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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Intermezzo.2―daily life―
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scene.5 新たな日常へ

 その場には、どこかヒリ付きそうな空気が満ちている。


 物が置かれていない、殺風景な体育館のような室内で向かい合っているのは、極上の美貌を持つ少年と、そこそこ端正な顔の青年だ。

 両者共、銃を手に、腰をやや落とす格好で互いの隙を探り合っているように見える。見ている方としては息が詰まりそうな沈黙だ。

 考えてみれば、この二人が対戦している所など、見るのは初めてである。

 そう思いながら、アレクシスは、対戦の邪魔にならない部屋の片隅で、腕を組んで背中を壁に預けていた。

 睨み合いが始まって、どのくらい経つだろうか。どちらの立場だとしても、その場に立っているのがアレクシス自身だったら、迂闊には動けない。

 と思った直後、ティオゲネスが不意にすっと背筋を伸ばした。はあ、と溜息を吐いて、首筋をクルリと回す。呆気に取られた次の瞬間、何の準備動作もなくティオゲネスが地を蹴った。

 同じく呆気に取られていたらしいラッセルが、ハッとしたように身構え直す。しかし、ティオゲネスの姿は視界から完全に見失われていた。刹那、ラッセルの背後に小柄な姿が踊る。銃を持ったその手が容赦なく振り抜かれた。

 だが、ラッセルは地を蹴って前方に飛び込むことで痛打を避ける。前転してティオゲネスに向き直る格好で立ち上がる間に、少年は着地して銃口をラッセルに向けていた。細い指先が、迷いなく引き金を絞る。

 発射された訓練用のペイント弾が、横様に転がって避けたラッセルの肩先を掠めた。

 ティオゲネスの方は、引き金を絞った直後には既に動いている。素早く飛び掛かってラッセルの持っていた銃を蹴り付けて弾き飛ばし、両腕を膝で踏み付けることで封じた。喉元を空いた手で押さえ込んで、銃口を額に突き付ける。

「――チェック・メイト」

 少年の形の良い唇の端が不敵に持ち上がり、試合終了を告げる。

 睨み合いは長かったが、動きが始まってからはあっという間の勝負だった。

「あんたさぁ。もしかして、手ぇ抜いたりしてねぇよな?」

 銃口を退()くと、ティオゲネスは仰向けに転がったラッセルに手を伸ばす。

「お前が本調子になったんだろ」

 差し出された手を取って起き上がりながら、ラッセルがぼやく。

「先週までおれにも見える動きしてやがったクセに、この二、三日、一度動き出したら全然見えねぇでやんのな。どうなってんだよ、ヴェア=ガングの訓練は」

「そっちこそ。そんな動きでよく北の大陸(ユスティディア)の北部で生き残って来れたよな」

「うるせぇ。西の大陸(ギゼレ・エレ・マグリブ)が平和過ぎんだよ」

「なるほどな。平和ボケするとこうなる訳だ」

 気を付けねぇとなー、などと言いながら、ティオゲネスは持っていた訓練用の銃を所定の場所へ戻しに行く。

 ラッセルは、弾き飛ばされた銃を拾う為に踵を返した。

「お疲れ」

 先に壁際に来たティオゲネスに、アレクシスは手を挙げて声を掛ける。本来ならここでタオルなり飲物なりを差し出す場面だろうが、生憎どちらも持参していない。

「別に、今の動きくらいじゃ疲れねぇけど……あ、そうだ。アレク、今暇?」

 パッと目を輝かせたティオゲネスに、アレクシスは気持ち後退(あとじさ)る。

「暇って言えば暇だけど、相手はできないわよ」

「何で」

 自分の台詞を先取りされた所為か、ティオゲネスは珍しく、同年代の少年がするように、唇を尖らせた。

「考えてみなさいよ。ユスティディア北部出身のラスでさえ瞬殺だったのよ? 一般家庭出身のあたしなんて、コンマ一秒も持たないわ。あたしが練習台にさせて貰うなら別だけど」

「ちぇー」

 ぶすくれたまま言ったティオゲネスは、銃を壁の掛け金に戻すと、天井に向けて手を突き上げ伸びをする。

「もうラスじゃ相手になんねぇよ。全然本気出してくんねぇんだから」

「言っとくが、掛け値なしに本気だぞ」

「マジで言ってんならもう引退しろよ、警察」

 同じく銃を戻しに来たラッセルに、ティオゲネスは、ビー、と舌を突き出した。

 痛いところを突かれたのか、ラッセルはばつが悪そうな顔をして、銃を壁の掛け金に戻す。

「――で、実際のところはどうなの?」

 無造作に出入り口に向かって歩くティオゲネスの背中を見ながらラッセルに問うと、彼は肩を竦めた。

「大マジだ。本当に本気でナマってるってこったな。こないだも思ったけど、やっぱブランク、ナメちゃダメだわ」

 こないだ、というのは、ディンガーが病院へ殴り込んで来た時のことだろう。はあ、と溜息を吐いて、首を回すとラッセルは続ける。

「過去の栄光自慢じゃねぇけど、おれもストリート・チルドレン現役時代は、アイツと同じくらいの動きはできたし、相手の動きも見えた。でなきゃ、今頃生きちゃいねぇようなトコだったからな」

 おれもアイツに練習台になって貰わねぇとダメかも、と言いながら、ラッセルもティオゲネスに続く。

 とは言え、あれだけの動きを見せた彼も、息を弾ませていない。訓練次第ではまだ昔の動きを取り戻せる所にはいるのだろう。

「……あたしから見れば、あんた達二人共化け物級だけど」

 ボソリと呟くと、よく言う、と返ってくる。目を上げると、顔だけこちらに向けたラッセルが続けた。

「お前だって、レムエ勤務だった親父さんについて北の大陸(むこう)にいたじゃねぇか。レムエが唯一のCUIO直轄地だったからって、西の大陸(こっち)程治安は良くなかっただろ?」

「……んー……まあね」

 レムエ支部は、ユスティディア全土を管轄しており、CUIO支部があるということで、ユスティディア内では比較的治安は良かった方だ。

 それでも、大陸内の他国と地続きになっていることもあり、銃なしで外を歩けば「襲って下さい」と言っているようなものだった。特に女と子供は、最低限の護身術、及び銃を身に着けていなければ外を歩いてはならないという法律まであったくらいだ。

 レムエ支部勤務の刑事は、基本的には家族をどこか安全な地に置いて、単身赴任をするしかない。

「それでも、普通に近い暮らしはできてたわ」

 北部に比べれば、ギゼレ・エレ・マグリブでの暮らしと多分ほぼ変わらなかった。

 ラッセルやティオゲネスが幼少期を過ごした場所と比べれば、生温い場所で育ったと言い換えてもいい。

 けれども、当時の自分は、周囲の子供達よりもやや強かったし、銃の扱いに慣れていたこともあって、傲慢になっていたように思う。今考えれば、何とも恥ずかしい話だ。

 傲慢が行き過ぎて、つい見栄を張って国境付近まで近付き過ぎて――その後起こったことと言ったら、思い出したくもない。だが、たまたま通り掛かったラッセルが助けてくれなかったら、アレクシス自身も彼らと同様の青春を過ごすところだったのは確かだ。

(……コイツとの腐れ縁はその時からだったっけ)

 そう思えば、その出来事に感謝すべきか否かは非常に悩むところなのだが。

「ところで、お前何か用があったんじゃねぇの?」

 ふと気付いたように、ラッセルが再び口を開く。

「あー。うん、そう。ティオの退院手続きって今日なんでしょ?」

「ああ」

「何か、主治医の先生が、本人達がいないって角出してたから探しに来ただけよ」

「げっ、マジか」

 おい、ティオ! と声を掛けながら彼に走り寄るラッセルの背を、アレクシスはどこか微笑ましい思いで眺める。

 ヴェア=ガングの件はまだ終わっていない。だから、本当の意味での平穏はまだ訪れないだろう。


 けれど、暫しの休息は得られそうだ。

 ティオゲネスとラッセルと、そしてエレンと自分――


「ねえ!」

 アレクシスは、二人に追い付きながら声を掛ける。

 この後、エレンちゃんと一緒にお茶でもしない?

 そう、束の間のティータイムのプランを、脳裏に持って。

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