Epilogue
事件から、一週間がすぎた。
「一年契約だっけ?」
「契約書ちゃんと読んでいないでしょ。明確な期限は設けられていませんでしたよ」
「じゃあ、いつまで異世界にいなきゃいけないんだ!」
「異世界だワクワクが止まらないぜ! って言って、ろくに条件とか仕事内容に目も通さず、二つ返事で召喚されてきたのは、どこのだれですか」
「……だれ?」
「あなたです!」
ぼくはため息をついた。
Qは、あいかわらずだった。
「んじゃ、黒色のコーヒーを飲める日は、まだまだ先になりそうだな」
「紫色のコーヒー、気に入っているくせに」
丘の上からの景色を見わたす。
「行ったことのない場所が、大量にありますよ。観光したいんじゃないですか?」
「……時間のツブしかたとしちゃ、そういうのも悪くないな」
Qは、うずうずと足を動かした。
「海とか悪くないよな。この世界の海が見てみたい気がしないか?」
「行きたいんですね?」
「まあ、なんだ──お前が、どうしても行きたいって言うんなら、付き合ってやってもいいぞ。これでも、付き合いはいいほうだからな」
「またまた」
「なんだよ」
「Qのそういうとこ、かわいいとは思いますよ」
「なっ!?」
あわてふためくQの反応を見て、いつものしかえしだ、とぼくは笑った。
「コーイチ」
ナズナだった。
「ちょっと」
ぼくは、彼女に引っ張られるまま、丘をすこし下りた木陰に入った。
「どうしたんです?」
「……ありがとう」
「え、なにが?」
「ナズナのヒミツ。コーイチ、だれにも言ってない」
「まあ……言ったら殺すって脅されましたしね」
冗談っぽく言うが、ナズナの目は真剣だ。
「あれからも、ふつうに接してくれる」
「まあ──」
ぼくは頬をかいた。
「それをどうこう言うほど、ぼくはこの世界にくわしくないし。ナズナさんには助けてもらったし。それに、ここにいるナズナさんも、ほんとうのナズナさんなんですよね? ぼくは、それを信じますよ」
「……うれしい」
「──え」
ナズナが、ぼくの頬に唇を押しつけていた。
唇がはなれたあともまだ、そのやわらかい感触がのこっていた。
じっと見つめられて、顔が赤くなるのを隠せない。
「な、なに見ているんです……?」
「反応を見てる」
ナズナが、自然な表情で、小さく笑った。
それは、はじめてのことだった。
「コーイチ、かわいい」
そう言って、ナズナは歩み去ってしまった。
なにかが、落ちる音がした。
ふりむくと、そこには、立ち尽くすモクのすがたがあった。
その手から、地面に落としてしまったらしい、カゴが転がっている。
なかからは、たくさんの果物が木陰に転がり落ちてくる。
どうやら、ぼくのために集めてきてくれたらしかった。
モクは膝から地面にへたりと落ちると、いまにも泣きだしそうな顔をした。
「ど、ど、どうしたんです!?」
あわてて駆け寄る。
モクは、身ぶり手ぶりで、ぼくと、木陰と、ナズナが歩み去った方角をしめした。
「……もしかして、見ていたんですか?」
あの──口づけの瞬間を。いや、頬にだけど。
それにしても。
ナズナが気づかないとは思えない。
とくに核心に迫る会話はしていなかったから、見られても平気だと判断したのだろうが……。
それなら、どうして、頬にとはいえ、口づけなどという問題行動を……。
「ほ、ほら、立ってください。果物、集めてきてくれたんですか?」
こくこくと、モクはうなずいた。
「ありがとうございます。オススメを教えてください」
そう言うと、ぱあっとモクの表情が明るくなった。
そして真剣に、いくつもの果物を吟味しはじめた。
そのなかの一つを差し出しては、やっぱこれじゃない、こっちのほうがいいかも、と出したり引っこめたりを、くりかえしていた。
ようやくモクが決めた果物は、ほんとうに、頬が落ちてしまうくらい、おいしかった。
「みんなー!」
ピュグマの声がした。
「集まるのだー!」
丘の上に、全員が集合した。ぼく、Q、モク、ナズナ。
そして、ピュグマは、太陽を背に立っている。
「……どうして、果物なんか食べてるのだ?」
「いろいろあるんです」
ピュグマの問いに、ぼくは肩をすくめた。
「それで、どうした?」
Qが問うた。
「──三件の、殺人事件が起きたのだ」
ピュグマは簡潔に告げた。
「三人の被害者には共通点があって、現場には、犯人からと思しきメッセージがのこされてた。これは連続殺人だと思われるってことで、〈捜査騎士団〉に出動要請が出たのだ」
「メッセージ、ですか」
ぼくは訊いた。
脳が、あっという間に切り替わっていた。
「そうなのだ。くわしくは現場に向かいながら説明する! みんな、馬車に乗るのだ!」
ピュグマが先導する。
「移動しながら説明って……そんなに遠いんですか?」
つんのめりつつ、ピュグマの後につづく。
「ここから、ぐっと南に下っていったところにある」
ふりかえったピュグマの顔を、太陽が照らした。
「今回の事件が起きたのは、海沿いの街、アルヴィンなのだ!」
To Be Continued…




