第十七話 アームズオーブ
四月中旬。
寮の共有スペースの談話室には、一年三組のほとんどが揃っていた。
もうすぐゴールデンウィークに差し掛かろうとしている。
大蛇学園の生徒たちも、ゴールデンウィークに浮かれる気持ちと、それが終われば中間試験が待っている現実で、胸がざわついている今日この頃。
サイクロプスのヒカルが、小さな箱を持って談話室の扉を開ける。
そしてヒカルは、女子たちが集まっているテーブルに、箱を持ってやってきた。
「山ン本さん、これ、試してみてくれない?」
「それ、なに?」
「山ン本さん用の武器。
パパに言って、試しに作ってもらったんだ。
使い勝手が良かったら、一般販売もしようと思って」
そう言って、箱をルナに手渡す。
「開けていいの?」
「どうぞ」
包装紙を破り、ダンボールの箱を開けるルナ。
そこには、銀色の四角い板状のキーホルダーのようなものが入っていた。
周囲には、いつの間にか男子勢も、集まっている。
「お、なんだなんだ?」
「山ン本さんの武器だって」
「え。あのキーホルダーが?」
ヒカルが解説する。
「アームズオーブ・プロトタイプ。
素材はミスリル銀。
魔力を込めると、形が変化するんだ。
オリハルコンや鋼よりは強くないけど、使い勝手は抜群だよ。
山ン本さん、魔力を込めて見て」
なお、妖力と魔力は、同じものを指す。
レッドやイエローでは魔法や魔力と呼び、グリーンやブルーでは妖術・妖力と呼んでいるだけのこと。
ルナが妖力をキーホルダーらしきものに込めた。
すると、銀の板に、『山ン本』と文字が刻まれる。
「これで、管理者権限が付与されたよ。
山ン本さん本人と、山ン本さんが許可した人間しか使えない」
「これ、結婚して苗字が変わったら、ちゃんと文字も変わるの?」
「変わるよ。というか、その人が頭の中で認識している苗字になるから、結婚してなくても、意図的に変えることもできる」
「ふーん。じゃあ……」
ルナが再び妖力を込める。
すると、『山ン本』の文字が消え、代わりに『神野』の文字が現れる。
「あ、ちゃんと変わった。
どうせそのうち、私も神野になるんだし、いいよね? 雹ちゃん」
「あ、ああ……。いいけど、ちょっと照れるな」
雹吾の顔が熱くなる。
ルナは『神野』の文字が刻まれたキーホルダーを、大切そうに手のひらに包んだ。
「えへへ……。
でも、これが武器なの?
どうやって使うの?」
ヒカルが、寮のすぐそばの校庭へと皆を促す。
「まあ、ものは試し。
実際に練習してみよう」
★
大蛇学園には、校庭が幾つもある。
そのうちのひとつが、寮のすぐ裏手にあるのだ。
ぞろぞろとやってくる、一年三組の生徒と、その護衛たち。
ヒカルが『アームズオーブ』と呼んでいた謎のキーホルダーは、セーラー服の胸ポケットに入っている。
「じゃあ、山ン本さん。
アームズオーブに魔力を通してみて」
ルナが、キーホルダーに魔力、つまり妖力を通す。
すると、小さな銀色の板の形状だったキーホルダーが、胸ポケットの中から弾け飛び、十個の小さな銀色の玉となって、ルナの周りに浮かんだ。
「えっ、なにこれ」
不可思議な現象に困惑するルナ。
十個の球状のミスリル銀は、ゆっくりとルナの周りを旋回している。
「雹吾君。攻撃する振りをして」
「振りだけでいいの?」
「うん」
振りだけとはいえ、ルナに攻撃するのが、何だか嫌な感じの雹吾。
だけど、他の人間にルナを攻撃させるなど、もっと嫌だ。
雹吾は、手を振り上げ、軽くチョップする。
「そりゃっ」
すると、ルナの周りに旋回していたミスリルの玉のひとつが、一瞬にして巨大な盾へと変化し、雹吾のチョップを防いだ。
突然、視界いっぱいに広がった銀の盾に、驚きを隠せない雹吾。
「うわっ! びっくりした!」
ヒカルは自慢げに解説する。
「アームズオーブの機能、その一。
自動防御だよ。
ミスリル銀は、金属としては柔らかい方だけど、魔法も防げる特徴があるから、盾としても優秀」
先ほどの驚愕で、まだ心臓が高鳴っている雹吾が、ヒカルに聞く。
「その一、ってことは、まだ他にも機能があるの?」
「もちろん。アームズオーブは、本来は武器だからね。
じゃあ、その二。
こっちがメインの機能。
好きな武器をイメージしてみて。
刃物か鈍器ね」
ルナは、悩む。
急に武器を、と言われても、普段から素手で戦っているルナとしては、武器などめったに使わないため、これと言って好む武器が無い。
そこで、父の腰にぶら下がっている小槌が、脳裏に浮かんだ。
すると、ミスリルの玉のひとつが、ルナの手の中におさまり、小槌へと変化する。
「あ、できちゃった」
「ハンマーなんだ。ハイパワーの山ン本さんには、丁度いい武器かもね。
それじゃあ、あれを見て」
その言葉に、校庭の向こう側を見る、生徒たち。
そこには、いつの間にか待機していたヘイムダルが、大きな石の壁を作っていた。
ヒカルは続ける。
「機能、その三。
自動帰還機能。
山ン本さん、あの壁に向かって、そのハンマーを思い切り投げてみよう」
ルナとしても、そういう使い方ならば、わかりやすくていい。
思い切り振りかぶって、力の限り、銀の小槌を石の壁に投げつける。
小槌は、風を巻き起こしながら、もの凄いスピードで、ミサイルのように校庭を一直線に飛んだ。
そして、ヘイムダル自慢の分厚い石の壁に、轟音と共に突き刺さり、粉々に破壊する。
飛び散る破片。
舞い上がる砂煙。
衝突したときの風圧で、ヘイムダルのくるくるの口髭が靡く。
壁を貫通した小槌は、そのまま宙で弧を描き、ブーメランのようにルナの手元へと戻って来た。
高速で帰還した小槌を、軽々とキャッチするルナ。
小槌は、壁にぶつかった衝撃で、柄は折れ曲がり、槌はへこんでいた。
だが、銀の小槌はすぐさま、元の銀色の玉へと姿を変え、再びルナの周囲を旋回する。
ルナは、ヘイムダルの壁を一撃で破壊した爽快感で、笑顔が堪えきれない。
「なにこれ! 超楽しい!」
「形が自在に変化するから、どんなに雑に扱って壊れても、すぐに元通りになるよ。
これが一番、山ン本さん向けじゃないかなって思って。
オリハルコンでも同じものが作れるけど、それだと製作費がとんでもなく高額になっちゃうからね。
ミスリルだと割とリーズナブル」
「ありがとう! ヒカル君!
私、これメッチャ好き!」
新しいおもちゃを手に入れた子供のように、目を輝かせるルナ。
校庭の向こう側では、自信作の強固な石壁を、軽々と砕かれてしまったヘイムダルが、哀愁を漂わせていた。




