第二章:黒き聖女 第二話 偽りの聖女
数日後、少し動けるようになったモモ・ルーを、ヘカテーは屋敷の広間にある巨大な水鏡の前へと誘った。
「お前が愛した世界の『今』を見せてあげよう」
鏡に映し出されたのは、王都の広場だった。そこには、モモ・ルーがかつて慈しんできた孤児たちや、共に祈りを捧げた修道女たち、共に修練を積んでいた聖女や聖騎士達、沢山の民衆達が集まっていた。
「皆…無事なのね」
モモ・ルーは胸をなで下ろす、だが…
『…皆に悲しい報告をせねばならない』
民衆に話しかけているのは、あの教皇だ。
『北の村に向かった淫魔討伐隊が…壊滅しました。』
『えぇ!』『まさか!』
民衆がざわめく
『あろうことか、光の聖女が…淫魔と通じ、カイルと近衛兵数名を…殺してしまったのです。』
周りから驚きと悲鳴が上がる
『悲しい事ですが、彼女も人の子…内に秘めた欲望を見抜かれ淫魔に堕とされた…今や魔族の手先となり、人間の精を吸い尽くすサッキュバスとなり果ててしまったのです!』
『あの清純だった聖女様が!?』
『彼女達聖女には名がありません。
それは、個人の欲望を捨て、神の道具となるため。
しかし彼女は、内に秘めた不潔な欲に負け、己の肉体と引き換えに魔族を王都へ引き入れようとしたのです!』
『なんて穢らわしい!』『不潔よ!』『聖女の名を汚すとは!』
教皇――あの中身がデーモンである怪物の言葉を、人々は熱狂的に信じた。
そして人々の怒りは光の聖女一人に向けられ、王都に掲げられていた光の聖女の肖像画は広場の中心に集められ焼き捨てられた。
『裏切り者の聖女に死を!』
『淫魔と通じ、神聖な村を汚した大罪人!』
人々は口々に彼女を呪っていた。
モモ・ルーの指が、鏡の表面に触れる。
「そんな……私は、ただ皆を助けたくて……」
「これが愚かな人間というものだ。
権威を持つ者が言った事を、物事の真贋も確かめず鵜呑みにする。
昨日まで敬っていた聖女を、今日には喜んで火に焚べる……」
「もう…私の帰る場所は…あそこには無いのですね」
「その通りだ…エンプーサ、ここへ」
ヘカテーがエンプーサを呼ぶ
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「エンプーサ、修行を始めてあげなさい。
絶望を力に変える術を」
エンプーサは無言で刀を抜き、その切っ先をモモ・ルーの喉元に突きつけた。
「立て、聖女。……お前のその顔を見ていると、反吐が出る。死にたくなければ、私の刃を追ってみせろ」
「…。」
モモ・ルーは、自分を呪う民衆達の姿を見たショックで呆然と立ち尽くしていた。
ヒュン
エンプーサは刀を振り下ろす。
「アウッ!?」
モモ・ルーの腕に激痛が走る。
斬られた傷から鮮血が噴き出し、これから行われる修行が、どんなものか嫌でも思い知らされた。
「何を呆けている、『死にたくなければ』と言っただろうが…」
エンプーサのその声に、我に返るモモ・ルー
「そうだ…
私は望んだ…
私を裏切った世界へ復讐を。
神々の首を…。
だがその前に魔王を討たなければ、神の元へ辿り着く事すらできない…
そのためならば!」
モモ・ルーは立ち上がり、エンプーサに向かっていった。
「黒き聖女」になるための修行が始ったのだ。
『聖女モモ・ルーと冥界の女神』第二章 第二話 偽りの聖女 完




