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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Extra case book とある誘拐事件の顛末
67/72

Prologue

 午後四時五十五分。

 この日も、メストル・シティ駅は、普段通りに会社、あるいは学校帰りの客を迎え、静かに佇んでいた。

 その中を、せかせかと歩く一人の女性の靴音は、駅の雑音に紛れている。

 しかし、周囲の雑音こそ、彼女の耳には入っていない。

 旅行用の小振りの手提げ鞄を、ほとんど抱き締めるように大事に抱え、落ち着きなく視線をさまよわせている。

 教会の礼拝堂を思わせる駅舎エントランスの、中央にある休憩スペースへまっすぐ進んだ女性は、そこにしつらえられたベンチへ腰を下ろした。

 そうしながら、またもソワソワと辺りを見回している。直後、彼女はビクリと身体を震わせ、忙しなく春用コートのポケットへ手を突っ込んだ。

 取り出した携帯端末の画面をタップし、耳へ当てる。

「……もしもし」

 答えた声は、小さくて震えていた。

「言われたモノを持って来たわ。ヴィエノは……ヴィエノは、無事なの?」

 ややあって、女性は「そんな」と泣きそうな声を出す。

「持って来たのだから、いいでしょう? こんなモノはあげるわ。だから、ヴィエノを……ヴィエノを返して」

 瞬間、彼女はまたも雷に打たれたように身体を震わせた。

「……分かった。分かったわ……このまま置いて帰る。……ええ、分かっているわ。連絡を待つわ。だからっ……!」

 そのあと、彼女は目を見開き、しばらく端末を耳に当てたままでいた。しかし、やがてノロノロと端末を上着のポケットへしまう。

 そして、再びキョロキョロと周囲を見回し、やがて抱えていた鞄を、ベンチと観葉植物の植木鉢の隙間へ、目立たないように押し込んだ。


©️和倉 眞吹2018

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