第十八話 山ン本五郎左衛門と神野悪五郎
その男は、豪奢な門構えをくぐり、中庭のレンガの道を歩く。
向かう先には、贅の限りを尽くし作られた、三階建ての洋風の館。
大和の国王の館だ。
その男は、厳めしい顔つきながらも、凛々しく、一種の美を纏わせた姿勢の、壮年であった。
上質のスーツの腰には、黄金の小槌が装着されている。
その男は、内閣総理大臣、魔王・山ン本五郎左衛門。
ルナの父親にして、日本帝国の国家元首。
五郎左衛門の背後には、黒スーツを着た護衛が、三名、ついて歩く。
杖を突いてはいるが、一切の隙がない、鎖の付いた眼鏡をかけた、背の低い白髪の老人。
大出院。
逆立った白髪と、はち切れんばかりの筋肉を持つ、大柄な老人。
透。
両耳に多くのピアスを着けている、十代後半の黒髪の少年。
呂木。
三名とも、五郎左衛門の妖術にてこの世に誕生した、五郎左衛門の百鬼夜行筆頭の実力者である。
五郎左衛門が、洋館の入り口に差し掛かると、両開きの扉が、勝手に開いた。
館の中に待機していたメイドが、扉を開けたのだ。
五郎左衛門と一行は、躊躇せずに館に入る。
館に入った五郎左衛門がまず思ったのは、眩しい、ということだった。
館のところどころに、金銀の装飾がなされている。
雇われている人間は、全て若く美しい女性のみ。
彼女らが、ただの使用人ではなく、高級娼婦の類であると、容易に想定される。
そして、玄関から見える大広間の椅子に座り、勝手にリラックスしている男が一人。
おそらく、五郎左衛門よりも先に到着したため、座って待っていたのだろう。
今日は、五郎左衛門の要請に応じ、馳せ参じてくれたのだ。
明るい茶色に染めた長めの髪を、ワックスでセットした、ストライプ柄のスーツ姿の、細身の男。
五郎左衛門にとっては、数百年間の付き合いがある、ライバルでもあり、また友でもある、その男。
魔王・神野悪五郎だ。
悪五郎は、五郎左衛門に、ひらひらと手を振る。
「やっほー。さんもっちゃん。元気ぃ?」
「元気だったが、お前のその姿を見たら、元気では無くなったかもしれん」
五郎左衛門はニヤリと笑い、軽口をたたく。
神野悪五郎という男には、緊張感というものがまるでない。
数百年前から、ずっとそうだ。
この男が適当過ぎるせいで、自分が何度尻ぬぐいをしたことか。
時には対立し、時には力を合わせ、五郎左衛門の長い人生に、最も深く関わって来た男。
だが、今日この場に同席してもらった事については、これ以上ないほど有難かった。
「神野。礼を言う。お前がいてくれれば、百人力などという吝嗇なものではない」
「いいってことよ~。俺と、さんもっちゃんの仲じゃねーの」
ケラケラと笑う、悪五郎。
この館の主は、大和の国王、第七代目・酒呑童子。
五郎左衛門は、年々悪化の道を辿る、大和の国の行政について、糾弾しに来たのである。
データを見る限りでは、改善できる余地が、大量にあった。
国王としての明らかな怠慢。
正すべきところを正していれば、死なずに済んだ無辜の民もいたはずだ。
五郎左衛門は、拳を握りしめる。
怠惰な国王は、それだけで罪である。
怠惰な国王は、結果として数万以上の人間を殺すのだ。
五郎左衛門が、頭の中で怒りを滾らせていると、大広間から二階に繋がっている階段を、乱暴に降りて来る足音がした。
見上げれば、赤い皮膚の、大柄な一本角の鬼。
大妖怪・酒呑童子の七代目だ。
「おう、待たせたな。悪い悪い」
全く悪びれた様子のない、巨躯の赤鬼。
五郎左衛門は、酒呑童子を睨みつける。
地位としては、たかが一国の王よりも、帝国の総理大臣である五郎左衛門の方が上だ。
だが、酒呑童子は、まるで自分の方が立場が上だと言わんばかりに、横柄に対応する。
「で? 魔王様が二人、首を揃えて一体何事だ」
五郎左衛門は、ロキに目くばせをする。
「簡潔に述べよう。ロキ。データを見せてやれ」
「あいあいさー」
ロキが噛んでいたガムで風船を作りながら、とあるデータをタブレットPCの画面に映し出し、酒呑童子に見せた。
「これ、行政の怠慢で出た、死者のデータ。多すぎね?」
貧困により、餓死した者。
虐待により、死亡した児童。
彼らを救うはずの予算は、有ったはずなのだ。
ロキは、帳簿を洗い直した。
すると、外国の銀行口座に開設された、実在しないであろう会社への、多額の振り込みが見つかった。
人件費の名目で。
しかし、どう見繕っても、その多額の人件費に対し、現実の人数が合っていない。
そこで、五郎左衛門は百鬼夜行のエージェントたちに探らせたのだ。
金の行方を。
ロキが鋭く酒呑童子を見る。
「お前、予算を着服してんだろ?」
酒呑童子が、顔をより赤くして、叫ぶ。
「ぶ、無礼な! 証拠はあるのか!?」
「有るに決まってんだろ、バーカ」
いつもふざけているロキだが、実際は情に篤い男だ。
今回の件で、誰よりも怒っているのはロキだった。
五郎左衛門は、酒呑童子に突きつける。
「酒呑童子。このデータを貴殿に差し上げよう。
至急、行政の改革に着手するように。
もちろん、過去の不祥事などがあった場合は、すべて国民に報告すること。
報告漏れが有れば、警察が動くことになるだろう。
これが、私から貴殿へしてやれる、最後の警告だ」
真っ赤になっていたはずの酒呑童子の顔が、今度は青くなる。
過去の不祥事を明るみに出せば、どちらにしろ破滅が待っているのだ。
酒呑童子は、歯の音が合わなくなるほど震える。
相手が、五郎左衛門ひとりならば、今この場で力づくで殺害し、証拠を隠滅できたかもしれない。
だが、五郎左衛門の周りの護衛の強さは、おそらく尋常ではない。
そして、おまけに『晴天の魔王』神野悪五郎まで出しゃばってきている。
酒呑童子が持つ、全兵力を使ったとしても、勝てる見込みが無い。
何とかあの魔王たちを亡き者にすることはできないものか。
今日を凌いだとしても、奴らがいる限り、近い内に待っているのは、破滅の未来。
使用人部屋に待機させてある私兵どもを、全滅覚悟でぶつけてみようか。
酒呑童子がそう考えていると、五郎左衛門が、一歩踏み出す。
「酒呑童子。何やら色々と画策しているようだが、私が貴殿に伝える言葉は、ひとつだけだ」
五郎左衛門の身体から、恐るべき殺気が発せられ、大波のように館を呑み込んだ。
酒呑童子の全身から、一気に冷や汗が噴き出る。
「此度の貴殿の不祥事……」
五郎左衛門の目が、刃物のようにギラリと光を反射する。
「誠に遺憾である」
その瞬間、放たれていた殺気が、十倍に増す。
酒呑童子の目には、見えていた。
自分があっさりと、圧倒的な力で八つ裂きにされる錯覚を。
想像せざるを得なかったのだ。
あの男の、強すぎる殺気に。
五郎左衛門ひとりならば、証拠を隠滅できると思っていた自分が甘すぎた。
魔王という存在を舐めすぎていたのだ。
メイドたちも、あまりの恐怖に、まともに立っていられる者は、ひとりたりともいなかった。
酒呑童子にできることは、せめて命だけは助かるよう、全力を持って誠意ある対応をすることである。
「わ、かりました……。すべて、報告します……」
震える身体で、頭を下げる。
顔からは、ぽたりぽたりと、汗が高級絨毯へと落ち、染みを作っていた。
七代目酒呑童子には、まだ子はいない。
大和の国王は、全く別の貴族が継ぐことになるだろう。
すると、一階のあらゆる部屋のドアが、一斉に開いた。
そこからぞろぞろと溢れ出て来る、無法者たち。
「おいおい、酒呑童子さん。
なに日和ってんだよ。
こいつら殺せばいいだけの話だろ?」
無法者たちは皆、その手に剣や槍と言った凶器を持っていた。
当然、口封じにやってきたのだろう。
無法者たちには、五郎左衛門の恐るべき殺気が感じられなかったのだろうか。
それとも、感じた上で、なお戦いを挑むのか。
もちろん、五郎左衛門たちは、このような輩に後れを取るほど耄碌はしていない。
かかってくるならば、全て撃破するのみ。
円陣を組む、五郎左衛門と護衛たち。
だがそこに、座っていた椅子を蹴倒し、勢いよく立ち上がる、ひとりの男がいた。
神野悪五郎。
悪五郎は、両腕を胸の前で組み、満面の笑みだ。
「いいねえ! こういう展開を、俺は待ってたんだよ!」
途端、周囲の空間に火花が散ったかと思うと、悪五郎が炎に包まれた。
突然の謎の炎に、無法者たちは目を丸くし、驚愕している。
微動だにしないのは、五郎左衛門たちのみ。
やがて、悪五郎を包んだ炎は、収束し、赤い生地となり、装束となった。
魔王の装束へと。
悪五郎の両の目尻には、炎の形の赤い隈取。
赤い袴の上に着ているのは、金に縁どられた、赤い羽織。
赤い羽織の背中には、金色の筆文字で、縦に大きく『神野』と書かれていた。
悪五郎は、見得を切る。
「さあさあ、刮目しやがれ!
晴天の魔王! 神野! 悪・五・郎!
ここに! 見っ! 参っ!」




