空飛ぶクジラ
「あしゃぎ見て見てー」
エンジュ様は外出中。読み書きの練習をするわたしのそばに、モミジくんが寄ってくる。見せてくれたのは色とりどりの千代紙。もちろんきれいな真四角じゃないけど、たくさんの色がランダムに混ざっていて、これはこれで素敵だなと思う。
「みんながね、いーっぱいくれたの」
「へえ、きれいだね!」
ふんす、と鼻を膨らませて。
「見ててね?」
赤い紙を一枚、三角形にたたむ。長辺の左右を、斜めに折り上げて……
「おはな!」
チューリップ的な形の完成! この世界にチューリップはなさそうだけど、何の花の扱いなんだろ? 得意げなモミジくんかわいい。
「あしゃぎもなんか作って!」
「ようし、じゃあねえ……」
といっても、ツルくらいしか折れないが。羽根を広げてお腹のところに空気を入れて、完成! わあっと歓声をあげてくれる。
「ね、ね、どうやったの? ととしゃんにも見せていいっ?」
「うむうむ、これはお利口さんなモミジくんにあげちゃおう」
「ほんと?!」
そうっと両手で包んで掲げ、色んな角度から見つめている。ふふ、ぽかんとお口が開いちゃってるね。
モミジくんにはツルを折るのはちょっと難しいかな? もっと簡単なやつ……うーん……
「なに作ってゆの? 小鳥しゃん?」
「紙飛行機だよ」
「かみひこー?」
「ああええと、小鳥しゃんみたいな!」
そうだよね、この世界には飛行機がないんだった。
紙飛行機ならまあ、適当に折ってもそれらしいものはできる。完成したものを縁側に向かって投げると、幸いなことにそこそこの距離を滑空してくれた。
「あしゃぎ! とんだよっ!」
「うん、とんだねえ」
尻尾ぶんぶん、おめめキラキラ。こんなに喜んでくれると遊び甲斐もあるってもんよ。
飛ばしては拾い、モミジくんはだんだんと力加減もわかってきたようで。適当に作った飛行機は、すいー、とわたしがやるより上手に飛ぶ。
「えいっ」
それは気流に乗った本当の飛行機みたいに、今まででいちばん遠く、縁側の外まで飛んだ。
「あ!」
「あら」
わたわたと拾いにいこうと二人で庭へおりる。駆け寄ったモミジくんがしゃがんで手を伸ばす。
が、急に吹いた風にあおられ、飛行機はさらに向こうのほうへ。またトテトテ歩くモミジくんの体が……体が、ふわりと浮いた?!
「んゆ?」
黒い影が一帯を覆う。次の瞬間、暴風が吹き付けた。いや、『吸い込んだ』。
「――うみゃあああっ?!」
「モミジくんっ?!」
びょおおおと吹き荒れる、目を開けるのも難しい風のなか。なんとか頭上を見上げると、空には巨大な……鳥? 飛行船?
「なんっ……あれ……?!」
うそうそうそ、いやいやあり得ないでしょ! 何あれぇ?!
訳がわからないがとにかく、片手は家の柱に、もう片手を木の枝にしがみつくモミジくんへとのばす。おおおおお、届けぇーっ!
「あしゃっ、ふえ、たしゅけ……!」
「ふんぐぐぐぐぐうおお!!」
よしっ、手を掴んだ! ううう腕、ちぎれる……!
「にゃああ?!」
「モミジくんッ!」
わたしより、よっぽど軽い体が重力に逆らう。まずい、飛んでっちゃう!
反射的に飛びだして小さな体を抱き締める。よっしゃあ捕まえたあ!
……ということは、である。
わたしの両手は完全に柱から離れてしまっている。
「うわああえああ!!」
ぐるんぐるんと吹き上げられて目をつぶった。どど、どこまで飛ぶんだこれ?! せめて、せめてモミジくんだけは絶対に守らなくては!
まあ、飛んでいるうちがまだましだったのかもしれない。ふっと突風が止んだと思えば、わたし達は宙に投げ出された。
――嗚呼、終わった。
全身でモミジくんを包み込む。気色の悪い浮遊感と共に、今度は地面を目指して加速し――
「『空のキザハシ、天を指し架けよ』!」
ヒュオッと地面から風が吹き上がってくるのを感じた。しっかりとした何かが体を受け止め、ほのかな花の匂いが漂う。
「間に合ったようだね」
どうやらまだ生きているらしい。
強く閉じていたまぶたを上げて、涙で滲む視界をしぱしぱ。犬耳の生えたご尊顔が視界を埋めた。イケメンはいいにおいがする!
「エンジュうううえええ」
「無事か」
「ありがとうございますって高あああー?!」
見下ろしてすぐ後悔した。う、浮いてるぅ?!
「あっ、そうだモミジくん!」
「ふみゃあぁ……」
慌てて腕の中を覗くと、モミジくんはすっかり目を回してしまっている。クラクラうにゃうにゃしてるけど、どこも怪我をしていなくて本当によかった!
「いや、あの、ななな、なんですかあれええ?!」
髪も顔面もぐちゃぐちゃにしながら、空に浮かぶでかい影を指差した。よく見ると楕円形というか、長細い胴体に気持ち程度の手(?)のようなものが見える。
「友人だよ」
ホワッツ? ゆうじん? フレンド?
「遠くからでも見えたからな。急いで戻ってきた」
「あれは、その、なに、なんですか?」
「というのは?」
「鳥?」
「鯨だが」
「くじら……く、鯨?! 飛んでますけど!」
「うん。ひょっとして、きみの世界にはいないのだろうか?」
「そ……いえ、飛ぶやつはたぶん? わたしが知らないだけかもしれないですけど」
言われてみれば、ヒレがあるように見えなくもないような……。
「彼は各地を回遊している。通りがかる度に挨拶にきてくれるんだが、今日は張り切りすぎたらしい」
「へ、へええー?」
あれも神様なのかしら?「張り切っちゃった(はぁと)」であんな目にあっては堪らないが、まああの鯨だって悪気があったわけじゃないのだろう。よくわからんが、わかったことにする。体がでかいと大変そうだナァ。
と、いうか。他にも危ないお友だちがいないかが不安になるな?! 不思議に出会えるのは、楽しくはあるけど!




