怪談
おちゃらけ回です。
夏っぽく、怪談です。
無法組の朝は早い。
頭が橋の掃除をことのほか大事にするので、彼らは日の出前にのそのそと廃寺から起き出すと、木の枝を集めて紐でくくった箒を手に、近くの橋へと向かう。
大きな橋にはたもとに橋番がいて、不審者や身投げの見張りと共に掃除をするが、庶民の町の庶民が使う橋にそんなものはいない。
板の継ぎ目に入りこんだ砂を、細かい枝の箒でかき出す。橋が傷むのは砂がヤスリのように木を削るのが原因なので、大切な作業だ。
深川は川だらけの町で、当然、橋も多い。
八幡宮のほど近く、深川七場所のひとつ、裾継。
まだ薄暗い時分、堀川にかかる橋を掃除していた若衆が、腰を抜かした。
水の中から、赤子を抱いた女が現れたからである。
「飴を、買って、参ります。そのあいだ、どうか、この子を抱いて……」
「ぎぃやああああ!!」
若衆らは、逃げた。
その翌日も、同じ女が現れた。赤子を抱かせようとしてくるので、恐ろしくなって逃げた。
それが三日続き、弥九郎に知らせが届く。怖くて掃除ができない、と。
若衆の不安を取り除くべく、弥九郎はその堀川へと出向いた。
日の出前、生ぬるい風の橋の上。
ざばさばざば、水が動く。
赤子を抱いたずぶ濡れの、腰から下が蛇の女が、水の中から現れた。
「飴を……買って参ります……。そのあいだ、どうか、この子を……」
「いや、逆だろ」
弥九郎は、ずぶ濡れ女の要求を突っぱねる。
「飴は俺が買ってくる。ガキはおめえが抱いててやれよ。母ちゃんなんだろ?」
「…………どうか、この子を抱いて」
「逆だっつってんだろ。あと飴買うんなら金くれ」
「…………」
ずぶ濡れ女は根負けした。
懐から巾着を出し、飴の駄賃を渡す。若衆に。
「………………どうか、この子を」
「しょうがねえな」
赤子は弥九郎が引き受けた。
何とか赤子を抱かせることに成功した女だが、飴の購入もひとに頼んでしまい、やることがないので水に戻っていった。
飴を買い、弥九郎が抱っこしたままの赤子に舐めさせる。母親は戻ってこない。
だんだん、赤子が重くなってきた。
猫の目方ほどだったのが、五歳児ほどになり、ついには大人ほどに。
しかし抱いているのは、駕籠の担ぎ棒を片手で振り回す男である。余裕であった。
「………………子供を返してくださいまし」
「おう、遅かったな」
とっぷり日が暮れた頃に現れたずぶ濡れ女は、半ば怒りながら、赤子と共に水に戻っていった。
翌日。もう女は現れなかった。
「なんか、予定狂った……」
◆濡れしくじり女
―――――――
本所七不思議は、七つ以上ある。江戸八百八町が実は二千あるのと同じ道理だ。それくらい、怪異が多いということ。
ちなみに置いてけ堀は、どうも本所ではなく深川らしい。
夏場だというのに、夜の仙台堀端に、おでんの屋台が立った。
賭場からの帰り道。
提灯の灯りと、湯気に乗って届く出汁の匂いに、弥九郎は若衆ふたりを連れて、おでん屋台の親父に声をかけた。
カラシを塗ったこんにゃくをはふはふ頬張り、熱燗をちびり。カラシが喉でぴりり、汗が吹き出す。
「頭、夏のおでんもいいモンっすねえ」
「うちの家主も言ってるぜ。暑いからって冷てえモンばっか食うなってよ」
「あー、わかる〜」
季節はずれの味を楽しむが、やはり若衆は気になった。
「けど頭、こんな蒸し暑い夜は、出そうっすよねえ……」
「何がだよ?」
「ほら、七不思議っすよ。置いてけ堀と、送り提灯と……」
「のっぺらぼう、かい?」
急に親父が割り込んできた、と若衆らがそちらを見ると。
親父の目鼻、口が、あるべき場所にない。おでんの玉子のような、つるんぺたんである。
「あああああああ!!」
「出たああああああ!!」
床几から転げ落ちる若衆であったが。
弥九郎は屋台の中の熱々ちくわを、のっぺらの口と思しき場所に接吻させる。
「あっっッ!!!!」
口もないのに、その声はどこから出たのだろうか。
のっぺらぼうは屋台を放って、何処かへと走り去ったのだった。
「――てないきさつで頂戴してきたおでんだ。ほれほれ食え食え」
「へえー、夏のおでんもいいねえ。はんぺんもらお」
「…………食っていいものなんだろうか……」
◆火傷して一発芸「タラコ唇」爆誕したのっぺらぼう
――――怪異の怪談・終




