第一章:光の聖女 第三話 背徳の真実
北の村はほぼ壊滅状態だった。
聖女は、生き残っていた数名の村人達と共に亡くなった人々の埋葬や、破壊された家屋の修繕などに追われていた。
「生き残った人達の生活拠点は何とかなりそうね。」
時間はかかったが、大概の片付けもおわり、聖女は王都へと帰ることになった。
「ありがとうございます光の聖女様」
「いいえ、私はあの淫魔を取り逃がしてしまいましたから…」
「いいえ、そんな事は…あ、そう言えば」
「?」
「いえ、大したことでは…」
「何でも仰って下さい」
「実は、あの淫魔が姿を現したのは聖女様一行が到着する直前で、それまで一度も姿を見せていなかったのです」
「人々を殺したのは淫魔なのでは?」
「村人が殺されたあと、これは淫魔の仕業だと誰かが言い始めたらしく…はっきりしないのです。」
「そうですか…(魔物なら姿を現さず、人を殺しても不思議ではないか…)」
「とにかく、王都までどうかご無事に」
「ありがとうございます、それでは」
聖女は村人に見送られ、村をあとにした。
途中、村外れに建てたカイル達のお墓に寄って行こうと、暗い森に差し掛かった時だった。
ジャラララララララッ…
「な……っ!?」
叫びを上げる間もなかった。
背後から、無数の黒い鎖が聖女を拘束する。
霧の中からフードで顔を隠した何者か姿を現す。
「まったく、あの淫魔は使い物にならんかったか…」
「その声は!」
そこにいたのは、聖女が最も敬愛する教皇だった。
「……どうして? 教皇様!」
「愛しき聖女よ、お前は純真過ぎるのだ」
教皇が、とても人間とは思えない様な声で嘲笑う。
「魔王様は、お前のその清らかな魂を捧げよと仰せだったが…」
「魔王様ですって!?」
「お前は…私が立てた計画を、ことごとく潰してくれた。」
「教皇様…あなた…まさか」
「その上、私の大事なワイバーンまで殺してしまいおった。」
「そんな…」
「ラルヴァに任せたのが失敗じゃった…」
「教皇様!嘘ですよね!教皇様!」
「やはりこの手でお前を殺さねば腹の虫が治まらん!」
ドスッ!
「あ…」
教皇は護身用に身に着けていた短剣で聖女の胸を突き刺した。
「ゴフッ!」
肺を貫かれ、吐き出す息に血がまじる。
「安心しろ、心臓は避けた。そう簡単に死なれては困る。」
「くぅ…あ、あなたは…一体誰?」
聖女は気丈にも教皇に向かってそう言った
「わしの名は『デーモン』、地上界を乗っ取るよう魔王様より命を受けた者だ」
「…魔族か…」
魔物の中にも階級がある。
特に魔族と呼ばれる者たちは貴族階級で、その最たる者が魔王だ。
「なら…手加減は…要らないわね」
「なんじゃと?」
「光の刃よ、魔を切り裂き闇を祓え!」
聖女は『光輝の裁断』を発動させ、教皇、いやデーモンに光の刃を向けた。しかし…
「!そんな…」
光の刃は教皇の持つ錫杖に吸い込まれるように消えてしまった。
「…私を誰だと思っているんですか?」
「そんな…神聖魔法が…効かない?」
「教皇に刃を向けるとは…許せませんね!」
「あぐゔぅぅっ!」
ドスッ!
デーモンは聖女の胸に刺した短剣を引き抜き、そのまま聖女の腹部を刺し貫く
「あぁああっっ!」
「ヒッヒッヒ、まだまだ、こんなもので死ねると思うなよ」
聖女をいたぶり気を良くしたデーモンは、饒舌に話始めた。
「死ぬ前に、せっかくだから教えてやろう」
「…何のこと」
「この世界の真実ってやつをだ」
「真…実?」
「地上界にいる魔族はワシだけだと思っているのか?」
「!」
「我ら魔族は、人間の王族、貴族、政治家達にも入り込んでいる。」
「そ…そんな…」
「既に、地上界の要職は全て我ら魔族の物なのだよ」
「あ、あ…」
聖女の心に闇が広がってゆく
ガクリと力なく項垂れる彼女を見て、楽しそうにデーモンは話を続けた。
「ヒッヒッヒ、絶望するにはまだ早いぞ?話しはまだ途中だ」
「あ、…う…」
「…何故神は、お前を助けないのだ?」
「?」
「お前だけではない、沢山の人間が我ら魔物に狩られているのに、何故神はお前たち人間を助けようとはしないのだ?」
「それ…は」
彼女は信じていた。
魔王を倒し、邪悪を払うことこそが、世界を救う唯一の道だと。
神の教えのとおりに…
「そんな……世界を救うと、神様が……」
「神? 救世? 笑わせるな!
腐敗した政治、
病気の蔓延、
自殺者の増加、
金持ちは使い切れない程の富を持ち、
飢える者は一欠片のパンにもありつけない、
親が自分の子を殺し、
子は親を殺す、
相手を貶め悦に入る者、
目立ちたいが為に殺人まで犯す者…
聖女よ、神が作り給うたこの世界で、何故こんな事が起こるのだ。」
デーモンは聖女の胸に光る聖なる紋章に手をかけた
「この地上界はな、神々が魔族に与えた餌場に過ぎんのだよ!」
デーモンの爪が、聖女の胸元を容赦なく引き裂く。鮮血が白い聖衣を赤く染め上げた。
「…あぁ神よ…
どうして…
どうして私を見捨てるのですか…」
聖女の脳裏にラルヴァの言った「お前らは『家畜』なんだよ!」という声が響く
血の気が引いてゆく
視界が霞んでくる…
信じてきた正義、守ろうとした人々、すべてが真っ赤な嘘だった。
絶望が…
死の恐怖を上回る勢いで彼女を飲み込んでいった。
『聖女モモ・ルーと冥界の女神』 第三話 背徳の真実 完




