第十九話 神野悪五郎、まかり通る!
晴天の魔王・神野悪五郎は、背後にいる山ン本五郎左衛門と、その部下に、声をかけた。
「さんもっちゃん!
メイドちゃんたちの保護お願いね!
あと、ついでに酒呑童子の野郎も!
今から色々、ぶっぱなしまくるからさ!」
そう言って肩越しに振り向き、五郎左衛門たちにウインクをする悪五郎。
それを聞いた五郎左衛門と部下三名は、顔を青褪めさせる。
悪五郎自身が、「今からやらかす」という趣旨の宣言した。
五郎左衛門は、もう数百年の付き合いがあるからわかる。
悪五郎は、やると言ったらやるのだ。
五郎左衛門は、部下三人に命令を下す。
「大至急、女性陣の救助を!
酒呑童子は、適当に窓から外へ放り投げておけ!」
その言葉をきっかけに、三名の部下は走り出す。
大出院が杖を床に突き、八輪の巨大なバイク、『スレイプニル』を影の中から出現させ、飛び乗った。
スレイプニルは、左右四輪ずつのタイヤから煙を上げ、館の壁を垂直に登って行くと、そのまま天井をぶち抜き、屋敷の三階に躍り出る。
オーデインは三階に待機していた半裸のメイドたちを、杖から生やした樹木の触手を伸ばして捕まえ、そのまま壁を突き破って逃走する。
呂木は、サイコキネシスで二階の女性たち全員と酒呑童子を抱え込むと、窓を割って館を脱出した。
透は持ち前の筋肉で、一階で腰を抜かしていた女性陣をまとめて担ぎ上げ、五郎左衛門の背後に控えた。
それとほぼ同時に、神野悪五郎へと武器を持って跳びかかる、悪漢ども。
悪五郎は、右の手のひらを広げて、悪漢たちへと向けると、手のひらに極少の太陽を作り出す。
「必殺! アゲアゲ☆プロミネンス!」
極小の太陽が、眩く輝く。
そして、五本の巨大な、紐状の火炎であるプロミネンスが放たれた。
巨大なプロミネンスは、館の壁を破壊しながら暴れ回る。
燃えながら焼け落ちる、館の天井。
悪五郎に跳びかかろうとしていた悪漢たちは、灼熱の炎に晒され、あっという間に灰になった。
しかし、不思議なことに、悪漢たちが持っていた剣や槍やメイスは、傷一つ付かず、そのまま何事も無かったかのように、床に落ちた。
悪五郎は眉を顰める。
悪五郎の炎は、オリハルコンだろうが、問答無用で燃やして溶かす。
鋼程度では、跡形も残らないはず。
訝しむ悪五郎の耳に、悪漢たちのリーダーと思われる男の声が入った。
「馬鹿野郎! 何のために盾があると思ってんだ! 盾を使え!」
すると、奥の部屋からぞろぞろと、大型の金属の盾を持った無法者たちが現れた。
本来ならば、何の脅威も無い、盾。
しかし、目の前に落ちている、剣や槍やメイスの存在が、腑に落ちない。
悪五郎は様子見として、一本のプロミネンスを、盾の集団へ、撫でるように放つ。
灼熱の炎の鞭をまともに受けて、よろめく盾の集団。
だが、盾には焦げ目ひとつ付いていなかった。
(なんだ? あの盾。
っつーか、剣も槍も、同じ素材かな?
だったら……)
悪五郎は、足の裏から炎を爆発させ、跳んだ。
そして館の壁や天井を蹴り、盾を持つ悪漢たちの後ろに、一瞬で移動する。
「盾以外の部分はどうだい!?」
目にも止まらぬ速さで、背後へ回られた盾持ちの悪漢たちは、急いで悪五郎へと向き直ろうとする。
だが、大きな盾同士がぶつかり合い、うまく方向転換ができない。
悪五郎が手のひらを悪漢たちへと向けると、凝縮された灼熱の火炎の塊が現れる。
「必殺! ドンペリ☆フレアー!」
火花を散らし、解き放たれる、吹き荒れる火炎。
悪漢たちは盾で防ぐのが間に合わず、炎をまともに食らう。
金属の盾以外は、普通の素材だったようで、あっさりと燃え尽きた。
敵のリーダーと取り巻きたちは、いつの間にか奥の部屋へと逃げ込んだようだ。
悪五郎は、床に取り残された盾を見た。
やはり、炎の妖術が効いていない様子。
(ん? そういえば、なんで盾だけ新素材なんだ?
鎧でも作って、全身こいつで固めれば、無敵じゃないの?)
ぐつぐつと煮えたぎる石の床の上に落ちていた、盾を持ち上げてみる。
「重っ!」
新素材の盾は、異常に重かった。
これでは鎧など作っても、着たら動けなくなるだろう。
しかし、これで判明した。
新素材の金属で作れる防具は、せいぜい盾が限界。
それ以上は、重すぎて使い物にならない。
そうなると、防具よりも武器に注意をすべきである。
悪五郎は身体を炎に変えられるため、本来であれば、よほど強力な妖術でないかぎり、一切のダメージを受けない。
だが、この新素材の武器ならば、悪五郎の妖術を無視して攻撃が当たる可能性が高い。
(気を付けないと、ヤバいかもね)
悪五郎は、敵のリーダーたちが逃げ込んだ、奥の部屋へと駆けた。
もう盾持ちはいないはずなので、ここから火炎を放射し、部屋ごと丸焼きにするのが安全策ではある。
だけれど、あの新素材の金属の情報が欲しい。
どこの世界の、誰が作ったのか。
そして、今、どこまで普及しているのか。
情報を得るためには、できればリーダーは生け捕りにしたいところだ。
悪五郎は、右手を炎に変えて、奥の部屋の扉を焼き砕く。
するとそこには、弓を持った悪漢が三名、金属製の矢をつがえていた。
「げっ!」
悪五郎は咄嗟に、全身を炎に変える。
もしかしたら、これで矢を回避できるかもしれない。
それともやはり、火に変化した肉体をも傷つけることができるのだろうか。
ぎりぎりと絞られた弦から、放たれる矢。
悪五郎の肉体は炎へと変化しているが、それでも腕と脚を使い、頭と胴体を防御する。
そして矢は、そのまま悪五郎の腕や脚に突き刺さった。
「……っ! うおおおおっ! いっっってええええっ!」
悪五郎は、久しく痛みというものを感じていなかった。
それこそ、まだ妖術が未熟だった時を最後として、いったい何百年ぶりであろうか。
激痛で集中力が霧散し、元の人間の姿へと戻ってしまう悪五郎。
矢も、本来であれば、何千本と射られようが、痛くも痒くもなんともないはず。
悪五郎の肉体に刺さる矢など、この世に存在しなかったのだ。
そう、今までは。
(やっぱりそうだ! この金属……!)
声高に笑う、悪漢のリーダー。
「はははっ! 効いた! 効いたぞ! 魔王に!
この目で確かめるまでは、信じられなかったが、どうやらこいつは本物らしいな!
魔王・神野悪五郎!
これこそが、最先端技術というものだ!
イエローで開発された合金、魔封鋼!
魔法が効かない金属!
時代遅れの魔王など、この金属の前では、ただの人間よ!」
悪五郎は、激しく痛む両手両脚から、矢を抜こうとする。
動く度に激痛が走り、涙が勝手に流れ落ちてきた。
しかし、鏃に返しが付いていて、抜こうとしても抜けない。
再び全身を炎に変化させてみたが、矢が刺さった場所の周辺だけは、人間の肉体のままだった。
またしても、矢をつがえる悪漢たち。
焦る悪五郎。
このままでは、殺されてしまう。
すると、悪五郎を背後から抱きかかえる者がいた。
山ン本五郎左衛門だ。
「神野! 酒呑童子は確保してある! 一旦退くぞ!」
「くそっ! やられっぱなしってのは、気に入らないけど、しょうがない!」
悪五郎は、足の裏を火炎に変えて、思い切り爆発させた。
その推進力で、ロケットのように壁を貫き、館の外へと射出される、悪五郎と五郎左衛門。
悪五郎は、宙に舞いながら、五郎左衛門に問いただした。
「さんもっちゃん。あの妖術が効かない金属、知ってる?
イエローの新素材だってよ」
「いや、私も今初めて見た。
イエローにも私の部下がいるが、そんな報告は上がって来ておらん」
「極秘開発ってわけか。
ありゃあ、今までの妖術を根本から覆す代物だね」
「全ての異世界の、勢力図が変わるな」
悪五郎たちが地上を見れば、八輪バイクのスレイプニルに乗った、部下たち。
酒呑童子はオーデインの樹木で拘束されていた。
どうやら、メイドたちは安全な場所で解放したらしい。
悪五郎と五郎左衛門は、スレイプニルの広い座席に着地する。
その衝撃で、悪五郎に刺さった矢の傷から、激痛が走った。
「いってえええ!」
うっかり転げまわりそうになるが、もしそんなことをすれば傷が酷くなるばかり。
悪五郎は、姿勢を崩さぬよう、気合で痛みを耐える。
そして、ゴーグルを着けてスレイプニルを運転するオーデインが、エンジンの爆音に負けない大声で、五郎左衛門に提案した。
「このまま病院に向かいましょうか!」
五郎左衛門が叫び返す。
「そうしてくれ!
この傷は放っておいていいものではない!」
スレイプニルの八つのタイヤが砂埃を巻き上げ、猛スピードで疾走する。
★
その三日後、全ての世界のネットで、一斉に流れ始めた、新たな金属のCM。
ドワーフの王セネガルが社長の『セネガル重工』の、魔封鋼。
この金属の登場により、妖術が使えない者、もしくは妖術に頼らない者が、一気に躍進することになる。




