だ。
虚子も雹吾を元気づけようとしてくれているのがわかる。
雹吾は虚子の、手を握る。
「……うん。じゃあ、たまには虚子と」
虚子は、真っ赤な顔をしながらも、満面の笑みだ。
まるで、悪五郎から貰った薔薇の花束みたい。
「えへへ。一緒に遊ぼーね!」
「うん。よろしくね」
★
その頃、マサタカに左手を引かれて、一組の集団と歩いていたルナの耳に、右手に持った唐傘から、右美の囁き声がする。
ルナにしか聞こえないボリュームで。
「お嬢様ぁ。今やってること、メッッッチャ悪手なの、わかってるぅ?」
「な、なにが?」
鞄に下げた提灯からも、左美が賛同する。
「お嬢様はさっきぃ、よりにもよって雹吾様の目の前でぇ、他の男を選んじゃったんだよぉ?」
「そんな、おおげさだよ」
すると、右美と左美が、一緒に溜息を吐いた。
「あ~、だめだこりゃ。箱入り娘だから、マジでわかってないんだぁ」
「アタシたちがいるから、変な間違いは起こさせないけどぉ、雹吾様視点だと、割ともうアウトなんだよねぇ」
ルナの後から付いて来ていたメイドのムニンが、半透明の眼鏡をかける。
夏美が着けていたものと同じ、サイバーグラスだ。
ムニンは、サイバーグラスを録画モードにし、映像を記録する。
やましい事は無いと、後で雹吾に証拠として見せるため。
ムニンたちの立場では、ルナが男性の友人と手を繋いだだけでは、窘めることはできない。
貴族であるルナは、社交界に出た時には、他の男性のダンスのパートナーになることもあるのだ。
しかし、雹吾がどう思うかは、また別だ。
(雹吾様。どうか、誤解をなさらぬよう……!)
ムニンはそう考えながらも、自分の心の言葉に違和感を感じる。
誤解。
これは、本当に、ただの誤解で済むのか?
いつもとは違う新鮮なメンバーに、ずいぶんと楽しそうなルナを見て、ムニンは一筋、頬に汗を流した。




