吉原門外の変・5
「女衒を…」茂吉は、はっとした。
谷中に殺したい男がいると言っていた。それが自分と同じ、女衒だったのか。
なんという縁だ。奇妙な巡り合わせを、嬉しくさえ思った。「けれどね」それを梅之助の声が遮る。
「私たちは、あの子を止めたくてここにいる。あの子に人殺しなどさせたくないんだ。だから、刹那の殺意を呼び覚ました貴方を、少しだけ恨んでいる」
「お、俺を、お恨みに…?」
茂吉は、がん、と頭を殴られた気分だった。
「刹那には、仇討ちなどやめて、自分の道を歩いてほしいと思っている。あの子は皆の役に立つ医者としてやっていけるんだ。……正直にいうと、貴方と巡り合ってほしくはなかった」
一瞬、仇を持つ者同士、刹那とは辛さを分かち合えると思った茂吉だったが。
このふたりはそれを許さないという。
「娘の、娘の無念を晴らしてえんです」
茂吉は声を振り絞った。生きるよすがを否定され、失望と怒りで声が震えた。
殺人は死罪に処せられる。けれどそれが何だ。
「命よりも大事な娘の仇を討ちてえと願って、何が悪いのですか」
そもそも他人には関係ないじゃないか、指図するな。茂吉の言葉は、親心として当然であろう。
梅之助の眼差しに、深い悲しみが宿る。
「貴方たち親子を騙した奴を恨む気持ちはわかる。けれど、私には貴方が、自分の怒りと後悔を晴らすために殺生しようとしているように見えるんだ。娘さんの無念ではなくて、ね」
「あ、あんたに何がわかるんだ!」
「娘さんの位牌に、一度でも手を合わせたかい?」
茂吉は、かっと目を見開き声を潰した。
仇は探したが、娘の足跡を探そうとしたか?
お夏がいた店なり町奉行なりに聞けば、お夏がどこの寺に葬られたかは知れるはずなのだ。
仇を探すことにかまけて、可哀想な娘の弔いすら、していなかった。
「ああ、ああ……」
わなわなと、体から生気が抜けていった。
なんて手前勝手なことだ。
俺は娘のためと言いながら、俺の腹を治めようとしていただけだった。
「仇を討つことと、貴方が罪を犯すことは違うと思う。貴方にも刹那にも、生きてほしいと、私は思っている」
がくりと肩を落とした男に、梅之助は微笑んだ。ここにいない幼なじみに伝えたい言葉でもあった。
うなだれる茂吉に、ぱっと梅之助が笑ってみせる。
「そうだ、あの子たまにおかしな言葉を使うことがあるけど、気にしないでね。あのー、ほら、あの子お茶目だから」
お茶目には見えないが、確かに耳慣れない言葉がたまに出る。まるで、やくざ者のような。
きっと弥九郎の悪影響だ。そう茂吉は思うことにした。
「だいたい、どうやって殺す気だったんだよ。田舎から包丁でも持って出てきたのか?」
芋や大根じゃねえんだぞ、と弥九郎が割って入る。そして、芋や大根を相手にするかのような気軽さで「あとは任せろ」と笑った。
「俺は、あの女衒の野郎を殺すためだけに江戸に来たんだ」
「おいおい、茶屋の親父が昼間っから物騒なこったなァ」
店の裏手から男の声がして、刹那と茂吉が驚いて顔を上げると。
西瓜の小山の陰からよしずをくぐり、弥九郎と梅之助がのそりと姿を見せた。
その手にはちゃっかり食べかけの西瓜。弥九郎は西瓜の種をガリガリ噛み砕き、梅之助は「いやあ、暑くてねえ」と悪びれもせずに笑った。
「せっちゃんもお帰り。今日は早いんだね。いつもは何日か泊まりなのに」
「……夕方、柳水亭の隠居を診なきゃならないからな」
いつから話を聞かれていたのか。茂吉を死なせたくなくて、このふたりに絆されかけていると白状したも同然の刹那は、ばつが悪そうに不貞腐れる。
粉々にした種を西瓜の汁と一緒に飲み込んで、弥九郎がにやりと口の端を上げた。
「奴さん、今日はここを通るぜ」
弥九郎は、深川を縄張りとする郎党『無法組』の頭である。
博打うちや大工崩れなど、ならず者たちの集団だけに、町の裏事情にも通じている。
茂吉から仇の名と特徴などを聞くと、弥九郎は郎党を使って河内屋および江戸の橋という橋に見張りをつけた。
橋は不審な人物を見張るのにうってつけで、『浅草河内屋の六佐』が、いつ、どの橋を渡ったかの情報が逐一、弥九郎のもとに運ばれてくるのだ。
「千住の橋を行き来するのが月に二、三度。両国なんかは渡らねえから、奴さんが向かうのは日光、水戸の方面で決まりだ。あんたの上州も、奴さんの縄張りってこった」
お夏が売られたのも日光街道の始まり、千住宿だった。
「河内屋の女衒は、近くのボロ長屋で拐ってきた娘を仕込む。まぁ、何をかは聞くな。それで出来のいいのを吉原、それ以外を宿場に売る。千住か内藤新宿あたりだ。売りに連れて出るのが験を担いで大安吉日、つまり今日!」
「ここを通らないこともあるんじゃないのか」
身を乗り出した茂吉がぎらぎらと目を輝かせ出して、刹那は「けしかけるな」と言外に願いをこめて話を遮った。
内藤新宿に行くなら日本堤は通らない。しかし刹那の願いはむなしく、梅之助が太鼓判を押す。
「奴さんが最近方々で自慢してるんだってさ。吉原でいい値がつきそうなのが三人もいるって」
静かな怒りで、その目は笑ってはいない。
「大願成就の日だよ」そう言って、ぱん、と柏手をひとつ打つ。
「さあて、では西瓜を店の前にありったけ並べようか。床几も向かい合わせに置いて」
茂吉が西瓜を仕入れたのは梅之助の指図だったのかと、刹那は悟った。
「何をする気だ?」
聞けば、返答のかわりに梅之助は悪巧みの笑顔で扇子を取り出し、ぱらりと拡げる。
すうっと息を吸い、道行く人に声を張り上げた。




