第三章:冥界の旅立ち 第一話 世界の理
冥界の空は、今日も紫の月を浮かべていた。黒い霧がゆっくりと渦を巻き、遠くでは巨大な影が蠢いている。
だが、モモ・ルーの胸に恐怖はなかった。
「……私はもう、光の聖女ではない」
冥界の屋敷のバルコニーに立ち、モモ・ルーは静かに呟いた。
身に纏っているのは漆黒のドレス
光の聖女ならば、絶対に身に着けなかっただろう真っ黒な衣装…
胸元には、赤黒い茨の紋章――ヘカテーとの契約の証が脈打っている。
その背後から、柔らかな声が響いた。
「決意は固まったようだな、モモ・ルー」
振り返ると、黒いヴェールを纏ったヘカテーが立っていた。その姿は、闇と光の境界に立つ“神”そのものだった。
「はい。
私は、デーモンに殺され、ヘカテー様によって『黒き聖女』として蘇りました。
私は魔王を討ちます……
そして…この世界の真実を知りたい。」
モモ・ルーは拳を握りしめる。
「デーモンが語った事は真実なのか…
本当に地上界は魔物の餌場なのか…
…神はなぜ私を…私達人間を助けようとはしないのか…」
ヘカテーは満足げに微笑んだ。
「いいだろう。
ならばまず、この世界の“理”を教えてやろう」
屋敷の奥、巨大な黒曜石の間。
ヘカテーは三つの影を従え、静かに語り始めた。
「この世界は三層でできている。
天界、
地上界、
魔界。
それぞれに治める者がいて、世界を動かしている…」
「はい…それは知っています。」
「本当にそうだと思っているのか?」
モモ・ルーは息を呑んだ。
ヘカテーは続ける。
「地上界に人間を住まわせ、魔界に魔族を置いたのは神々の長。
その理由は――天界を動かすためだ」
「天界を……動かす?」
「そう。
天界は莫大なエネルギーを必要とする。
そのエネルギーは、
魔族が人間を喰らうことで生み出されているのだ。」
モモ・ルーの顔から血の気が引いた。
「……そんな……私たちは……」
「“原料”だ。
人間は天界を維持するための燃料。
魔族はその燃料を加工するための存在だ」
ヘカテーの声は淡々としていた。
だが、その瞳には深い怒りが宿っている。
「だから神は地上界に干渉しない。
“神の掟”――『地上界の出来事に神は手を出してはならない』
これは慈悲などではない。
この掟のため、私は人間に何もする事ができなくなった。
魂を導くことさえだ。
そして魔族は、地上界を我が物顔で行動するようになった。」
モモ・ルーは震える声で言った。
「……私は……神に……利用されていた……?」
「そうだ。
光の聖女とは、人間を守る者ではなく―― “燃料の管理者”にすぎない」
「!」
「人々に希望を与え続けなければ、人間は自ら滅びてしまうだろう…それは燃料の枯渇を意味する。」
「あ…あ」
「清貧を良しとする教会が、欲望である性欲を認め子作りする事を推奨しているのは何故だ?
教皇が言っていただろう?
『沢山子供を産んでもらう事は、この世界を維持する大切な仕事』だと…」
その本当の意味を知った時
モモ・ルーの胸の奥で、何かが崩れ落ちた。
「あそこに集まり、お前をサッキュバスだと石を投げ、肖像画を焼いていた愚民どもを思い出しなさい。
彼らは、自分が美味しく喰われるために必死で子供を産み、神に祈っているのだよ。
滑稽だと思わないか?」
滑稽?そんな言葉では済まされない強い怒りが湧く
「この世界の理は、
『神がこの世界を創り、地上界に人間を住まわせ、魔族はその人間達を喰らう』
…この世界は円環ではない、人間が喰われるだけの一方通行な搾取システムによって成り立っているのだ」
怒り、恐怖、驚き…全ての感情が入り混じり、モモ・ルーの全身が震えていた。
第三章:冥界の旅立ち 第一話 世界の理 完




