第十二話 聖剣を抜くのは、あなただ。
雹吾たちを乗せたドラゴンの増田先生は、地下二階の巨大なダンジョンの門を潜り抜け、地下一階への階段の上を飛ぶ。
そして、大妖怪・九尾の鵺もまた、白銀の巨体で門を通り抜け、学園の階段を登る。
地下一階を飛ぶ増田先生の背後から、四つ足で迫りくる、鵺。
増田先生は、わざと全速力を出さなかった。
あえて完全に振り切らずに、囮になっているのだ。
生徒たちを逃がすため。
だが、九尾の鵺もまた、それを分かっていて、雹吾たちを追いかけて来る。
遊んでいるのだ。
「ほほほ。そうれ。もそっと速よ逃げぬと、追い付いてしまうぞう?」
鵺の腕が、増田先生の尾を掴みかける。
増田先生は、大きく尾を振り、その手を払う。
バランスを少し崩しながらも、飛び続けた。
左右に、様々な用途の大部屋が連なる、地下一階。
それらには目もくれず、最奥を目指す。
そして見えて来る、岩に突き刺さった、黒い片刃の聖剣。
増田先生が聖剣の間に突入したと思った途端、九尾の鵺の、九本の毒針の尾が、雹吾たちに襲い掛かった。
雹吾は右腕に、渦巻く雨雲を纏わせる。
雷は、結界に阻まれ、効かない。
今必要なのは、単純なパワー。
雹吾が右腕を振るうと、強烈な突風が巻き起こる。
「結界が有ろうが無かろうが、関係ない。
結界ごと、押し返す!」
九尾の鵺の巨体が、ふわりと浮いた。
「あなや!」
これには、鵺も驚きの声を上げる。
荒れ狂う強風は、聖剣の間の扉を砕く。
雹吾が手で風を押すと、鵺の身体と、扉の破片が、思い切り吹き飛ばされた。
けたたましい音を立て、廊下を転がる鵺。
衝撃で、左右の部屋の窓ガラスが粉々に割れる。
その隙に、増田先生は、聖剣の刺さった岩の上へと着地した。
増田先生の背中から跳び下りる、雹吾たち。
聖剣の声が、聞こえる。
しわがれた、男性の声が。
「若様!
ああ、若様!
お待ちしておりましたぞ!
どなたか、私を抜ける方を連れてきてくださったのでしょうか!」
雹吾は、聖剣に話しかける。
「いや、俺を含めて、ここにいる人間は、誰もあなたを抜けない」
聖剣が、落胆した声を上げる。
「……そうですか。いえ、いつものことですから、お気になさらないでください」
「だけど、あなたは今、抜かれることになる」
「……どういうことでしょう?」
「聖剣を抜けるのは、聖剣と精神の波長の合う者。
確実にこの条件を満たす者が、いる」
雹吾は、先ほどのルナとの会話で確信していた。
『ルナちゃん、教えて!
魔王になった今の俺に、古道具を、右美や左美みたいな付喪神にすることはできると思う?』
『えっ。で、できると思うけど、そんなこと聞いてどうするの?』
雹吾は、聖剣に右手をかざす。
雹吾の右手から放たれる、渦巻く雨雲。
それが聖剣を取り巻く。
「聖剣を抜くのは、あなただ。
あなた自身だ。
俺はあなたを、付喪神にする!」
聖剣を囲む雨雲が、青い稲光を放つ。
それはやがて、ひとりの人影を形作る。
背の高い、タキシードを着た、オールバックの老人。
左目には、時計のデザインの片眼鏡をかけている。
聖剣の柄に嵌め込まれている時計と、同じデザインのモノクルを。
老人は、雹吾に深々とお辞儀をする。
「若様。
時刻の聖剣・クロノスでございます。
本体の剣と区別するため、私の事は黒野とおよび下さい」
「わかった、黒野。よろしく頼む。
早速だけれど、あなたに斬れないものはないと聞いたが、本当か?」
「はい。私に斬れぬものはございません」
「あそこにいる、九尾の鵺の結界も、斬れるか?」
「もちろんでございます」
黒野は、タキシードを翻し、岩に刺さっている聖剣クロノスの柄を握る。
何の抵抗もなく、するりと抜ける聖剣。
黒野のモノクルの下から、涙が一筋、流れる。
「おお、この時を、どれほど待ち望んでいたでしょうか。
若様。私は、この命尽きるまで、若様に仕えることを誓いますぞ」
雹吾は、背後にいる教師陣に、肩越しに話しかける。
「九尾の鵺の結界は、黒野が斬ります。
俺たちは、その後に続き、鵺を倒しましょう」
教師陣は頷き、武器や妖術を構える。
黒野が雹吾に告げた。
「それでは若様、参ります。
時刻の聖剣・クロノスの能力その壱、『加速』でございます」
聖剣の柄の時計の針が、もの凄い速さで回転する。
黒野が、とん、と靴を鳴らす。
次の瞬間、黒野は鵺の向こう側にいた。
聖剣を振り抜いた格好で。
すると、鵺の両手両足の結界が、バラバラに刻まれ、消失した。
黒野が斬ったのだ。
あまりにも速すぎて、誰も目で追えなかったが。
大妖怪・九尾の鵺も、驚きを隠せない。
「こ、これは一体、何事であるか!?」
そこに、教師陣が跳びかかる。
今ならば、鵺の両手両足には、ダメージが通る。
山姥の傾国先生が、身体を回転させながら、鵺の右手を出刃包丁で切り裂く。
錬金術の教師、アルラウネの森先生が、鋭い茨を鵺の左手に巻き付け、ズタズタに傷つける。
「ぬうううっ!おのれ、人間風情が、小癪な!」
普段は結界に守られている鵺は、人間以上に痛みに慣れていなかった。
鵺は、激怒する。
蛇の形をした毒針の尾が、傾国先生と森先生を狙う。
森先生は、茨の盾でガードしたが、攻撃特化の傾国先生は、防御の手段が乏しい。
このままでは、猛毒をまともに食らってしまう。
蛇の口が、傾国先生に迫る。
だが、その蛇の口は、いつまでたっても傾国先生へと到達しなかった。
その隙に、戦線を離脱する傾国先生。
一体、何が起きたのかと目を見張る。
鵺の背後では、黒野が鵺の後ろ脚の皮を斬っていた。
しかしそれは、皮を薄く斬っただけ。
何のダメージにもなっていないはず。
雹吾が黒野をよく見ると、聖剣クロノスの時計の針の動きが、やたらに遅くなっていた。
黒野は言う。
「時刻の聖剣・クロノスの能力その弐、『減速』でございます」
おそらくは、斬った対象の動きを鈍化させる能力。
鵺は、全身に重りを付けられたかのように、動作が緩慢になっていた。
「か、身体がうまく動かぬぞえ!
なにを!なにをしおったのだ!」
その時、音楽の教師、背の高い美女の上野先生が、大きくジャンプする。
「黒野さん!耳の結界を!」
「承知いたしました」
黒野は再び、クロノスの時計の針を高速で回し、『加速』を付けると、一瞬で鵺の顔面の結界を切り裂いた。
上野先生が、思い切り息を吸う。
そして、鵺の耳元で叫んだ。
「うわん!」
その声量に圧倒される鵺。
だが、上野先生の力の本質は、声量ではない。
上野先生の種族は妖怪『うわん』。
「うわん」と問いかけられた際には、すぐに「うわん」と言い返さないと、エネルギーを吸い取られるのだ。
当然、長年ダンジョンに生息していた鵺は、そんなことは知らない。
上野先生の問いかけに、応えられなかった鵺は、上野先生に妖力を大半を吸い取られてしまった。
鵺から上野先生へと流れ込む、膨大なエネルギー。
鵺は愕然とする。
「わ、我の妖力が……!
これでは、結界の意地すらままならぬ!」
消失する、鵺の胴体を覆っていた結界。
いまや、鵺の身体は、一切の防御のない、むき出しの状態だ。
そして、それを見逃す雹吾ではない。
既に雹吾は、天井近くまで飛び上がっていた。
鵺の、ちょうど真上を。
「みんな!どいてください!」
雹吾の身体を中心に渦巻く、雨雲。
バチバチと音を立て、迸る青い雷。
それを見た教師陣と黒野は、即刻、鵺から離れる。
鵺も逃げたかったが、聖剣クロノスの『減速』の効果がまだ残っていて、とてもではないが逃げきれない。
「ま、待て!我が悪かった!もう人を食ろうたりはせぬ!」
懺悔をする九尾の鵺。
だが、異常なほど研ぎ澄まされた雹吾の感覚は、違和感を覚える。
きっとあれは嘘だ。
九尾の鵺は、ここで仕留めなければ、今度こそ学園を地獄に変えるだろう。
「食らええええっ!」
雹吾は、渾身の雷を、鵺に叩きつける。
誰もが耳を塞ぐほどの、途轍もない轟音を伴って。
青色に明滅する、聖剣の間。
「ぎゃああああああっ!」
こだまする、鵺の断末魔の叫び。
黒焦げになる、白銀の毛皮。
やがて、光がおさまると、大妖怪・九尾の鵺が、全身を焼き焦がされ、斃れていた。




