~ファイル78 セピア色の想い出~
「水穂! 水穂っ!」
身体を揺する澪の声にも、全く反応は無い。
水穂の黒くて丸い目は、次第に、その艶と光りを失ってゆく。
その薄紅色の唇も、力なく、うっすら開いているだけ。
「み、水穂チャンを! なっ、なんてこと、毒島仁英! 絶対に許せないっ!」
「デスアダーの親玉、毒島仁英めーっ! な、何を笑ってるんだーっ!」
「お、おのれぇぇぃ! よ、よくもわしの、手塩にかけて育てた弟子をっ!」
華蓮と苺が、笑っている毒島に向かって構える。
源五郎も、拳をぎゅっと握りしめ、毒島の前に立つ。
「ほっほっほっほぉ! ボクは、優しいですからねェ? 顔を打たなかっただけでも、ありがたいと思ってもらわないと・・・・・・。ほら、どうします? このままでは、本当にその小娘は、死んでしまいますよねェ・・・・・・。ほっほっほっほー」
「こっ、この外道めぇぇーーーっ!」
源五郎が、毒島に向かって拳を向け、飛び込んでいく。
「・・・・・・ふん。・・・・・・邪魔ですよぉ!!」
・・・・・・シュウッ ドガアアァッ! ドガシャアアァァァッ!
「ぬ、ぬうぅあーっ・・・・・・」
毒島は、腕を横に薙ぎ払うようにして振り、突っ込んできた源五郎に一撃を加えた。
源五郎は、両腕でその毒島の一撃を受け止めたが、支えきれずに弾き飛ばされ、大きく横に吹っ飛ばされる。
「な、なんて力・・・・・・じゃ! あの小柄な体格で・・・・・・。むぅぅー・・・・・・」
源五郎は地面に転がる直前、間一髪で受け身を取り、よろよろとしながら起き上がった。
「ほっほっほ。・・・・・・早乙女小紅さん? その小娘、助けたいですかぁ? ならば、いいでしょう。二分、待ってあげましょう。さぁ、お助けなさい? ・・・・・・ほっほっほ」
「こ、このやろぉーっ!」
小紅の奥歯が、ぎりりぎりりと軋む音を立てる。
「こ、小紅サン! 早く! 水穂が・・・・・・」
「そこで待ってろよ、毒島っ! あたしは、お前を今日、必ず叩き潰してやるからな!」
澪と小紅は、心肺停止状態の水穂を蘇生させる準備に入る。
「小紅チャン! こいつは、わたくしたちで、それまで止めておくから!」
「はやく、水穂ちゃんを、助けてあげて! まだ間に合うはず!」
「早乙女! 心肺停止は、一分一秒を争う! 急げ! やり方は、わかるか?」
華蓮、苺、みかんが一気に、毒島に向かって構えた。
「わかる! だいじ! ・・・・・・澪! 水穂の気道確保! あたしは、服を脱がせるから!」
「はい! ・・・・・・小紅サン、こっちは完了です!」
「よし! 水穂! あたしと澪で、絶対に助けてあげるから! 死んじゃダメだよ!」
小紅は、手早く水穂の服と下着を捲り上げる。そして、張りのある両乳房の間へ掌を当て、一気に体重を乗せて強く押し込む。上下に、垂直に立てた小紅の腕がリズム良く動く。
「一っ、二ぃ、三っ、四ぃ、五ぉ、六っ・・・・・・二十九っ、三十っ! 澪、そっち頼む!」
澪は、水穂の顎先を指で上げ、片手で鼻をつまんだ。そして、かぽっと口を合わせ、胸を見ながら一気に息を吹き込む。
・・・・・・ふうぅーーーーーー ふうぅーーーーーーー
「・・・・・・ダメです! 小紅サン、もう一度!」
「・・・・・・ダメか! よし、もう一度だ! 一っ、二ぃ、三っ、四ぃ、五ぉ、六っ!!」
水穂の蘇生を続ける二人。小紅の額と目から水穂の胸へ、ぽたりぽたりと、雫が落ちる。
「ほっほっほ。健気ですねェ・・・・・・。いい光景ですよ。まァ、この隙にボクはいつでも、アナタたちを殺せるんですけどねェ? 待っていてあげるのこそ大サービスなんですから、感謝しなさい!?」
「ふざけないでーっ! この、悪魔めーっ! はあいぃ・・・・・・」
苺が、毒島に向かって一歩踏み出そうとするが、華蓮とみかんがさっと横から止める。
「やめて苺チャン! 気持ちはわたくしも同じだけど、ここは、待ちましょう・・・・・・」
「この毒島ってやつは、異常だ! いったい、なぜあんなパワーが出せるんだ?」
三人は、後ろで水穂の蘇生を試みる二人を守るようにして、だらだらと汗を垂らしながら毒島と対峙し続ける。
北から時々吹き抜ける冬の風は、その汗をぶわっと飛び散らせた。
・・・・・・ふうぅーーーーーーー ふうぅーーーーーーー
澪が、首を横に振る。小紅は奥歯を噛み締めて、心臓マッサージを幾度も繰り返す。
「水穂っ! ・・・・・・ダメだってば! 水穂! 帰ってきなって! ・・・・・・ねぇ、水穂っ!」
小紅の目から、涙が溢れる。澪も、頬を濡らしながら、人工呼吸を繰り返し続けた。
* * * * *
~~―――。
「ねー? ねーってばー。こべにちゃんー。にちようび、あそんでよー」
「だめだって。あたし、からてあるんだよ? しあいなのー」
「からて? しあい?」
「みずほも、やる? じーちゃんがおしえてくれるのー。うちでやってるよー?」
「えー。からてって、なに? よくわかんなーい。おもしろいなら、やるー」
「みおもさそってみたら? ふたりで、うちに、みにきなよー」
―――。
「やったー。小紅ちゃんー、私とミオ、紫帯になれたよぉー。いぇい! 四級だぁー」
「やったじゃん二人とも! 五年生で一番うまかった。次、三級でついに茶帯だね!」
「小紅ちゃんは、すごいなー。六年生なのに、もう、黒帯だもんなー。私もほしーい!」
「わたしも、はやく小紅ちゃんみたいな黒帯になりたいです。中学までに初段ほしいな」
「まぁ、焦るなって。水穂も澪も熱心だし、次の審査会も、また一気に上がれるよっ!」
―――。
「えへっ! 小紅セーンパイっ! どーぉ、似合う? まだ、ぶかぶかするんだけどー」
「小紅サン、どうですか? わたしも北中の制服、似合いますかね?」
「入学おめでとう! 水穂も澪も、待ってたよ! てか、二人とも何? その呼び方?」
「だってぇ、中学校だもん。もう、小学校より、先輩後輩って感じが強いじゃんーっ?」
「他の子たちも、みんな、センパイとかサン付けなんですもん。わたしたちも、ねー?」
「変な感じだよ、あたしはさ? 水穂も澪も、今まで通り『小紅ちゃん』でいいのにー」
「まぁまぁ。いーじゃないの! 小紅センパイっ! きゃはっ! 中学生活、楽しみー」
―――。
「えぇー? 小紅センパイ、柏沼いくのぉ? なんでぇ! 等星や京都の高校はー?」
「嫌だよ。あたしは、地元でいいよ。空手でのスポーツ推薦なんて、別に興味ないの!」
「小紅サンらしいですね。でも、柏沼なら、わたしと水穂も、進学先に考えてるのでー」
「柏沼は制服二つあるし、近いし、いーよね! 小紅センパイ、先に入って偵察して?」
「水穂・・・・・・。あたし、スパイや下見役じゃないんだけど? まったく、あんたはさー」
「えへっ! いーじゃんー。来年、高校見学行くからさー、よろしくねっ?」
―――。
「おーい。小紅センパーイ? ・・・・・・ねー。気分転換に、カラオケ行こうよぉー」
「・・・・・・。・・・・・・ごめん、無理・・・・・・。涙が、止まらないの」
「じゃー、おやつ行かない? ・・・・・・シュークリームとか、パフェ食べようー?」
「水穂。今日はもう、帰ろう? ・・・・・・小紅サン、親が二人とも一気にだしさ・・・・・・」
「・・・・・・ふぅ。そうだね。・・・・・・私、小紅センパイのあんな姿、初めてで・・・・・・」
「・・・・・・水穂。わたしもだよ。・・・・・・あれはでも、ひどい事件だよ、本当に!」
「小紅センパイは、一人っ子の私にとって、姉同然なんだもん。見てて、辛いよーっ」
「わたしだって一人っ子だもの、水穂と同じよ。・・・・・・許せない事件だよ、本当にさ!」
「私、決めた! 小紅センパイをこんな目に遭わせたやつらを、とっちめてやるんだ!!」
「え! ほ、本当に!? ・・・・・・なら、わたしも一緒に、やるよ!」
「よかった! ミオならそう言ってくれると思ってた! センパイのための、悪者退治だ!」
―――。
「こ、小紅センパイ? か、髪型が・・・・・・。ひえー。合格内定後の、イメチェン?」
「あたしは、今日から、この髪型でいいの! 高校はずっと、これでいくから!」
「かわいいけど、今までのイメージと違ーう。でも、元気になってよかった。嬉しい!」
「小紅サン、なんか変わりましたね? 似合いますよ。その紅色の髪留めと、結い髪!」
「心配かけてごめんね、二人とも。柏沼高校で先に、待ってるから! 来年、おいで!」
「はぁーい! ねぇねぇ、小紅センパイ? 柏沼では、空手道部入るんでしょー?」
「一応。でもあたし、部活とは別にやりたいことあるの。二人にも手伝ってもらうかも」
「なんでもやりまーす。その時は、言ってー? ねっ、小紅センパイっ! きゃはっ!」
―――~~。
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・けはっ! ・・・・・・げほっ! けへっ!」
「「 あ! 」」
咳き込んで血の滲んだ痰を吐き、水穂の目に光が戻った。
しばらく水穂は目をぱちくりとさせてから、がばっと上体を起こし、きょろきょろと周囲を見回す。
「み、水穂? 水穂ーっ! わかる? あたし、小紅! 水穂・・・・・・良かったぁーっ!」
「小紅サンっ! や、やりましたね! はあぁーーっ・・・・・・。水穂ぉーっ・・・・・・」
涙を流して、水穂をぎゅうっと抱きしめる二人。小紅は、水穂の頬を何度も手で撫でる。
「え! こ、小紅センパイに、ミオ? ・・・・・・って、ひゃあああぁぁーーーーっ! なっ、なんで私、オッパイ丸出しっ? うっひゃぁーっ! あわわわ! ひぃえーっ!」
水穂は慌てて捲り上げられた服と下着を直し、胸元を何度か叩きながら、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「水穂、わかる? あの男に張り飛ばされて、一発でやられたのよ! わたしと小紅サンで心肺蘇生して、何とか生き返ったんだよー。本当に、良かった。本当に・・・・・・」
澪は、水穂の背中をさすりながら、ぎゅっと拳を握った。
「お、思い出した。・・・・・・蛇の目みたいな、あいつ! 胸にビンタされたらさ、なーんか、目の前が真っ暗になってー。・・・・・・ん? 生き返った? わ、私、死んでたのーっ?」
「死んでないよ。心臓も呼吸も止まってたけどさ。・・・・・・毒島仁英め、このやろぉ・・・・・・」
目を丸くして混乱する水穂。小紅は、眉間にぎゅっと力を込め、毒島を睨みつけている。
「水穂ちゃん、生き返ったんだね! よかった! よかった! 一時はどうなることかと」
「小紅チャン! 澪チャン! お疲れ! よかったぁ、水穂チャンが蘇生して!」
「ヒヤヒヤした。肝が冷えたよ、本当に。・・・・・・早乙女! 大丈夫か?」
「うん。だいじ! ・・・・・・とんでもないことしてくれたな、毒島! このぉ、人でなし!」
華蓮、苺、みかんの間を割って、小紅が前に歩み出る。
「ほーっほっほっほ! 素晴らしい。素晴らしいですねェ! 一分五十六秒。ボクは二分を過ぎたら、この目の前の三人を一気に殺す気でいましたからねェ?」
毒島は、星型のピアスをちゃらりちゃらりと鳴らし、歯を見せて笑っている。
「よ・・・・・・よかったわぃ・・・・・・。水穂、生き返れた・・・・・・か・・・・・・」
源五郎が、よろよろと水穂と澪に近寄る。
「早乙女先生ーっ! なんでぇ? こんなボロボロに!」
「水穂が倒れている間、早乙女師範があの男にかかっていったんだよ。怒ってさ!」
「先生が? ・・・・・・わーん! 先生! 肘から血が出てるよぉーっ!」
「心配いらん・・・・・・。げふぅ・・・・・・っ! か、かすり傷じゃ・・・・・・」
源五郎の腕には、くっきりと、毒島の攻撃による痕が赤紫色になって残っていた。
「あたしの怒りは、もう、収まらない! 覚悟しなよ、毒島仁英ーっ!」
小紅が目に怒りと気合いを込めて、吼えた。
すると周囲の炎は一気に燃え広がり、七人を囲むように壁となってさらに大きく燃え上がったのだった。




