【第一章最終話】第十三話 戦闘訓練、終了!
黒焦げになった九尾の鵺は、地響きを上げ、その場に倒れる。
天井近くの宙に舞う雹吾は、足の裏に黒雲を発生させ、雲に乗り滑空して地上まで降りて来た。
床の上に着地する雹吾。
雹吾の羽織袴が、雨雲となり霧散する。
目尻の稲妻の形の隈取も、徐々に薄くなり、消えていった。
まだ魔王として目覚めたばかりの雹吾には、ここが魔王形態の維持の限界のようだ。
後に残ったのは、ボロボロのジャージと革の鎧を着た、ただの高校生の少年だった。
雹吾は、がくりと膝を付く。
立っていられるほどの体力すら残っていなかった。
力尽きた雹吾の身体を、誰かが受け止める。
黒スーツを着た、くるくるの口髭の、筋肉質のおじさん。
ルナの護衛、塀無樽。
「雹吾様。だいじょうぶですか?」
「はは。ちょっと力が抜けちゃって」
そこに、つかつかと靴音を鳴らして近づいてくるものがいた。
時計のデザインのモノクルをかけた、タキシード姿の老人。
聖剣の化身、黒野。
黒野は、雹吾の目の前まで来ると、改めて深々とお辞儀をした。
「若様。
先ほどは、敵が迫っていたため、ご挨拶が略式になり、申し訳ございませんでした。
改めて、若様に仕えさせて頂きたく存じますが、お許し頂けますでしょうか」
ヘイムダルに抱えられた雹吾は、黒野に笑いかける。
「もちろんだよ。よろしくね。黒野」
「勿体なき、お言葉」
黒野は、感動の涙をうるうると流し、時計の刺繍が入ったハンカチーフで目元を押さえている。
悲願であった聖剣の解放。
それを自身で成し遂げられたのは、紛れもなく雹吾のお陰だった。
黒野は続ける。
「また、若様にお伝えせねばならないことがございます」
「なに?」
「聖剣の能力ですが、若様が魔王としての姿になっている時のみ、使えるようです。
今、試しに使おうとして見ましたが、加速も減速も不可能でした」
「わかった。心に留めておくよ。
それと、聖剣の鞘を作らないとね。
むき出しのままだと、危ないし」
「やや、確かにそうでございますな。
数百年間、岩に封印されていたものですから、すっかり鞘の存在を忘れておりました。
これは失礼を」
そこに、傾国先生が、粗末な鞘を持ってやってきた。
「ほれ。今はこいつで我慢しな。
そこの武器庫に余ってたやつだ」
黒野に鞘を投げ渡す。
「ありがとうございます。マダム」
黒野は鞘を受け取ると、剣を納める。
少し鞘が大きいようだったが、小さいよりはマシだ。
近い内に、ちゃんとした鞘を作らねばと、雹吾は思う。
聖剣の入った鞘をズボンのベルトに装着する黒野。
聖剣の化身だけあり、ずいぶんと様になっている。
そして、傾国先生は、サングラスに内蔵された通信機で、地上に避難した人間にコンタクトを取った。
地上では、万が一の事を考えて、校長であるヤマタノオロチ先生が、皆を守っているはずだ。
「九尾の鵺は倒した。もうだいじょうぶだよ」
★
「うっわ!でっか!」
地上に避難をしていた一年三組の生徒たちは、ここにきて初めて九尾の鵺の姿を見た。
彼らは、鵺と言えば、地下二階にいた小型のものしか見ていない。
人語を操り、魔王の雷すら通さない結界を張る、これぞ大妖怪と言った九尾の鵺。
地下五階は尋常な場所ではないとは分かってはいたものの、まさかこんな大物がいるとは、誰もが思ってもみなかった。
「……雹ちゃん!」
雹吾がふと前を見ると、鵺の死骸の向こう側に、ちょうどルナが顔を出した所で会った。
ルナは、駆け出す。
目の前にあった、巨大な鵺の死骸を、横に殴り飛ばして。
壁に鵺の死骸が激突した衝撃で、廊下の部屋の窓ガラスが割れ、悲鳴が上がる。
「雹ちゃあああんっ!」
ヘイムダルの肩を借りて、何とか立っている雹吾は、血の気が引いた。
身体が弱り切っている今、ルナの怪力の抱擁を食らえば、死ぬ。
ヘイムダルが、叫ぶ。
「お嬢様!ストップ!ストーップ!
ハグは優しく、です!」
その言葉を聞き、雹吾の直前で急ブレーキをかけるルナ。
「……おっと、そ、そうだったね!」
雹吾からも、どっと汗が流れる。
やはり本気で抱きしめる気だったようだ。
まさに危機一髪。
ルナは、ふわりと雹吾に抱き着く。
「雹ちゃん、私たちを守ってくれたんだね。
ありがとう」
「……ルナちゃん」
「でも、ちゃんと病院で検査しなきゃダメだよ。
もうちょっとで死んじゃいそうだったんだから」
「うん。わかってる」
肉体は魔王の力で再構築されたとは思うが、元があれほどの重症だったのだ。
変な後遺症などが残っても嫌だったので、ちゃんと検査は受けようと思う。
ルナは、ヘイムダルから雹吾を受け取ると、ひょいとお姫様だっこで担ぎ上げる。
「傾国先生。雹ちゃんを病院に連れて行ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。ただし、ちゃんと指定ルートを守るんだよ」
大蛇学園から外出する際には、目的地までの指定された道筋がある。
道が広く、明るく、人通りも多い、最も犯罪に巻き込まれにくい道が、指定ルートだ。
ここを外れると、かなりの確率で何らかの危険性があるのだ。
学園は、指定ルート以外の道を通ることを、厳しく禁じている。
「ヘイムダル!車を出して!」
「はい。お嬢様」
そこに、タキシード姿の黒野が前に出る。
「失礼いたします。
私も同行してもよろしいでしょうか?」
「えっと、あれ?こんな人いたっけ?」
見覚えのない黒野に、混乱するルナ。
雹吾が黒野を紹介する。
「彼は黒野。聖剣クロノスの付喪神だよ。
黒野自身が、聖剣を抜いたんだ」
「えっ」
ルナが、黒野の腰に差してる剣の柄を見る。
時計が嵌め込まれている、聖剣の柄を。
「ええっ!?聖剣を付喪神になんて、そんなの有りっ!?」
「まあまあ。黒野のお陰で助かったんだから、とりあえずよしってことで」
雹吾の父親譲りの、細かい事は気にしない性格が発動する。
「黒野。彼女は、俺の婚約者のルナちゃん」
「お初にお目にかかります。黒野でございます」
「は、はあ、どうも」
雹吾が魔王の姿でないときは、聖剣の特殊能力は使えないが、聖剣そのものの切れ味と、黒野の腕前は健在だ。
護衛としても申し分ない。
「黒野も一緒でいいかな?俺の初めての部下なんだ」
「うん、もちろんいいよ」
雹吾を抱えてずんずん歩くルナの後ろから、ヘイムダルと黒野がついてゆく。
すると、目の前に傾国先生が立ちはだかった。
「おっと。その前に、これだけは言わせておくれよ」
傾国先生が、巨大な出刃包丁を掲げ、その場の全員に聞こえるように、叫ぶ。
「戦闘訓練、終了だ!
みんな、よくがんばったね!
どいつもこいつも、最高じゃないか!
今日は残りの時間は自習にするから、ゆっくり休みな!」
一年三組から、拍手と歓声が上がる。
それは、命を懸けて皆を守った、雹吾に。
そして、戦いに携わった、全ての生徒と教師に向けて。
雹吾はルナの顔を見る。
身を挺してでも、ルナをケルベロスの牙から守れて、本当によかったと思う。
雹吾はルナに抱きかかえられながら、ルナへと笑顔を向けた。
ルナもまた、顔を赤く染めながら、雹吾へと笑いかけた。
こうして今日、曇天の魔王が誕生したのだった。




