蓬莱の玉の枝・14
梅之助は考えていた。
(この人たち、斬るのはまずいよね)
料亭『龍宮』の厨房を預かる、菜切衆の扱いである。
彼らは侵入者から城を守るために刀、もとい包丁で向かってきているだけだ。付け火や強盗と相対しても、同等の対応をしただろう。
前畠家の若殿の屋敷に侵入してきた賊を、始末するのは当然だ。それを斬って進むのは、何か違う。
ただし、ここの料理人である彼らが白かといえば、だいぶ黒寄りではあるが。
こちらも別に、龍宮を滅ぼしてやろうと意気込んで侵入したわけではない。謎の料亭を探ろうとしたら、たまたま刹那とかち合ったので、踏み込まざるを得なかったのだ。
料亭に自らの足で赴くような幼馴染ではない。一緒にいた男に誘われたのだろうが……
ゲテモノを食わせるような料亭なんぞによくもうちの刹那を連れ込んでくれたものだな許さん。
(でも、せっちゃんを助けに動けば、むしろせっちゃんの身に危険が及ぶ)
侵入者である自分たちと、客の刹那は無関係だと、龍宮の者たちに思わせなければならない。
そう、梅之助は判断した。
「おーい、相棒っ」
「あ?」
耳慣れない呼び方をされたが、俺のことか?
家紋入りの器で菜切衆と距離をとっていた弥九郎が、土間に下りた梅之助を振り返ると。
彼もまた茶碗や漆器を、なぜか大量に懐に詰めこんでいる。
「金目のものぉ盗って、さっさとずらかろうぜい」
「おいどうした。頭でも打ったか」
下手な小芝居が始まっていた。
丁寧に木箱に収められた黒光りの漆器を、梅之助は箱ごと土間にぶちまける。菜切衆らは声には出さないが、明らかに悲鳴を上げていた。
金箔で描かれた家紋に傷でもついたら首が飛ぶ。
菜切衆らは梅之助の刃を警戒しながら、漆器をひとつひとつ拾ってゆく。しかし無情にも、次の箱がまた、土間に転がる。
「はっはぁ、たかがお椀に用はねえんだよぅ。金目のものはどこだぁ、出しやがれぇ」
「おい本当にどうした。何か変なもん食ったか?」
棒読みのチンピラ口調が誰のマネなのか大変気になったが、もの盗りに思わせようという梅之助の意図は何となくわかった。
弥九郎を囲んでいた菜切衆の視線が、まるで嘆願のように揺れる。
お前もやるのか、やめてくれ、と。
それを聞く弥九郎ではない。にたぁりと、悪鬼の如く笑う。
「おらあっ! 金目のもん出しやがれ!」
そう叫んで蹴った木箱が、やけに軽かった。
がらん。音を立てて土間に転げた箱のあった床板に、四角く切った扉があった。
「何だ、こりゃあ」
弥九郎、梅之助と、菜切衆全員の目が、そこに向く。
板間の一画に、鉄の取っ手までついた重厚な隠し扉が現れた。
菜切衆の全ての包丁が、取っ手に手をかけた弥九郎の首に向かう。
――貫。
梅之助が盾とした木箱の蓋が弥九郎を守る。包丁は全て、木の蓋に突き立った。しかし六人分の体重は、梅之助には荷が重い。
「相棒、交替だ」
「応っ」
瞬時にふたりが入れ替わる。
菜切衆は、突き立てた包丁を貫通させる勢いであったが、全員の体重をかけて押しているはずの蓋が、突然ぐるりと回転した。
「うわあっ!」
包丁も、手を離さなかった者も回転して吹っ飛んだ。
がら、がらん。土間に重い刃物の音が転がる。
その脇で。
――ごとん。
板間の蓋が開かれた。
暗闇と、冷たい風が顔を打つ。その中で、梅之助は聞いた。
「……川の音だ」
水面まで、そう遠くはあるまい。厨のすぐ下に、水の流れる音がする。
龍宮の前庭に川があったが、その水の出どころが分からなかった。どこかに川があるはずなのに、周囲に堀も川も見当たらなかった。
その川が、龍宮の下にある、ということは。
梅之助がひらめく。見当たらないはずだ。
「この料亭、川の上に建てられてるのか!」
茶室『李庵』に、躙口はない。
どんな身分の者でも頭を下げ、この部屋では皆が対等であると示す……そんな饗しの意味が、この茶室にはないということだ。
金泥に紫雲。高僧が天上へ向かう襖絵。その意図するところを思うと、反吐が出る。
「失礼いたします!」
一切の礼儀なく、刹那は襖に手をかけ李庵に踏み込んだ。
むせかえるほどの香の匂いに、目眩すら覚える。刹那の目指した香炉は、茶室中央に鎮座していた。
無礼な闖入者に、膳を前にした上座の武士、一段下の医師、下座の壮年の商人が一斉に入り口を見た……そのとき。
「おわあっ!」
ばり、と天井板が割れ、埃や木っ端と共に次郎吉が茶室に降ってきた。
「次郎吉さんっ!?」
千両箱を求めていなくなったはずの次郎吉と、この距離での再会に、さすがに刹那も驚いた。
上座の男と老医師を庇い、黒い紋付きの壮年の男が怒鳴る。
「こそ泥か、大胆なことだな!」
「うるせえ! こんなつもりじゃなかったんだよ!」
「目的の部屋ではなさそうですね」
「くそっ、ついてねえ!」
高足膳がひっくり返り、美食もビイドロも埃まみれ。足の下が何かを踏んで次郎吉は眉をしかめた。目玉じゃあ、あるまいな。
「おう、こちとら客だよ。てめえらか、人の飯茶碗に目ン玉なんぞ入れた外道は」
「龍宮に来ておいて、何をいまさら」
紋付きの男が鼻で笑う。
この身なりには、次郎吉は見覚えがあった。大名屋敷と同じほど、盗みをするに最適なのは、札差たちの屋敷である。
下級武士の給与は、浅草御蔵に集められた米で支払われる。扶持米というやつだ。月に二度しかない扶持米支給の日は、米をもらう武士たちの大行列ができる。
その支給待ちを、手数料をとって肩代わりする、扶持米に札を差すことから、札差という仲介業者が生まれた。
手数料も積もれば財産。武士への金貸しも始め、札差といえば大金持ちの代名詞となった。
金に任せて作った広い屋敷は金蔵だらけ。彼らは身分も金で買い、紋付き帯刀を許された。
「札差の旦那か……どうりで」
目眩に負けじと、次郎吉も鼻で笑う。
「成り金好みの店だと思ったぜ。ギラギラしすぎて、趣味が悪りい」
「控えろ、無礼者!」
「なんで、ただの商人に俺が控えるんだよ。ははん、うしろの御方が、やんごとなき御方か?」
顔を拝もうと次郎吉が身を乗り出すと、上座の男は自らの袖に隠れた。
刹那は、煙をあげている香炉を睨む。倒れている徳利を数本掴むと、残っていた酒を香炉の中身に振りかけた。灰が飛び、じゅう、っと鳴って煙が散り散りになった。
「何をするかっ!」
紋付きの男が激昂するが、
「全員が狂うのを止めただけだ!」
刹那の激昂の方が鋭かった。
大人しいと思っていた連れの豹変に、次郎吉が驚く。
「え、刹那さん……狂うってなんだよ?」
「次郎吉さん、いま貴方が仰った、ギラギラするというのは、それらが光ってるからじゃありません。我々の目が、光を受けやすくなってるんです」
はっ、と次郎吉も心当たる。
真っ暗なはずの天井裏で、やけに景色がはっきり見えた。暗さに目が慣れるのが早かったのだと、思っていたが。
ぎり、と刹那が睨むのは、紋付きの男でも、上座にいた男でもなく……十徳羽織の、老医師の男。
「この香炉で焚かれていたのは、莨宕根……ハシリドコロと呼ばれる毒草です。目の見えを格段に上げる代わりに、口にすれば極度の錯乱を起こす。走り回るほどに。わざわざ香と一緒に焚いて、この龍宮全体に莨宕根の煙を拡げた……貴方、医者でしょう。いったい何を考えてるんだ!」




