第十五話 おばちゃん先生、大好き!
ヒカルの父は、巻かれていた布を取り去る。
現れたのは、聖剣クロノスの鞘。
眩く輝く銀色の鞘。
中央には、時計の刻印。
ヒカルの父が、自慢げに勝手に解説を始める。
「形状記憶オリハルコン製。
曲がっても、折れても、砕けても、魔力を通せば元通りになる。
自動清潔化機能付きで、獲物を斬ったときの血や脂も、一旦納刀すれば綺麗になるから、切れ味も損なわない」
ヒカルが、父に疑問を投げかける。
「でも、なんでわざわざレッドからここまで来たの?
宅配でよかったじゃない」
「何を言っているのだ、ヒカル。
聖剣だ。
聖剣が、抜かれたのだよ。
鍛冶ギルドのギルドマスターとして、聖剣をこの目で見ない訳にはいかないだろうっ!」
ヒカルの父は、黒野の腰に差してある聖剣クロノスを見ていた。
頬が上気して、赤く染まっている。
今はまだ、地下の武器庫に余っていた、粗末な鞘に収まっていた。
ヒカルの父は、少年のように目を輝かせ、黒野に尋ねた。
「あなたが、聖剣の付喪神の黒野さんですか?」
「はい。黒野でございます」
黒野が深々と礼をする。
黒野はその目線に応え、すらりと聖剣を抜いて、掲げて見せた。
ヒカル父の一つ目が、小学生の男児のように、キラキラと輝く。
「ほう……。なんと美しい刀身の曲線。
そして、刃のこの極限まで研がれた薄さ。
まるで、絹のような上品さだ」
「おお、お判りになりますか!
やはり、剣といえば刃。
この刃の部分こそ神髄。
斬れぬものはない、私の一番の自慢の部分でございます」
「その、厚かましいお願いではあるのですが、聖剣、持ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。剣である私としては、私の力を理解してくださる方に持っていただくのは喜びの限りでございます」
黒野が、ヒカル父に聖剣クロノスを両手で手渡す。
それを両手で受け取るヒカル父。
「……素晴らしい。
時刻の能力が無くとも、剣としてこれ以上ないほどの完成度だ。
今のこの世に、これほどの剣を作れる鍛冶師が、いるのだろうか」
ヒカル父の目からは、涙がぽたぽたと落ちる。
雹吾は、ヒカルにこそっと聞いてみた。
「俺、刃物の良し悪しって、あんまりわかんないんだけどさ。
ヒカル君、わかる?」
「ある程度は。僕は機械が専門だから、パパほどではないけどね」
「やっぱり、聖剣は特殊能力なしでも、剣として凄いの?」
「メチャクチャ凄いよ。あれを作った人は、鍛冶の神様じゃないかなってくらい凄い」
聖剣を作った人物。
岩に封印されていた数百年間よりも、さらにずっと前の出来事。
聖剣クロノスに人格が芽生えたのは、作成されてから百年ほど後のため、黒野も聖剣の作成者のことは知らないらしい。
感涙していたヒカルの父が、聖剣を黒野に返す。
「いやあ、感無量です。
数百年間、封印されていた聖剣を、まさかこの目で見れる日が来るとは。
さあ、鞘に納めてみてください。
この鞘は、私の全身全霊がこもった、私の史上最高傑作です。
きっと、聖剣に見劣りしないはず」
黒野は、今まで使っていた粗末な鞘をベルトから取り外し、かわりにヒカル父が作ったオリハルコン製の鞘をベルトに装着する。
そして、その鞘に、聖剣クロノスを納める黒野。
サイズもデザインも、これ以上ないほど、ぴったりであった。
黒野は、鞘を賞賛する。
「素晴らしい鞘でございます。
このような逸品を頂いてしまい、恐縮です」
「いえいえ、こちらこそ、黒野さんに使っていただくのが、何よりですとも」
マニアックな話に花を咲かせる、ヒカルの父と、黒野。
彼らの話には、誰も追いついていくことはできない。
雹吾とヒカルの話の輪に、ルナも加わる。
「ねえねえ、佐治君。私も武器欲しいって言ったら、作ってくれるの?」
「山ン本さん自身が使うってこと?」
「うん。この前の戦闘訓練で、やっぱり素手だと倒せる相手に限界があるなって思って」
ルナは、拳を握り、見つめる。
一週間前のケルベロス戦を思い返しているのだ。
あの時は、傾国先生たちの協力と、たまたまケルベロスを狙っていた野衾の群れがいたから、何とかなったようなものである。
魔王の娘などとは言われているものの、多少力が強い程度の少女だということが、如実に明らかになってしまった。
せめて、銃が使えたらまた違うのに、とルナは思う。
このグリーンでは、銃や爆弾の所持は、非常に重い罪であり、不法に所持しているだけで高確率で死刑となる。
銃を持てるのは、警察や軍隊の関係者、それと害獣駆除のハンターなど、正規のライセンスを持っている者だけである。
そのライセンスも、銃弾の指紋と言われている『線条痕』を登録し、半年に一回、線条痕をヤスリなどで変化させていないか、警察機関によりチェックされる義務を負う。
線条痕をデータベースに登録しておくことにより、何らかの発砲事件があった際には、銃弾から所持者をすぐに割り出せるようにしているのだ。
もちろん、犯人もそれを理解しているため、犯行現場から発射済みの弾丸を持ち去るケースもあるので、あくまで操作の一環程度ではあるが。
なお、ブルーの猟師は、散弾銃をよく使っているが、散弾銃は線条痕が弾丸に残らないため、このグリーンでは使われていない。
一般市民にも銃を解禁すればいいのでは、と言う声も多いらしいのだが、そうすると犯罪者たちも容易に銃を手に入れることができるようになってしまう。
果たして、銃を解禁している方が、治安は良くなるのか否か。
これは、ブルーのアメリカでも度々議論される、答えの出ない問いだった。
だからこそ、犯罪や獣害が多く、銃の所持が認められていないグリーンでは、戦闘訓練が必須なのだ。
ヒカルが、ルナの使う武器を、頭の中で幾つか想定する。
「うーん、山ン本さんの場合、生半可な武器だと、山ン本さんがハイパワー過ぎて、あっという間に壊れちゃうからね」
雹吾が、クロノスの鞘を指差す。
「あれ?あの形状記憶オリハルコンとかはダメなの?
頑丈だし、壊れても元に戻るんでしょ?」
ヒカルが、首を振る。
「素材が無いんだ。
ただでさえ、オリハルコン鉱石は貴重なんだけど、ギルドで持っていた分は、聖剣の鞘に全部使ったってパパが電話で言ってた」
「ええ……。あの鞘にどんだけ気合入れてんの……」
そこに、ゴルゴンの虚子が話に参加する。
「ヒカルパパ、メチャかっこいいけど、変な人だね」
「でしょ?息子の僕も、そう思う」
「雹吾君のパパは、魔王なんでしょ?怖い人?」
雹吾は、ルナと顔を見合わせて、笑った。
「全く。ちゃらんぽらんな人」
「雹ちゃんのおじさん、いつもホストみたいな恰好してるんだよ~。
魔王ってイメージから、一番かけ離れてるかも。
でも、私、すごい好きー!」
「うん。俺も、父さん好き」
虚子は、雹吾を見つめる。
縦に広がった瞳孔で。
「いいね」
「虚子は?好きじゃないの?」
「わかんない。私ね、孤児なの。施設育ち」
雹吾は、それを聞いて一瞬固まる。
この話題は、深く掘り下げて聞いていいものだろうかと。
しかし、虚子から始めた話だ。
続けることに決める。
「そうなんだ。他のみんなとは仲いいの?」
「うん!みんな仲良し!
他のクラスにも、同じ施設育ちの子が何人かいるよ~」
笑顔で話す虚子に対し、変な空気にならずに済んでほっとする雹吾。
そこに、姑獲鳥の夏美が乗っかって来る。
「虚子の施設、すんごい大きいんだよ!
子供の人数も、すんごいいっぱい!」
「そうそう。それでね、『おばちゃん先生』って呼ばれてるトロルの職員がいるんだけど、パワフルな肝っ玉母ちゃんみたいなひとでさぁ。
百人くらいの子供を一気にまとめて面倒みてるんだよ。
私も、おばちゃん先生がママみたいな感じ」
虚子は、両手を広げて、太陽のような笑顔を見せる。
「私の夢はね、ちゃんとした会社に就職して、お金をいっぱい稼いで、おばちゃん先生を楽させてあげるの!」
虚子は、成績がいい。
それは、先天的な頭の良さもあるだろうけれど、努力による割合の方が圧倒的に多いと思う。
孤児の虚子。
だけれど、そのことを隠さずに堂々と生きている。
虚子の明るい性格は、おばちゃん先生や、同じ施設で育った友人のお陰もあるだろう。
幸せの形は、人それぞれなのだ。
夏美が、虚子の肩を翼でぽんぽん叩く。
「でも、虚子がレッド出身で本当に良かったよ。
グリーンはその辺、かなり酷くてさ。
子供を虐待する孤児院なんて、しょっちゅう聞く話だもん」
★
「それでは、今日からこの孤児院は、僕が新しい院長ということで」
村咲は、グリーンの大和の国の、孤児院の応接間で、役所の担当者に爽やかに微笑んだ。
毒の魔王『ひょうすべ』、笑名 村咲が。




