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月華祭

「もうじき月華祭か」

「げっかさい?」


 聞きなれない響きに顔を上げる。今日のモミジくんは縁側の手前に座り込み、板張りの床へ一生懸命に積み木を重ねている。がんばれー。


「里の収穫祭だよ。年に一度、この時期に行う」

「へええ。やっぱりお祭りというと、神様のエンジュを祀るんですか?」

「形としては。しかしまあ、天候を少しいじりこそすれ、作物を育てたのは里の皆だ。讃えられるべきは俺ではないよ」


 天気をいじる、というのがすごいんだけどな。

 ふむ、と考え込む尻尾がゆったりと往復する。


「どうしました?」

「いやなに。神子を伴う祭りが初めてで、どういった流れになるのかわからない。文献を調べてこよう」


 そう言うと立ち上がり、自分の部屋へ向かってしまう。本当に神子って今まで誰もいなかったんだな……。


「できたーっ」


 ちょうどモミジくんが歓声を上げる。振り向いた卓のところにわたししかいないものだから、不安げにキョロキョロと見回している。


「お父さんは今お部屋にいるよ」

「んにゅ……」


 三角耳がくいっと外側を向いた。はいカワイイ。せっかくの芸術作品は、パパが戻るまでとっておこうね。


「モミジくんはお祭り、好き?」

「しゅき!」


 ぱっと顔を輝かせる。


「あのね、ぴかぴかがたくさんでね」

「ぴかぴか?」

「んっ。あとねあとね、みんなにこにこしててね、おいしいお団子と、えと、おやきと、あとまんまるのもあるよ」


 なるほど、出店みたいな感じか?


「かかしゃんがいた時はね、まだおまちゅりやってなかったの」

「そうなんだ……?」

「ん」


 ぴくりとモミジくんが廊下を見る。エンジュの戻りは思ったより早かった。


「アサギ。どうやら、神楽を舞うのは神子の役目らしい」

「神楽? 舞?」


 お祭りでやる踊りのことか。困った、急に言われても何一つ知見がないぞ。


「それって、初心者が習得するのにどのくらいかかるものですか?」

「だいたい……ふむ、三年くらいだろうか」

「お祭りはいつです?」

「ひと月後だね」


 オワタ!

 膝からくずれ落ちたわたしの背中を「だいじょーぶ?」と小さな手が叩いてくれる。ダイジョバナイ……。


「あくまで儀礼上のものだから。これまで通り、里の誰かに任せよう」


 聞けば、里の若い女性が持ち回りで担当していたらしい。ホッとすると同時、なんとも言えないモヤモヤが心の片隅に燻った。

 いや、だって。神子はわたしやん?

 花のアザが視界に入る。この先もずっと、お役目をのんべんだらりと躱し続けるのか?

 何よりエンジュの。彼の評判に傷をつけることになるとしたら、なけなしのプライドが許さなかった。


「や――やるっ、やってみます!」

「無理は」

「ズボラな神子をつれているなんて、誰にも言わせたくないので!」


 一瞬だけ面食らったような神様は、すぐに「そうか」と微笑んだ。はいカッコイイ。


「神楽は全部で三節七章ある」


 ん?


「はて、今年はどの章だったか。里長に訊くのが早いか」


 あれ?

 ひいふうみいと指折り始める前で、灰色の脳細胞がレッツ掛け算。おやー? 思ってたんと違うなー?


「今年は伍の章だ」

「あ、全部じゃないんですネ!」

「うん。伍の章は二番目に難しい」

「オワタ!」


 何度もくずれ落ちるわたしがお馬さんごっこをしていると思ってか、モミジくんが背中によじよじと登ってきた。まあ可愛いから許しちゃうが。


「一連の楽章は、畑を開墾し作物を育て、天災を乗り越え豊穣を祝う、という物語になっている。最も難しい肆の章は嵐を表し、次点で参と伍が複雑だろう。休息にあたる最後の漆の章が易しくて……こほん。あー。話よりも、まずは実践だな」

「がんばりますよ、がんばる……っ」


 四つんばいの手足をプルプルさせつつ、先生のお顔を見上げる。


「だって伍の章ができたら、大半の章は、これよりも簡単ってことですもんね?!」

「うん、そうだね」


 エンジュはいつものようにほんのりと笑った。


「務めがない時には俺が教えよう」

「エンジュも踊れるんですね!」


 彼は今度は、少しだけ不服そうに眉を寄せた。


「あの女狐に馬鹿にされたからな」


 あー、シノノメ様なら言いそう。「坊、舞のひとつも知らぬのかや?」とか。


「すご――フギャッ」

「うにゃっ」


 とうとう潰れたわたしのうえから、小さな体がころんと転げる。受身をとったのはさすがオオカミというべきか。こんな筋力で乗りきれるのだろうか、わたし。


 そこから先は猛特訓の日々が続く。

 里の人たちに教えてもらって、ラストの三節目だけを演じることになった。まさしく突貫工事だが、やると決めたら最後までだ。


***


 さあ、いよいよ。


 祭りの開始は日が暮れた後。晴れればいいなと思っていたけど、よくよく考えると、彼ら親子が揃っているなら雨など降ろうはずもない。

 里の広場には舞台のようなものが組み上げられており、左右には篝火、そして奥には御簾が下ろされ、エンジュとモミジくんが座している。

 わたしはといえば、緋色の袴と、更にはオオカミを模したお面を身につける。視界は思ったより良好。裾を踏んづけませんように!


 神楽が始まるまでは、神様の近くで黙って立っていればいいらしい。御簾の横、親子の姿をチラ見できる特等席である。モミジくん、大人しくてお利口さんだなあ。

 里のえらい人が恭しく稲穂を捧げたり、若者が難しい文章を読み上げたり。

 翌年の作物の出来を占う場面もあった。水を張った盆に、神子のアザと似た花の形をした紙を浮かべる。すぐに沈めば豊作という意味らしい……と、瞬きの間に紙はゆらゆら底のほうへ。驚いていると、ずっと黙っていたエンジュは、御簾の奥からわたしを見て片目を瞑るのだった。霊力か……!


 さて、あっという間に本番である。

 鏡餅についているようなギザギザの紙がたくさんくっついた棒は、歩くだけで鈴の音が鳴る。里の人たちが見守る舞台にそっと出た。お面があって助かったな。こわい、けど、


 ――やらなきゃ。


 右足を摺り足で一歩、体を引き寄せるようにして棒を一度振る。シャン、と鋭く澄んだ音。

 また足を出して、今度は空いた手を覚えた通りに動かす。一で払って、二で上げる、三で斜め下。よし。

 動いているうちにだんだんと頭がぼんやりしてきて。でも、覚えてる。不思議な感覚。

 ぼうっとしたまま踊り終えて片膝をつき、両手をついて観客へ頭を下げた。


 ……あ、あれ? このあとどうするんだ?


 我にかえり内心パニックになりながら俯いていると、後ろからエンジュの声がした。


「見事であった。月華をもって汝らの労をねぎらい、来たる年の豊作を祈ろう」


 ふっと篝火が消え、辺りが真っ暗になる。思わず顔を上げた瞬間、別世界のように景色が橙色に輝いた!


「う、わあ……!」


 里じゅうに吊るされた提灯に、一斉に灯りがともったのだ!


「今宵は身分の隔てなく、歌い、飲み、夜を明かそう」


 朗々と放たれた一声を合図に、人々からは歓声が上がる。先ほどまでの厳かな空気が嘘みたいに、どんちゃん騒ぎの宴会が始まったらしい。


「あしゃぎ、かっこよかったー!」

「のわっ?!」

「ねえねえお団子たべにいこっ?」


 モミジくんが駆けてきて、ぎゅうとしがみついてくる。尻尾がぶんぶんとちぎれそうなくらいだ。


「無事に終えられたようで何より。よく頑張ってくれたね」


 エンジュまでもがひょこりと御簾から出てくる。神聖さはどこへ?!


「え? で、出てきていいんですか?」

「神楽とは元来、神を楽しませるためのもの……引きこもりを外へ連れ出すための舞」

「引きこもり?」


 お面をそっと外してくれる。ぽかんとしているわたしに向けて、神様は珍しく、本当に珍しく、にこりと笑った。


「外から楽しそうな宴の音が聞こえてきたら、いくら落ち込んでいても覗いてみたくなるものだろう?」


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