第4話 封鎖区域の中
カイは叫んだ。
「突っ込めぇぇぇぇ!!」
五台のバイクが、雨を切り裂いてゲートへ突入した。
火花が散る。
ハンドルが壁をこする。
ヤマガの重装バイクがゲートの端を吹き飛ばす。
ケイゴが悲鳴を上げる。
「僕のミラーがぁぁぁ!」
ナナが怒鳴る。
「命よりミラーの心配しないで!」
最後にレンの青いバイクが滑り込んだ。
その直後、ゲートが再び閉じる。
ドゴォン!!
背後で巨大な音が響いた。
ネオ東京の光が、ゲートの向こうに消えた。
◇◇◇
静かだった。
封鎖区域の中は、あまりにも静かだった。
さっきまで背後にあったネオ東京の騒音が、まるで別の世界のもののように遠ざかっている。
自動運転車の走行音もない。
広告の音声もない。
警備ドローンの機械音もない。
スマートグラスの通知音もない。
あるのは、雨音だけ。
そして、五台のバイクの排気音だけだった。
前方には、古い高速道路が続いていた。
ひび割れたアスファルト。
崩れかけた防音壁。
錆びた標識。
途中で折れた街灯。
道路脇には、何十年も放置された車の残骸が並んでいる。
そのいくつかには、黒い影のようなものが焼き付いていた。
人の形をした、薄い影。
レンが息を呑んだ。
スマートグラスの通知音もない。
あるのは、雨音だけ。
そして、五台のバイクの排気音だけだった。
前方には、古い高速道路が続いていた。
ひび割れたアスファルト。
崩れかけた防音壁。
錆びた標識。
途中で折れた街灯。
道路脇には、何十年も放置された車の残骸が並んでいる。
そのいくつかには、黒い影のようなものが焼き付いていた。
人の形をした、薄い影。
レンが息を呑んだ。
「これ……東京跡か?」
誰も答えなかった。
ヤマガですら笑わない。
ナナが小さく言う。
「2050年の爆発で、一瞬で焼き付いたって話。都市伝説だと思ってた」
ケイゴの声が震えていた。
「都市伝説っていうより、遺跡だね……」
カイは前を見たまま走っていた。
胸の奥が少し熱くなる。
これは新世界の冒険だ。
そう思っていた。
だが、ここは確かに死んだ街だった。
誰かが暮らしていた。
誰かが笑っていた。
誰かが帰りを待っていた。
それら全部が、白い光で消えた。
カイは無意識にアクセルを弱めた。
その時、道路脇の古い電光掲示板が、突然点灯した。
全員が息を呑む。
何十年も電力が通っていないはずの掲示板に、赤い文字が浮かび上がる。
【戻れ】
レンが叫ぶ。
「今の見たか!?」
ヤマガが無理に笑う。
「おいおい、歓迎メッセージにしては陰気すぎるだろ」
ナナが端末を確認する。
「ありえない。ここ、外部電源死んでる。通信も圏外」
ケイゴが呟く。
「じゃあ、何で点いたの?」
その問いに答える者はいなかった。
ただ、遠くで何かが光った。
黒い塔。
母の塔。
旧東京の中心で、雨と霧の向こうに立っている。
その表面に、赤い線が走った。
まるで、巨大な目がこちらを見たようだった。
カイは唇を歪めた。
「見てんじゃねぇよ」
レンが聞き返す。
「何か言ったか?」
「別に」
カイはアクセルを戻した。
「行くぞ」
◇◇◇
旧高速は、途中から大きく崩れていた。
片側車線は完全に落ち、下には黒い水が溜まっている。
古い標識には、かすれた文字が残っていた。
新宿。
渋谷。
池袋。
かつて地名だったもの。
今では、ただの墓標だ。
ナナが言った。
「この先、三キロで爆心外縁部。そこから先は地図がない」
ヤマガが笑う。
「地図がないって最高だな。どっち行っても新発見じゃねぇか」
ケイゴがぼそっと言う。
「どっち行っても死亡率が上がるとも言う」
レンは周囲を警戒していた。
さっきから、何かがおかしい。
音がする。
雨音でも、バイクの音でもない。
耳の奥に、細い電子音のようなものが響いている。
――見ている。
そんな感覚。
レンはスマートグラスを外した。
それでも音は消えない。
「レン?」
カイが横から声をかける。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「顔色悪いぞ」
「ここが気味悪いだけだ」
カイは少し笑う。
「お前でも怖がるんだな」
レンはむっとした。
「怖がるだろ、普通。むしろお前が変なんだよ」
「そうか?」
「そうだよ」
カイは前を向く。
「でもさ、レン」
「何だよ」
「ここに来てよかった気がする」
「この状況で?」
「ああ」
カイの目は、霧の奥を見ていた。
「初めて、街の外に出た気がする」
レンは何も言えなかった。
確かにそうだった。
ネオ東京にいた頃、自分たちは自由に走っているつもりだった。
だが実際は、監視カメラの死角と、警察ドローンの巡回ルートと、AIの許した範囲の中を走っていただけだった。
ここには何もない。
守ってくれるものもない。
だが、管理するものもない。
その空白が、怖くて、少しだけ気持ちよかった。
その時だった。
前方の霧の中に、人影が見えた。
全員がブレーキをかける。
タイヤが濡れた路面を滑る。
「うおっ!」
ヤマガのバイクが横滑りする。
ケイゴが必死に止まる。
カイのライトが、人影を照らした。
白い髪。
白い肌。
病衣のような薄い服。
裸足。
少女が、道路の真ん中に立っていた。
雨に濡れているのに、寒がる様子もない。
表情はない。
ただ、じっとカイたちを見ていた。
◇◇◇
「……子供?」
ナナが呟く。
ヤマガが警戒する。
「こんな場所に、普通いるか?」
ケイゴは震える声で言う。
「幽霊じゃないよね?」
カイはバイクを降りた。
レンが慌てて止める。
「おい、近づくな」
「放っとけねぇだろ」
「だからって何でも近づくな!」
カイは構わず少女へ歩いていく。
少女は動かない。
白い髪から雨粒が落ちる。
カイは数メートル手前で止まった。
「おい」
少女は瞬きもしない。
「名前は?」
沈黙。
「こんなとこで何してる」
沈黙。
「家は?」
少女の唇が、わずかに動いた。
「……家」
声は小さかった。
まるで、言葉を思い出しているようだった。
カイは少し身をかがめる。
「そう。家。帰るとこ」
少女は首を傾けた。
「帰る……場所は、ない」
ナナが後ろから言う。
「カイ、気をつけて。その子、普通じゃない」
カイは振り返らない。
「見りゃ分かる」
「分かってて近づくのが馬鹿なの」
少女は、ゆっくりとカイの顔を見上げた。
「あなたは……」
「俺?」
「ノイズ」
カイは眉をひそめた。
「失礼だな。名前はカイだ」
少女はもう一度言った。
「赤いノイズ」
その瞬間、レッドノイズ全員のバイクのライトが一斉に点滅した。
ケイゴが叫ぶ。
「何だ!? 電装系が勝手に反応してる!」
ナナの端末も異常を起こしていた。
画面が砂嵐になり、そこに赤い文字が浮かぶ。
【M-00確認】
【接続反応あり】
【回収対象】
レンの頭痛が、一気に強くなった。
「ぐっ……!」
カイが振り返る。
「レン!」
レンはこめかみを押さえた。
耳の奥で声がする。
機械の声。
女の声。
子守唄のようで、命令のような声。
――見つけた。
レンは息を荒くする。
「何だよ……これ……」
白髪の少女が、レンを見た。
その目に、初めてわずかな感情が浮かぶ。
驚き。
「あなたも……開きかけている」
レンは叫ぶ。
「何を言ってる!」
カイは少女の前に立った。
「お前、何者だ」
少女は少し間を置いて答えた。
「ミオ」
「ミオ?」
「そう呼ばれていた」
カイはさらに聞こうとした。
その瞬間、空が割れるような轟音が響いた。
全員が上を見る。
霧の上から、黒い輸送機が降下してきた。
機体には政府軍の紋章。
その下から、無数の軍用ドローンが展開する。
赤いサーチライトが、ミオを照らした。
そしてスピーカーから、冷たい声が響く。
【実験体M-00を確認】
【周辺民間人を排除】
【対象を回収せよ】
ヤマガが舌打ちした。
「おいおい、デートのお迎えにしちゃ物騒すぎるだろ」
ナナが叫ぶ。
「軍だ! 警察じゃない、本物の特殊部隊!」
ケイゴが青ざめる。
「帰ろう! 今すぐ帰ろう!」
レンが頭痛をこらえながら言う。
「だから言ったんだ……旧東京なんか来るなって……!」
カイはミオの手を掴んだ。
ミオが驚いたように彼を見る。
「何をするのですか」
「逃げるんだよ」
「私は回収対象です」
「知るか。俺は拾ったもんを勝手に持ってかれるのが嫌いなんだ」
「あなたは死にます」
カイは笑った。
「AIの予測か?」
ミオは静かに答える。
「確率は高い」
「じゃあ、外してやる」
カイはミオを自分のバイクの後ろに乗せた。
「つかまれ!」
「つかまる、とは」
「落ちたくなきゃ腰に腕回せ!」
ミオは一瞬迷い、カイの腰にそっと腕を回した。
カイは叫ぶ。
「レッドノイズ! 逃げるぞ!」
ヤマガが笑う。
「やっと面白くなってきた!」
ナナが怒鳴る。
「面白くない! 軍用ドローン十二機、装甲兵四!」
ケイゴが半泣きになる。
「僕のバイク、軍と戦うように作ってない!」
レンは青いバイクにまたがりながら、ミオを見た。
また頭の中で声がした。
――接続率、上昇。
レンは歯を食いしばる。
「何なんだよ……お前……」
ミオはレンを見て、小さく言った。
「あなたは、危険です」
その言葉が、レンの胸の奥に刺さった。
危険。
いつもそうだ。
AIにも。
大人にも。
診断にも。
危険。
不安定。
依存。
誰かの後ろ。
だが、今のミオの声には、恐怖だけではない何かがあった。
まるで、自分の中に眠っているものを、彼女だけが知っているようだった。
◇◇◇
軍用ドローンが発砲した。
赤い光弾が旧高速に叩き込まれる。
アスファルトが爆ぜる。
カイたちは一斉に走り出した。
「うおおおおおお!!」
雨の廃高速を、五台のバイクが疾走する。
背後から黒いドローンが追う。
サーチライトが道路を舐める。
軍の装甲兵がワイヤーで高速道路へ降下し、銃を構える。
【停止しなさい】【これは保護措置です】【抵抗は危険です】
カイは叫んだ。
「保護って言いながら撃つな!」
ミオはカイの背中で、無表情に言う。
「保護対象以外は排除されます」
「最悪の保護だな!」
ナナが無線で怒鳴る。
「右、崩落! 左へ!」
全員が左へ流れる。
ヤマガの重装バイクがドローンに体当たりする。
「邪魔だぁ!」
一機が火花を散らして墜落した。
ケイゴが叫ぶ。
「今の、完全に軍用機破壊! 罪が増えた!」
ヤマガが笑う。
「Fランクの下に何があるか試そうぜ!」
レンは最後尾を走っていた。
頭痛がひどい。
視界に赤い文字がちらつく。
【接続反応】【同期候補】【神経負荷上昇】
「消えろ……!」
レンは叫んだ。
その瞬間、背後の軍用ドローンが一機、突然制御を失った。
ガクン、と空中で傾き、道路に激突する。
爆発。
レンは目を見開いた。
「……え?」
ナナが無線で叫ぶ。
「今の誰がやった!?」
ケイゴが混乱する。
「僕じゃない! そんなハッキング無理!」
レンは自分の右手を見た。
指先が、小さく震えている。
耳の奥で、また声がした。
開いた。
「違う……俺じゃない……」
レンは呟いた。
だが、その声を聞いた者はいなかった




