表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神野雹吾は魔王の息子  作者: 平野十一郎
第一章 曇天の魔王
12/30

第十二話 聖剣を抜くのは、あなただ。

 雹吾たちを乗せたドラゴンの増田先生は、地下二階の巨大なダンジョンの門を潜り抜け、地下一階への階段の上を飛ぶ。


 そして、大妖怪・九尾(きゅうび)(ぬえ)もまた、白銀の巨体で門を通り抜け、学園の階段を登る。


 地下一階を飛ぶ増田先生の背後から、四つ足で迫りくる、鵺。

 増田先生は、わざと全速力を出さなかった。

 あえて完全に振り切らずに、(おとり)になっているのだ。

 生徒たちを逃がすため。


 だが、九尾の鵺もまた、それを分かっていて、雹吾たちを追いかけて来る。

 遊んでいるのだ。


「ほほほ。そうれ。もそっと()よ逃げぬと、追い付いてしまうぞう?」


 鵺の腕が、増田先生の尾を掴みかける。


 増田先生は、大きく尾を振り、その手を払う。

 バランスを少し崩しながらも、飛び続けた。


 左右に、様々な用途の大部屋が連なる、地下一階。

 それらには目もくれず、最奥(さいおう)を目指す。

 そして見えて来る、岩に突き刺さった、黒い片刃の聖剣。


 増田先生が聖剣の間に突入したと思った途端、九尾の鵺の、九本の毒針の尾が、雹吾たちに襲い掛かった。


 雹吾は右腕に、渦巻く雨雲を(まと)わせる。

 雷は、結界に阻まれ、効かない。

 今必要なのは、単純なパワー。


 雹吾が右腕を振るうと、強烈な突風が巻き起こる。


「結界が有ろうが無かろうが、関係ない。

 結界ごと、押し返す!」


 九尾の鵺の巨体が、ふわりと浮いた。


「あなや!」


 これには、鵺も驚きの声を上げる。

 荒れ狂う強風は、聖剣の間の扉を砕く。

 雹吾が手で風を押すと、鵺の身体と、扉の破片が、思い切り吹き飛ばされた。


 けたたましい音を立て、廊下を転がる鵺。

 衝撃で、左右の部屋の窓ガラスが粉々に割れる。


 その隙に、増田先生は、聖剣の刺さった岩の上へと着地した。

 増田先生の背中から跳び下りる、雹吾たち。


 聖剣の声が、聞こえる。

 しわがれた、男性の声が。


「若様!

 ああ、若様!

 お待ちしておりましたぞ!

 どなたか、私を抜ける方を連れてきてくださったのでしょうか!」


 雹吾は、聖剣に話しかける。


「いや、俺を含めて、ここにいる人間は、誰もあなたを抜けない」


 聖剣が、落胆した声を上げる。


「……そうですか。いえ、いつものことですから、お気になさらないでください」

「だけど、あなたは今、抜かれることになる」

「……どういうことでしょう?」

「聖剣を抜けるのは、聖剣と精神の波長の合う者。

 確実にこの条件を満たす者が、いる」


 雹吾は、先ほどのルナとの会話で確信していた。


『ルナちゃん、教えて!

 魔王になった今の俺に、古道具を、右美や左美みたいな付喪神(つくもがみ)にすることはできると思う?』

『えっ。で、できると思うけど、そんなこと聞いてどうするの?』


 雹吾は、聖剣に右手をかざす。

 雹吾の右手から放たれる、渦巻く雨雲。

 それが聖剣を取り巻く。


「聖剣を抜くのは、あなただ。

 あなた自身だ。

 俺はあなたを、付喪神(つくもがみ)にする!」


 聖剣を囲む雨雲が、青い稲光(いなびかり)を放つ。

 それはやがて、ひとりの人影を形作る。


 背の高い、タキシードを着た、オールバックの老人。

 左目には、時計のデザインの片眼鏡(モノクル)をかけている。

 聖剣の柄に嵌め込まれている時計と、同じデザインのモノクルを。


 老人は、雹吾に深々とお辞儀をする。


「若様。

 時刻の聖剣・クロノスでございます。

 本体の剣と区別するため、私の事は黒野(クロノ)とおよび下さい」

「わかった、黒野。よろしく頼む。

 早速だけれど、あなたに斬れないものはないと聞いたが、本当か?」

「はい。私に斬れぬものはございません」

「あそこにいる、九尾の鵺の結界も、斬れるか?」

「もちろんでございます」


 黒野は、タキシードを(ひるがえ)し、岩に刺さっている聖剣クロノスの柄を握る。

 何の抵抗もなく、するりと抜ける聖剣。


 黒野のモノクルの下から、涙が一筋、流れる。


「おお、この時を、どれほど待ち望んでいたでしょうか。

 若様。私は、この命尽きるまで、若様に仕えることを誓いますぞ」


 雹吾は、背後にいる教師陣に、肩越しに話しかける。


「九尾の鵺の結界は、黒野が斬ります。

 俺たちは、その後に続き、鵺を倒しましょう」


 教師陣は頷き、武器や妖術を構える。


 黒野が雹吾に告げた。


「それでは若様、参ります。

 時刻の聖剣・クロノスの能力その壱、『加速』でございます」


 聖剣の柄の時計の針が、もの凄い速さで回転する。


 黒野が、とん、と靴を鳴らす。




 次の瞬間、黒野は鵺の向こう側にいた。

 聖剣を振り抜いた格好で。




 すると、鵺の両手両足の結界が、バラバラに刻まれ、消失した。

 黒野が斬ったのだ。

 あまりにも速すぎて、誰も目で追えなかったが。


 大妖怪・九尾の鵺も、驚きを隠せない。


「こ、これは一体、何事であるか!?」


 そこに、教師陣が跳びかかる。

 今ならば、鵺の両手両足には、ダメージが通る。


 山姥(やまんば)の傾国先生が、身体を回転させながら、鵺の右手を出刃包丁で切り裂く。

 錬金術の教師、アルラウネの森先生が、鋭い(いばら)を鵺の左手に巻き付け、ズタズタに傷つける。


「ぬうううっ!おのれ、人間風情が、小癪な!」


 普段は結界に守られている鵺は、人間以上に痛みに慣れていなかった。

 鵺は、激怒する。


 蛇の形をした毒針の尾が、傾国先生と森先生を狙う。


 森先生は、茨の盾でガードしたが、攻撃特化の傾国先生は、防御の手段が乏しい。

 このままでは、猛毒をまともに食らってしまう。

 蛇の口が、傾国先生に迫る。


 だが、その蛇の口は、いつまでたっても傾国先生へと到達しなかった。

 その隙に、戦線を離脱する傾国先生。

 一体、何が起きたのかと目を見張る。


 鵺の背後では、黒野が鵺の後ろ脚の皮を斬っていた。

 しかしそれは、皮を薄く斬っただけ。

 何のダメージにもなっていないはず。


 雹吾が黒野をよく見ると、聖剣クロノスの時計の針の動きが、やたらに遅くなっていた。

 黒野は言う。


「時刻の聖剣・クロノスの能力その弐、『減速』でございます」


 おそらくは、斬った対象の動きを鈍化させる能力。

 鵺は、全身に重りを付けられたかのように、動作が緩慢になっていた。


「か、身体がうまく動かぬぞえ!

 なにを!なにをしおったのだ!」


 その時、音楽の教師、背の高い美女の上野(うえの)先生が、大きくジャンプする。


「黒野さん!耳の結界を!」

「承知いたしました」


 黒野は再び、クロノスの時計の針を高速で回し、『加速』を付けると、一瞬で鵺の顔面の結界を切り裂いた。


 上野先生が、思い切り息を吸う。

 そして、鵺の耳元で叫んだ。


「うわん!」


 その声量に圧倒される鵺。

 だが、上野先生の力の本質は、声量ではない。


 上野先生の種族は妖怪『うわん』。

 「うわん」と問いかけられた際には、すぐに「うわん」と言い返さないと、エネルギーを吸い取られるのだ。

 当然、長年ダンジョンに生息していた鵺は、そんなことは知らない。

 上野先生の問いかけに、応えられなかった鵺は、上野先生に妖力を大半を吸い取られてしまった。

 鵺から上野先生へと流れ込む、膨大なエネルギー。


 鵺は愕然とする。


「わ、我の妖力が……!

 これでは、結界の意地すらままならぬ!」


 消失する、鵺の胴体を覆っていた結界。

 いまや、鵺の身体は、一切の防御のない、むき出しの状態だ。


 そして、それを見逃す雹吾ではない。

 既に雹吾は、天井近くまで飛び上がっていた。

 鵺の、ちょうど真上を。


「みんな!どいてください!」


 雹吾の身体を中心に渦巻く、雨雲。

 バチバチと音を立て、(ほとばし)る青い雷。

 それを見た教師陣と黒野は、即刻、鵺から離れる。

 鵺も逃げたかったが、聖剣クロノスの『減速』の効果がまだ残っていて、とてもではないが逃げきれない。


「ま、待て!我が悪かった!もう人を食ろうたりはせぬ!」


 懺悔をする九尾の鵺。

 だが、異常なほど研ぎ澄まされた雹吾の感覚は、違和感を覚える。

 きっとあれは嘘だ。

 九尾の鵺は、ここで仕留めなければ、今度こそ学園を地獄に変えるだろう。




「食らええええっ!」


 雹吾は、渾身の雷を、鵺に叩きつける。


 誰もが耳を塞ぐほどの、途轍もない轟音を伴って。


 青色に明滅する、聖剣の間。


「ぎゃああああああっ!」


 こだまする、鵺の断末魔の叫び。


 黒焦げになる、白銀の毛皮。




 やがて、光がおさまると、大妖怪・九尾の鵺が、全身を焼き焦がされ、(たお)れていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 聖剣を聖剣自身に抜かせる…だと?! [一言] 更新ありがとうございます もう随分作者様の物語を 拝読させて戴きましたが 未だに驚かされます 心地よいオドロキ 時計は読めたんだけどなあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ