Act 2-5:愛の巣
マリアンの隠れ家は、彼女の家より西に進んだ、林のなかにあった。
「こんなところ、泥棒に入られでもしたらどうするのだ?」
「その危険を冒してでも、だれかに見られたくなかったんですよ」
ぼくは家の外観を観察した。
「おそらく、クルスさんに知られたくなかったんでしょう。さっき、念写を見せてもらいましたよね。そこに写った彼女の笑顔は、とても自然でした。彼女もまた、クルスさんを愛していたと思います。もしかすると、彼をささえるために稼いでいたのかもしれません」
ぼくたちは、扉の前に立った。
「警戒してください。犯人が現場に戻ってくることもありますし、ただでさえ、ペペの売買がおこなわれていた可能性の高い場所です」
モクが、弓を背中から下ろした。
「生命探知してみたけど、なかに人はいないのだ」
「わかりました。入りましょう」
ぼくは、玄関を開けた。
カギは、かかっていなかった。
足を踏み入れる。
「モクさん、どうですか?」
ぼくの質問の意味を、モクはすぐ理解してくれた。
弓のかまえをとき、ペペのにおいをさがして、あたりを見まわす。
やがて、からだの向きを定めると、ゆっくり歩きだした。
ぼくもピュグマも、彼女についていく。
彼女は、廊下の一番奥へと向かった。
「マリアンは、魔術の心得があったみたいなのだ」
通りすぎるいくつかの部屋をのぞきこみ、ピュグマが言った。
「専門的な魔術書がたくさんあるのだ。これも、住居にはなかった要素なのだ」
「それすら、クルスさんには隠していたんですね」
かなしい関係だ、とぼくは思った。
それがたとえ、おたがいに対する愛ゆえであったとしても。
「おそらく自衛のためでしょう。そういった心得でもなければ、人里はなれたこんな場所で、薬を売る勇気なんて出ないはずです」
ふと、ピュグマが足を止め、一つの部屋に入った。
「マギクスジェムがあるのだ。これは念写用の──」
彼女が触れると、石から光が放たれ、壁に女性のカラーの画像が浮かんだ。
「これが……マリアン?」
ピュグマのつぶやきは、しごく、もっともだった。
その女性は、赤毛だった。髪の長さも、遺体のものより、ずっと長い。
「この念写がマリアン自身のものとはかぎりませんが……」
しかし、カンが告げていた。
これは、彼女だ。
体格などは、かなり遺体と似ている。
腕の長さや脚の長さ、指の細さ、首と頭のバランス……。
だとすれば。
「あとで、クルスさんに確認してもらいましょう」
マギクスジェムを手に、部屋を出る。
奥に進みながら、考える。
可能性──遺体の髪は、死後、あるいは殺害以前に、カットされ、染められた。
おそらくは、犯人の手で。
もしそうだとすれば、新たな情報だ。
検死という技術が存在しさえすれば、すぐにわかっていたはずのことだった。
あの念写がマリアンで、あの遺体もマリアンなら……。
アンサブAは、身体的特徴で被害者を選んだのではなく、べつの基準で選んだ被害者を、とある身体的特徴に近づけたということになる。
べつの基準とは、もちろんペペの売人という点だろう。
これは、あきらかに署名的行動だ。
犯行の実行そのものに本来必要ではない、特異なパターン。
犯行のたびにくりかえされる、一種の儀式的行動……。
モクが奥の扉に到達し、そっと押し開けた。
ワナがしかけてないか、確認する動作だった。
それは、もっともなことだと思った。
ここには、マリアンがかかわっている犯罪の証拠があるのだから。
開いた扉の向こうに、いくつかの棚と、そこにならぶビンが見えた。
モクは、さらに奥へ進もうと──。
「待つのだ!」
ピュグマがさけんだ。
「ワナがしかけてあるのだ!」
ワナ。
たしかに、ピュグマはそう言った。
その声には、焦りが満ちている。
しかけ。
それがないことは、モクが確認したはず──。
──魔術の心得──専門的な魔術書──自衛のため──。
ぼくにもピンときた。
「魔術のワナが張ってあるのだ!」
モクがすばやく方向転換した。
そのまま、ぼくのからだをかかえ上げた。
おどろいているヒマもなかった。
モクは、ピュグマのもとへと、ぼくのからだごと飛びこんだ。
激しい爆発音が響いた。
ぼくは、なんとか目を開けた。
すさまじい爆発が起こっていた。
炎が、ぼくたちのいる空間の周囲をなめまわしていく。
モクとぼくが身を伏せている、その頭上で──。
ピュグマが杖をかかげて立っていた。
魔力壁を展開しているのだ、とおぼえたての知識のなかで理解した。
マリアンの念写の入ったマギクスジェムを落とさぬよう、しっかりとにぎりしめた。
爆発は幾度となく起こり、それが長いあいだ、つづいた。
この家を、もしもマリアンの夫であるクルスが調べていたら?
ぼくは思った。
その可能性は、じゅうぶんにあった。
実際、その一歩手前であったとも言える。
こういうワナを張ることに頭のまわる人物が、その可能性を考慮しないなどということが、ありうるだろうか? 愛する夫を殺してしまうという可能性を?
「──そうか」
ぼくは、静かに理解した。
……知られるくらいなら、死んでもらったほうがいい。
それが、彼女の愛だったのだ。
彼女の秘密を燃やし尽くす爆発は、いつまでも、いつまでも、つづいた。




