第十四話 一体、誰が、何のために。
雹吾が魔王として目覚めてから一週間後。
会議室には、教員たちが集合していた。
山姥の傾国清姫は、ピリピリと気を張る。
カピバラの顔をした教頭先生が、ダンジョンの地下二階で、一年三組を地下五階まで落下させた、穴について資料を読み上げた。
「……やはり、あの穴は人為的に空けられたものの可能性が、非常に高いです」
傾国先生は、渋い顔。
(あったりまえだってんだよ。
一年三組が全員そろったタイミングで!
ちょうど全員が落ちる大きさの穴が空いて!
そんで、地下五階直通の滑り台が用意されてて!
おまけに、クソほど広いダンジョンの中で、九尾の鵺の縄張りにぴったりご到着って訳だ!
自然に起きたなんてほざく奴ぁ、脳が腐ってるか、敵側かのどっちかだねえ)
『うわん』の美女の音楽教師の上野先生が、長いまつ毛を閉じ、溜息を吐く。
「だとしたら、誰が、何の目的で、ですね」
アルラウネの錬金術教師、森先生が口を挟む。
「そりゃあ、山ン本瑠那さんが目的なんじゃないの?
内閣総理大臣の娘なんて、これみよがしなターゲットじゃない」
ドラゴンの飛行教師、増田先生が、ネクタイの位置を翼で直しながら答える。
「もしテロリストや、どこかの過激派の仕業だとしたら、要求が何もないのがおかしいのですよ。
ほら、普通なら、娘を無事に返してほしければどうたらこうたら、っていうのが有りますでしょう?」
「単に殺害するのが目的だったんじゃないの?」
森先生の次の問いには、校長のヤマタノオロチ先生が答えた。
「もしそうだとするならば、彼女が死んで得するのは、誰なのか、という部分が気になりますね。
怨恨の線で考え始めると、ターゲットは山ン本さんではない可能性も十分に残ります」
みんなで、唸る教師陣。
森先生が告げる。
「そもそもさぁ。ウチのダンジョンに細工できるんだから、内部犯じゃないの?」
森先生は懐疑的である。
教頭先生が、プロジェクターでダンジョンの門の映像を映した。
「門の監視カメラには、怪しげな行動をしている人間は映っていませんでした。
我が校のダンジョンは広い。
探索ができているのは地下三階までで、四階と五階は未知の部分がほとんどです。
どこかで、別の入り口が地上と繋がってしまっているかもしれません」
ダンジョンは、そこに住まう野生生物が、勝手に穴を掘り、自然と広がって行くものである。
なお、この大蛇市には地下鉄が無い。
地下鉄の工事中に、偶然ダンジョンと繋がってしまえば、多くの死者を出す大惨事となるからだ。
同じ理由で、下水道もあまり深くはできなかった。
大蛇学園のダンジョンの出入り口が、ひとつだけとは限らない。
完全にダンジョンを制覇し、他の出入り口が無い事を確認するまでは、内部犯か外部犯かを判断することすらできない。
ただし、仮に外部犯だとすれば、少なくとも地下三階を踏破できる実力のある強敵ということになる。
またもや、教師たちは唸る。
ヤマタノオロチ先生が、話を締めた。
「犯人については、今は推測以上の事は言えませんね。
私たちにできることは、相手が誰であろうと関係なく、生徒たちを守る事です。
以上、今日の職員会議は終わりにしましょう」
その言葉を切っ掛けに、教師たちは立ち上がる。
山姥の傾国先生も、幾つもの可能性を頭の中で模索しながら、天井を仰ぎ見る。
(わからんねぇ……。
一体、誰が、何の目的で、こんなことを……?)
★
「わかんないっ!
一体、何が、どうなって、こうなるのっ!?」
山ン本ルナは、男子寮と女子寮の間にある、共有スペースの一室で、化学の教科書と格闘していた。
隣に座っていた雹吾が、ルナのノートを覗き込む。
「ああ、ルナちゃん、モル質量が間違ってるんだよ。ここはね……」
「……?……?」
総理大臣の娘のルナは、法務や社会などの科目には強いが、数学や物理や化学には弱かった。
同じテーブルには、お馴染みの面子が揃っている。
雹吾。ルナ。和男。虚子。夏美。麻子。
そして、隣のテーブルでは、ヒカルと一つ目の女子たちが、勉強会を開いていた。
どさくさに紛れて、他のクラスの女子も混ざっている。
一つ目系の女子からは、絶大な人気がありすぎるヒカル。
ヒカルは父親が鍛冶ギルドのギルドマスターのようで、ルナと同じく法務が得意分野のようだ。
ヒカルが講師となり、女子たちに解説するが、女子たちはヒカルに見惚れるばかり。
雹吾が、ヒカルたちのテーブルを見て、思う。
(なんか、ヒカルファン増えてないか?)
女子の制服は黒色のセーラー服だが、胸元に着けているリボンの色で学年が分かる。
今の一年生のリボンは白だが、青の二年生や、赤の三年生までもが加わっていた。
雹吾の背後では、聖剣の付喪神であり、雹吾の執事となった黒野が、右手で頭上高く上げたティーポットから、左手に持った皿の上のティーカップに紅茶を注いでいる。
一本の細い滝のように、ティーカップに静かに落ちる紅茶。
よく零さないものだ、と毎回関心する雹吾。
「若様。アールグレイでございます」
黒野は、雹吾の手元へ、ティーカップを乗せた皿を置いた。
「ありがとう、黒野」
黒野はニコリと笑い、再び雹吾の後ろに控えた。
その黒野の隣では、ルナの執事のフギンとメイドのムニンが、二人揃って直立している。
ルナは、フギンとムニンにぼやく。
「……私もお菓子と紅茶ほしい」
「休憩に入るまではダメです」
「旦那様からは、ルナお嬢様には厳しく接するよう、言われておりますので」
ルナは、教科書の上に、ぐでっと寝そべる。
「もう疲れた~」
そこで雹吾が提案する。
「じゃあ、そろそろ休憩にしようか」
「やったぁ!ありがとう、雹ちゃん!」
諸手を上げて喜ぶルナ。
メイドのムニンが、雹吾に非難の声を上げる。
「雹吾様!ルナお嬢様の将来の夫となられるからには、お嬢様をあまり甘やかしてはいけません!」
「ま、まあまあ。ほら、人間の集中力って、三十分しか持たないって言うし」
こくこくと頷く、ルナ。
結局、そのまま休憩を取ることになった一同。
隣のテーブルのヒカルたちも、せっかくなので一緒に一休みすることにしたようだ。
すると、いつの間にか黒野が、クッキーの乗った大皿を、両手で持って待機していた。
「若様。先ほど焼いたクッキーでございます」
「あ、ありがとう、黒野」
黒野が、大皿をテーブルの真ん中に、そっと乗せる。
ルナが、凄まじい速度でクッキーを取り、口の中に放り込んだ。
「お、おいひい!」
「お口に合ったようで、何よりでございます」
黒野は、満面の笑みだ。
この一週間で、雹吾は理解していた。
黒野は、かなり過保護である。
数百年間、岩に封印されていた黒野を解き放ったのだから、雹吾たちに恩義を感じているのは分かる。
だが、それにしても過剰だとは思う。
特に雹吾に対しては、崇拝するほどの勢いだ。
(うーん。まあ、黒野もみんなも幸せそうだし、まぁいいか)
結果よければ全てよし。
細かい事は気にしない。
それが、雹吾が父から学んだ、人生を幸せに過ごす哲学。
雹吾は、何気なく辺りを見回す。
「あれ?そういえば、ヘイムダルさんは?」
ルナが、クッキーを頬張りながら、応える。
「なんか、重要人物が来るから、そのお出迎えって言ってた」
「重要人物?」
その時、ちょうどヘイムダルが、一人のスーツ姿の男性を連れて、部屋の入り口から現れた。
ヘイムダルの隣の男性は、誰なのかが、見た目ですぐにわかった。
きっと、ヒカルの父親だ。
さらさらの髪に、澄んだ一つ目。
若い頃は美しかっただろう面影は、年を経て、さらに男性として魅力が増しているかのよう。
ヒカルの周りに集まっていた、一つ目の少女たちは、皆、彼に見惚れていた。
ヒカルが声を上げる。
「パパ。どうしたの?」
やはり、ヒカルの父だったようだ。
ヒカルの父は、その手に、布が巻かれた細長い何かを持っている。
「これを届けに来たんだ」
そして、その長細いものに巻かれた布を取り払った。
それは、銀色に輝く鞘だった。
「あ、それ、もしかして……」
「もちろん、聖剣クロノスの鞘だ」




