Act 2-4:からだは嘘をつかない
マリアンの家には、彼女の夫であるクルスがいた。
弱りきった様子で、ソファに腰を落としている。
「彼女なのか?」
もじゃもじゃのヒゲを涙で濡らし、クルスはたずねた。
「見つかったって死体、それが、そうなのか?」
「まだわからないのだ」
ピュグマは正直に答えた。
「その死体の念写、あるんだろ? 見せてくれ」
「失礼ながら……」
ピュグマが言葉をえらぶ。
「念写を見ても、特定はむずかしいと思うのだ。死体の状態が、その……。どちらにせよ、記憶のなかの彼女を、大切にしてあげるべきなのだ」
「くそ、どうしてこんなことに……」
「奥さんの念写はありませんか?」
ぼくは訊いた。
「一枚だけ……」
ピュグマが杖を伸ばし、クルスの持つ石から、念写を受け取った。
魔術師に撮影してもらったという、二人いっしょの念写が浮かび上がる。
マギクスジェムの劣化で、画像はモノクロだった。
二人とも、とても幸福そうだ。
石のなかで止まった時間。
そこからだけでも、じゅうぶん、その事実が伝わってくる。
「それしか、ないんだ。彼女は、アレが嫌いでね」
「お仕事は、なにを?」
「妻の?」
「いえ。あなたの」
クルスは、しばらく、きょとんとしていた。
「どうして? 何の関係がある?」
「捜査の一環です」
「時間の浪費だ! そんなことより、犯人をさがしてくれ!」
クルスが立ち上がった。
ぼくは向かいに座ったまま、動じない。
「もちろんです。ですが、ささいなことが、真実究明に役立つかもしれません。すこしのあいだだけ、ご協力おねがいできませんか。ほんとうに、すぐにすみます」
「……運搬作業だよ」
クルスは、ソファに座りなおした。
「失礼ですが、あまり賃金は高くない?」
「関係あるか?」
「ええ。マリアンさんの生活について、知りたいんです」
「……たしかに」
クルスは、小さく言った。
「あまり、いい仕事とは言えない」
「それにしては」
ぼくは部屋を見まわした。
「なかなか、いい家に住んでおられるようです。なにか副業でも?」
「いったい──」
「答えてください。奥さんが犯罪に巻きこまれたとするなら、そのきっかけとなってしまうような環境が周囲にないかどうか、知りたいだけなんです」
「妻がむかし」
クルスは額をこすった。
「絵を描いてたんだ。それが、たまたま、いい値段で売れた」
ぼくは、しばらくクルスの顔を見つめた。
「絵、ですか」
「そう。絵……だ」
「それは、奥さんに感謝しなければいけませんね」
「ああ」
ぼくは確信をいだいていた。
さきほど、妻の絵の話をするさいに、クルスは額をこすった。
だからぼくには、クルスがウソをついているとわかった。
アレは、なにかに苦しんだり、不快を感じたりしているサインだ。
ぼくの質問を不快に感じているのとは、またべつだ。
そっちの感情はいらだちに近く、そのサインは、イスの下で両足首を組んで固定していることなど、下半身に出ている。
手や顔など、上半身の反応が出たのは、妻の絵の話のときだけだ。
額をこすりつつ、手で顔を隠す。
罪悪感をいだきつつも、ウソをついている、身体的な証拠だ。
「奥さんの部屋を見せてもらっても?」
「妻の部屋は」
クルスは、またしても額をこすった。
「ない」
「ない? この家の、どこにもないんですか?」
「ああ。ない」
今度は、反応が出なかった。
「この家には、地下室や屋根裏もありませんよね」
「ないな」
「奥さんのパーソナルスペースは、いっさい、ないということですか?」
「夫婦に、そういうのが必要とは思わない」
いまや、クルスははっきりと、手のひら同士をこすりあわせていた。
不安や緊張をなだめようとしている。
「この家は、夫婦の愛のあかしなんだ。この場所では、彼女は隠しごとなんてしない」
「では?」
「なんだって?」
「この場所では、と言いましたよ」
「この場所で、の聞きまちがいじゃないのか」
「そもそもぼくは、奥さんの部屋があるかどうかを訊いたんです。隠しごとがあるかどうかを、訊いたわけじゃありません」
「……なんなんだ」
クルスは、両手で頭をかかえこんでしまった。
「あんた、なにを言ってるんだ」
「クルスさん」
ぼくは、身を乗り出した。
「奥さんは、あなたに隠しごとをしているんですね。それは、どういうわけか羽振りのいい、彼女の財政に関係があることなんですね。そして彼女がそのなにかを、この家の外に用意された隠れ家のようなところでしていると、つきとめたんですね」
クルスの肩がふるえた。
彼は泣いていた。
「あんたは、知ってるんだな」
涙声で、両の手の下から、彼は言った。
「あんたは、ぜんぶ、知ってるんだ」
「ええ。知っています」
ぼくは、なるべく、優しく言った。
「奥さんは、ペペを売りさばいていた」
「知らなかったんだ」
クルスは言った。
「最初は、浮気を疑った。けど、彼女が次々に隠れ家へと招き入れる人間のタイプを見ていて、わかったんだ。あれは……浮気では、ないと」
「クルスさん」
ぼくは呼びかけた。
「せめて、真実を知りたいでしょう。隠れ家の場所を教えてください」
「愛してた」
「わかっています」
「ぼくは愛してたんだ!」
クルスは顔を上げた。
はじめて、まっすぐとぼくを見た。
「野郎をつかまえてくれるのか」
クルスは、ぼくから目をそらさない。
ぼくもまた、それに応えた。
「妻を殺した、くそったれ野郎を、つかまえてくれるか」
「かならず」
ぼくの言葉に、クルスはもう一度、嗚咽を漏らした。




