御神木
神様の住む屋敷から程近い場所に、里の御神木が植わっている。
モミジくんがそこへ行きたいと言うので、三人でお散歩がてら初めて来てみた。徒歩で来た!(ここで力こぶをつくる。)
巨大な木だというから、この木なんの木気になる木……って感じの青々と広がった傘を想像していたのだが、まるで違ったので驚く。
桜とか欅だろうか? そういえば元の世界には、自然遺産になった杉の木もあったような。いやまあ、種類は置いておく。それより気にすべきことが。
大人が両腕をまわして余りある太い幹は、縦に思いきり割れていたのだ。割れ目は黒く焦げている。
「これが御神木……?」
「本来なら紅葉も見頃だが」
見上げるエンジュの銀髪が風に踊る。うう、羽織るものを持ってきて正解だった。
「へぶしっ」
「ぷしゅんっ」
神様は、同時にくしゃみしたわたしたちに苦笑して、火の玉のような灯りをひとつ、宙に生み出してくれた。あったかい。
霊力とやら……いわゆる神様パワーの元手が、この大樹だって言っていたよね。里の人たちは何か困り事があると、ここへお詣りするのだそうだ。
なんとなく気が引き締まる。モミジくんも、ちょっぴりそわそわしているような?
「ね、ととしゃ」
「ん?」
「ととしゃはみんながお祈りしたのを、どうやってきくの? お耳が大きいから、きこえるの?」
お父さんのお耳はどうしてそんなに大きいの、ってやつか。微笑ましさにだろうか、エンジュも珍しく「けふっ」と小さく笑った。
「そうだな……うん。たとえばモミジ、泣いたり笑ったりする時に、この辺りが熱くなるだろう?」
「うん」
胸にとんと片手を添える。
「強い願いも同じなんだ。民の声はここで聴く」
「おれにもできゆ? そしたら、お願い叶う?」
「必ず」
「へへっ……」
照れくさそうに三角耳を押さえる。かわいい!
「じゃあね、じゃあ、あしゃぎの……!」
モミジくんはわたしを興奮気味に振り返ったのだが、急に言葉を途切れさせた。どうしたのと促しても、慌てた様子でふるふると小さな頭を振るばかりだ。
「う、んーんっ、なんれもない!」
「ないしょ話?」
「ん、なーいちょ!」
エンジュの袴の後ろに隠れてしまう。答えを求めて見上げてみたけど、彼も不思議そうに首を傾げていた。ふむ?
「……けど、この木がまた元気になるには結構かかりそうですね」
「ああ」
腕を組み、仰ぐ。声は淡々としていたけれど、少し寂しそうにも見えた。
「まあ、徐々に力は戻ってきている。焦ることではないよ」
指をさされ、つられて枝の先を見る。するといくつか、まだそれほど太くはないが、季節はずれの新芽のような若い枝がある。すごい生命力だ!
これほど絶望的な亀裂が入っても、生きようとしているんだな……。
なんだか感動した矢先。不意に、焦げ臭さが鼻をかすめた。
「……あれ?」
妙な懐かしさを感じると同時、ものすごく厭な予感がする。
雷が直撃して弱ってしまった大樹。わたしがここへ来た日の天気は土砂降りの大荒れで、もちろん雷だって鳴っていた。
焦げくさい、におい。
「あれれ?」
ばっちり思い出した。暗くて気づかなかったけど、あの時に見たのはこの御神木なのでは?
ということは、つまり――
冷や汗をだらだらと流し、素早くエンジュを盗み見る。予想外に目が合って思わず「ヒェァッ」と声が出た。
「アサギ?」
眉がわずかに寄る。
「顔色がよくない。冷えたか?」
「あしゃぎ? だいじょーぶ?」
「アッエッ! ダイジョブです!」
大慌てで両手を振ってみせる。唇を尖らせたモミジくんがとてとてと近寄ってきた。ん、と腕を伸ばす。
「ぎゅーって、すゆ? あたかいよ?」
ホギャア?! かわいい!
ちっちゃなもふもふをぎゅーするという誘惑は恐ろしいものだったが、この鼓動を聞かれたくなくて全力で遠慮した。汚い大人でごめん。
代わりにエンジュが、モミジくんのことを後ろから抱え上げた。小さな体がよじよじと動いて、腕の中でまるくなる。
「日が暮れる前に帰るとしようか。モミジ、もう満足したか?」
「んっ。あのね、ととしゃんもあしゃぎも、おはな咲いたら、いっちょに見よーね?」
「う……うん! もちろん喜んで!」
こっそり深呼吸をして、坂道を降りるふたりの後を追う。
確証があるわけじゃない。でも。
もう一度だけ振り返った。雷で割れてしまった御神木、消えかけていた神様。
よかった、と心から思った。あのとき神子になって本当に、よかった。




