Act 4-10:そこにいますか
玄関の、扉の前に立つ。
息を吸って、吐く。それをくりかえす。
……だいじょうぶだ。
扉を、ノックした。
「ハレルヤ?」
なかで、動く気配がした。
もう一度、扉をたたく。
「ハレルヤ? いるのか?」
「待て! 離れろ! 言うことを聞け、くそ!」
なかで、小さく怒鳴る声がした。
シヅヤを被害者からひきはなしているのだろう。
自分が見ていないあいだに殺されてはかなわない。
「ハレルヤ?」
「うるさい! 帰ってくれ!」
もう彼は、後戻りができないところまできている。
ぼくは、扉を蹴破った。
「ハレルヤ!」
さけんで、ぼくは声のした方向へ進んだ。
開いている扉の部屋に入る。
整った顔立ちの男が、女性の首にダガーを押しあて、立っていた。
シヅヤらしい男は、なぐり飛ばされたのか、地面にたおれふしている。
女性の髪は、短く切られ、金色に染められていた。
おびえた目が、助けをもとめ、ぼくを見ている。
拳銃をかまえたまま、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
「おい! なかに入ってくるなよ!」
「ハレルヤ。ぼくは」
言った。
「どうして、あなたがこんなことをしたのか知っている」
「へぇ」
ハレルヤはせせら笑った。
「なにを知ってるって?」
「奥さんの──リリイの遺体を見つけた」
いきなり、告げた。
ハレルヤの表情が、くずれた。
せせら笑いが、ガラスのように、砕け散った。
「──ウソだ」
「ほんとうだよ」
「掘り起こしたのか……?」
ハレルヤは、ぼうぜんとした口調で言った。
「どうして、そんなことを……?」
「なんで、あのままにしておいたんだ?」
ぼくは拳銃をかまえたまま、優しく問いかけた。
「どうして、あの場所に埋めた?」
「どうしてって……」
ハレルヤは困惑したように言った。
「あそこが、彼女の、最期の場所だぞ」
ハレルヤは言いながら、ダガーを女性の全身にすべらせた。
「彼女はもう、どこにも行けないんだ」
「そうだな、ハレルヤ」
「だれかが、そこで転がってるマヌケな男にペペを売ったんだ。それで、そいつはおかしくなって、リリイを殺した。リリイを殺したんだ!」
ハレルヤはわめいた。
「自分が犯した罪の重みも知らずに、こいつらは稼ぎつづけているんだ!」
「ごめんなさい!」
突然、女性がさけんだ。
「ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの!」
「なんだと?」
「そんなことになるなんて知らなかった──知ってたら、そこの男にペペを売ったりしなかった! 知らなかったの! 知らなかったの!」
「貴様が?」
ハレルヤは、わずかに吹き出した。
「これまでの女は、ハズレか? そうか、貴様だったのか。そうかそうか。これで納得がいった。だからうまくいかなかったのか」
ハレルヤは女性を乱暴にあつかい、自分のほうを向かせた。
「顔を見ろ──俺の顔を見ろ! よく見ていろ!」
ハレルヤは、興奮したように言った。
「ようやくだ。長かった……」
「ハレルヤ──」
「邪魔しないでくれ!」
ハレルヤはぼくを怒鳴りつけた。
「わかるか? その俺の喪失感が。ずっと、それをもとめつづけた俺の気持ちが」
「……だから、被害者が死んだあと、顔を斬りつけたのか。望むものを見せなかったから。見せてはくれなかったから。それで、いらだったんだ」
「なにをブツブツ言ってんだ!」
ハレルヤは靴で壁を強く蹴りつけた。
「俺は、いなかった。あいつの最期に、俺は居合わせなかった」
彼は悲鳴のような声を上げた。
「居合わせることが、できなかったんだ」
親の死に目……。
「そうか、ハレルヤ」
ぼくは、ハレルヤの目を見た。
こわれようと努力してきたものの目だ。
こわれたくても、こわれきれなかった。
最後まで、理性がのこってしまった。
自分のなかの打ち消す声、否定する声と、戦いつづけなければならなかった。
彼は、あくまで、〈秩序型〉だった。
「──ハレルヤ」
ぼくは、静かに切りだした。
「どんなにペペを売る女性たちを殺しても、ムリだ」
「ムリって……なにが」
「理性では、すべて復讐だと理由をつけた。わざわざ、ペペを売る、条件に合う女性を見つけてまで。復讐のための、正義の殺人だと、自分を納得させようとした」
「なにを、言ってる?」
「ほんとうの望みがあるんだろ。でも、それがかなわないことは、あなた自身が、よくわかっている」
「ほんとうの望みだって? なにがほんとうだって? おれは──おれには」
「ムリなんだよ、ハレルヤ」
ぼくはさとすように言った。
「どれだけ女性を、奥さんがされたように殺したって、ダメなんだ。だって」
ハレルヤが、自分の腕のなかの女性を見る。
「だって、彼女たちは奥さんでは──リリイでは、ないんだ」
「そんなこと、わかって──」
「いいや、わかってない。彼女たちではリリイの代役すらできないということが、わかってない。彼女たちはモノではない。彼女たちは、魂を入れる器ではない」
いまや、ハレルヤは、はっきりとぼくを見ていた。
「ムリなんだよ」
ぼくは首をふった。
「できないんだ。どんなに状況を似せたって、おなじ殺しかたをしたって。奥さんを殺したダガーを使ったって。たとえ、おなじ人間に殺させたって。──そこに、奥さんを見つけることはできない」
ハレルヤは、雷に打たれたような顔をしていた。
「あなたが見ることのできなかった奥さんの最期の表情を、ほかの犠牲者の顔に見ることなんて、絶対にできっこないんだよ」
つんざくようなさけびが発せられた。
ハレルヤの口からであった。
ハレルヤは、女性から離れ、ダガーを持つ手で頭を押さえながら泣きわめいた。
ぼくは、走ってきた女性を抱きとめ、そのまま後方から逃がした。
それを合図に、Qやモクたちが家のなかに飛びこんできた。
ハレルヤを、あっという間に床に押さえこむ。
シヅヤの身柄も確保した。
ハレルヤは、まださけんでいる。
身をよじらせながら、何度も妻の名前を呼んでいた。
その近くに、妻を殺したダガーが転がる。
彼はそれを、妻であるかのように愛したのだ。
モクがシヅヤを立ち上がらせる。
すると、意識を取り戻したのか、シヅヤが周囲を見まわした。
そして、ぼくたちを見て、おぞましい笑みを浮かべた。
「助けに、きてくれたんだ?」
「──連れていけ」
Qが、低く言った。
「……ケダモノなのだ」
声が言った。
ピュグマだった。
杖をかまえている。その先には、シヅヤとハレルヤがいる。
「二人とも、人間ではないのだ」
「ダメ、ピュグマ」
ナズナが言うが、ピュグマは、強く首をふった。
その杖の先端にあるマギクスジェムが、魔術の色を帯びはじめている。
「こいつら、魔獣よりもケダモノなのだ」
「ピュグマさん」
ぼくは、彼女の腕に触れた。
「終わったんですよ」
「終わらないのだ。たくさんの命が終わったのに、こんなことでは終わらないのだ」
「ピュグマさん……」
「生かしておけないのだ。いないほうが、いいのだ」
「だから、殺すんですか? ピュグマさん、ぼくたちは、そうじゃないでしょ?」
両手で彼女に触れる。
「ぼくたちは、それだけじゃ、ないでしょ?」
「こいつら……だって、こいつら……」
ピュグマの目に、大粒の涙があふれる。
「あんなっにっ、たくさんっ、人をっ殺してっ──」
「事件は終わりました」
ぼくは、ピュグマに語りかけた。
「こっちを見て。ピュグマさん、ぼくを見て」
がくがくとふるえながら、ピュグマは、ぼくを見た。
「ぼくたちは、事件を解決したんですよ。やったんです。わかりますか?」
たまりにたまった涙が、とうとう決壊した。
彼女は杖を落とし、膝をついて、天をあおぎ、大声で泣きはじめた。
「やれやれ」
Qは、ぼくから拳銃を取りかえした。
「どいつもこいつも」
「もうすぐ、衛兵がくる」
ナズナが、小さく言った。
「ナズナたちの仕事は終わり。さっさとここを出るに一票」