Act 2-3:地下室の秘密
ぼくとピュグマ、それにモクは、最初の事件の殺害地点である、宿屋にきていた。
「夕方、泊まりに来た客が、カウンターにだれもいなくて、困惑したらしいのだ」
ピュグマが、聞きこみした結果を報告した。
「その日の朝には、数人の客がチェックアウトしてるから……」
「事件が起きたのは、昼のあいだ」
ぼくは、宿屋の入り口から、一歩、外に出た。
「街道からわずかに奥に入ったところにあります。昼間に泊まりにくる人間も、そうそういないでしょうから、逆に、犯罪の起きやすい時間帯ですね」
「実際、昼のあいだは、宿屋は閉まってるのだ」
「それなのに、押し入るわけでもなく、アンサブAはあやしまれずに、なかに入った」
ぼくは、宿屋のなかにもどり、地下室への扉を開けた。
ポケットから小型の懐中電灯をとりだし、先を照らす。
あとで補給してもらえるとはいえ、手持ちの電池をもっと持ってきておくべきだった、となんとなく考えた。
下まで降りて、明かりをつける。
懐中電灯をしまいつつ、階段を数歩、もどった。
「どうしたのだ?」
しゃがみこんだぼくに、ピュグマが問いかけてくる。
「滴下血痕ですね」
「血?」
「はい。このすみのところに。暗くて、拭きわすれたみたいです。カタチが丸い。血が、まっすぐに落ちたせいですよ。つまり、ここで被害者は立ち止まったところを襲われた。このホコリの形跡からして……ふりむこうとした? 呼び止められたのかもしれません。おどろいた様子はない。被害者が逃げまどったり、あばれたりしたなら、血痕はいびつなカタチになるはずです。防御創がないこととも矛盾しませんね」
「ふむふむなのだ」
「アンサブAが背後に立ち、声をかけても、被害者はおどろかなかった。被害者は、アンサブAが後ろにいると知りながら、背を向けて、暗い地下室に下りようとしていたということになります」
ぼくたちは、地下室を見わたした。
棚がいくつかあるだけの、簡単な部屋だった。
ピュグマがなにごとか唱え、杖をかざした。
すると、先端のマギクスジェムから青白い光が広がり、地下室内を照らした。
その光は、壁や床に付着した、おびただしい量の染みを浮かび上がらせた。
「血、なのだ」
「魔術で探知したんですか?」
「わざわざ拭き取っているのに、魔術探知への対策はしていないのだ」
「アンサブAには魔術の心得がない、ということですか?」
「その可能性はあるのだ」
そのとき、モクが、なにかに反応した。
「モク、どうしたのだ?」
ピュグマが問いかけると、モクは身ぶりでなにか訴えた。
「……よくないにおいがするそうなのだ」
「よくない、におい?」
モクが歩き、棚を調べはじめた。
やがてそのなかから、フタが開いたビンを見つけだした。
なかには、白くうすい小さなものが一枚、入っていた。
「これは──」
ピュグマが真剣な顔になり、ビンのなかから、それをとりだした。
「花びら?」
ぼくがよく見ようとすると、ピュグマが制した。
「におってはダメなのだ」
ビンにもどし、フタをする。
「これは、ペペという花なのだ。花びらだけ落ちて、回収しわすれたのかも」
「ペペ?」
「昨夜の食人花──アレの一部なのだ」
「これ一枚だけで、判別できるんですか?」
「あたしをだれだと思っているのだ。魔術と薬学に関して言えば、あたしは天才なのだ。右に出るものはいないのだ」
ピュグマは、意外と大きな胸を張って見せた。
どうしても、今朝の温泉での光景を思い出してしまう。
ぼくは気づかれぬよう、視線を逃した。
「この花は、幻覚作用をもつのだ」
「麻薬みたいなものですか」
「違法なのだ」
「……そんなものが、どうして宿屋の地下に?」
「被害者のアリステアには、裏稼業があったのかもなのだ」
「麻薬の売買ですか……」
ぼくはアゴに手を当てた。
「被害者は買った側でなく売る側だったと、ピュグマさんは考えているんですか?」
「宿屋の経営は、あまり儲からないのだ。このような地域だと、とくに。だからペペを買う金があるとは思えないのだ。むしろ、宿屋という職を利用して、いろいろな客にペペを売って稼いでいると考えたほうが、自然なのだ」
「すごいですね。立派なプロファイリングだ」
ぼくが言うと、ピュグマは照れたのか、頬を赤くした。
「被害者学に基づく分析を、検討しなおしてみるべきかもしれません。なぜ被害者がターゲットとして選ばれたのか」
「麻薬がらみ?」
「そういう犯罪は多い。ありえます」
ぼくは、新しく浮かび上がった選択肢を吟味した。
「アンサブAは、常連客だった……?」
「だから、昼に訪問してもアリステアは不審に思わず、自分から地下に案内もした?」
「彼は社交性のある魅力的な人物でしょうから、何度か顔を合わせ、被害者も気を許していた……。スジは通っていますね」
ぼくは方向性を見つけたと確信した。
「問題は、どうして殺すという行動にいたったか、です。ほかの二人の被害者も、ペペをあつかっていたのかどうか、知る必要があります。まだ、身元は不明なんですか?」
「ここより北東に住んでた、マリアンという女性が行方不明になってるそうなのだ。二体目の遺体にあったアザが、特徴として一致してるとのことなのだ。けど、服はほとんど着ていなかったし、顔が……ああいう状態だから……ハッキリとは」
「その女性の家に行ってみましょう」
ぼくは、歩きだした。
「地下室があるかもしれません」




