~ファイル70 優太、人生最大の危機!~
ポコポコポコポコ・・・・・・ ポクポクポク・・・・・・ ゴォォー・・・・・・ン
本堂から、読経の声や木魚の音が聞こえてくる。ふわりとお線香の香りも漂っている。
「小紅や。ほれ、火ぃついたぞぃ。ヤケドすんなよ?」
「はいよー。・・・・・・お花は、もうあげたよ」
小紅は源五郎と、早乙女家の菩提寺へ墓参りに来ていた。
十二月二十三日は、天皇誕生日でもあるが、小紅にとっては両親の命日でもある日。
膝を畳んでしゃがみ、指先と掌を合わせ、静かに小紅は源五郎と墓前へ手を合わせる。
・・・・・・かさかさ かさかさ かさかさ
くすんだ色のイチョウの落ち葉が、風に舞う。
もくもくと立ち上る線香の煙が、風に乗って空へと消えてゆく。
「(お父さん、お母さん・・・・・・。ごめんね。あたしが弱かったせいで、守ってあげられなくて)」
紅色の髪留めが、陽の光できらりと輝く。しばらく小紅は、合掌し、目を伏していた。
源五郎は、そんな小紅を後ろからそっと見つめる。
「よし。・・・・・・じーちゃん。お待たせ! 行こうか」
「いいんけ? 紅一や雪子さんに、語れたかのー?」
「・・・・・・うん。伝えたよ。あたしは元気にやってるって。あと、ごめんね、って」
「小紅が謝ることなかんべ。ありゃ、お前の責任じゃねーべよ」
桶と柄杓を手に持ち、小紅は空を見上げる。そこには大きなアオサギが飛んでいた。
「あたしが当時、一緒にいれば・・・・・・って、ずっと悔やんでてさ・・・・・・」
「お前がいても、大変な目に遭ったのは同じかもしれん。それに、当時のお前では、あの連中に大ケガを負わされていてもおかしくない・・・・・・。どうしようもなかったことなのかものぉ」
源五郎は、寂しそうな目で墓石を見つめ、溜め息をついた。
「じーちゃん・・・・・・。あたしはね、こうなった以上、やっぱりデスアダーをこの手で倒したい! どうしても、その気持ちだけは、曲げられないの!」
「やれやれ・・・・・・。しかし、東京でわしらに仕掛けてきた男、ありゃ相当な腕前じゃった。あんなやつが、もし、まだいるとしたら、それは危険極まりない」
「でもさ!」
「しかも、それを束ねている者が上にいるということだべ? ・・・・・・気持ちはわかるが、決して、自分からやつらに飛び込んでいくことは、するんじゃないぞ? 小紅や・・・・・・。命あっての物種だべ」
「わかってる。・・・・・・でも、そういう場になったら、必ず、その時は・・・・・・」
小紅はゆっくり立ち上がり、耳元の髪を指でさっと直す。そして二人は、墓前から去っていった。
菊の花が、花差しの中で揺れている。線香の煙は、ゆらゆらと、まだ立ち上っていた。
* * * * *
「ふんふーん。ふふーん。ふんふんふーん」
「どうしたの、いちごちゃん? 今日は朝から鼻歌なんか歌ってー」
「だってお母さん。今日はクリスマスイブだよー? 華蓮や安藤ちゃんとね、宇河宮で美味しいの食べてくるんだー。素敵なランチなんだってー」
苺は、鏡を見ながら鼻歌を歌って、ごきげんな様子。
「あまり遅くならないようにね? ごめんね、お母さんも今日は、商店街の組合の忘年会があって、もうすぐ出かけちゃうから。今年は忘年会、一泊二日なんだってさー」
「いいよー。お母さんも、ゆっくりしてきて? あとで、どんなお料理だったか、ウチにお話聞かせてねっ! いいホテルだといいねっ! ウチも楽しんでくるよ!」
「いちごちゃんも、お友達増えて良かったね。こんど、うちにも遊びに来てもらうといいわね。あ、でも、那須野の子は、遠いかしらねー?」
「だいじだよぉ! 華蓮、かっこいい車乗ってるんだよ! スクーターより速いし、ウチが向こうに行くよりも早く、こっちに来られるみたいだもん」
母親とにこにこしながら話す苺は、落ち着いた暖色の私服を着て、トーストをくわえている。
「それと、いちごちゃん。・・・・・・専門学校の件だけど、そこの冬月整骨院のお兄ちゃんが、いちごちゃんの志望しているとこ、通ってるんだって! いろいろ話、聞けたよ」
「え、そうなのぉ! なーんだ、知らなかったぁ! じゃ、今度またマッサージしてもらいに行ったら、いろいろ聞いてみよーっと!」
苺は、コップの牛乳を飲み干し、母親と会話を続け、しばらくしてから身支度を整えた。
* * * * *
「ほんじゃ、華蓮や? あさって、帰ってくるよぉ。留守番、気をつけてな?」
「うん! ゆっくりしてきてね! いい温泉だと思うから。リフレッシュしてきて!」
華蓮は自宅近くの公民館で、マイクロバスに乗った祖母に手を振っている。
自治会主催の、敬老会の忘年会を兼ねた温泉旅行の見送りに来ているのだ。
「華蓮も、クリスマス、お友達と一緒に楽しんでおいでー」
「ありがとう、おばあちゃん。・・・・・・ほんとは、彼氏でもいればいいんだけどね!」
「焦るんじゃないよぉ。お仕事始まったら、いい人に巡り会うさ、きっと」
「そうね! あ。そろそろ出るみたいだね。いってらっしゃい、おばあちゃん!」
「はいはい。じゃ、行ってくるね。お留守番、よろしくねぇー」
バスのエンジンがかかり、二十名ほどのお年寄りを乗せたマイクロバスは公民館を出発した。
華蓮は、小さくなってゆくバスに、笑顔で手を振っている。
「行っちゃった。・・・・・・さて、と。わたくしも出かける準備しなきゃ! 十時までに宇河宮駅前集合か。だから、逆算するとー・・・・・・」
腕時計を見ながら、華蓮はすたすたと自宅まで歩いていく。
華蓮が住む那須白磯市には、雪が舞い、山から冷たい風が吹き下ろしていた。
* * * * *
「ねー、みかん。洗濯、まだやってないの?」
「あ、ごめん。まだ回してない」
「忘れないでよね。みかんは今日、何時に出かけんの?」
「九時四十五分。・・・・・・お姉ちゃんは?」
「もう出る。父さんも母さんも、まだ数日、出張先から戻らないって」
「そう。わかった。北陸だもん、仕方ないよ」
「私も今日は、ゼミの研究が追い込みになるから、大学に泊まる。帰らないから」
「そう。忙しいのね。私も今日は、たぶん夕方までいないよ」
「そうか。出るとき、戸締まりと火だけ、気をつけてよ」
「うん。きちんと確認してから出るから」
「今日は誰と一緒? 彼氏? 友達?」
「友達と。私、彼氏はいないもの」
「いい人できたら、私にも紹介してよ?」
「お姉ちゃんもね。寂しいイブ、いつ終わることやら」
「さぁな。じゃあ、もう行くから。楽しんできなよ、みかん」
「お姉ちゃんも、研究がんばって。行ってらっしゃい」
・・・・・・バタンッ
みかんは玄関先で姉を見送ると、急いでクローゼットから服を取り出し、着替える。
「・・・・・・みんな、どんな服を着てくるんだろうか・・・・・・。このまえ買ったこの服で、いいのかな? ・・・・・・ジャージやスポーツウェアなら、楽なのになー・・・・・・」
部屋で、姿見に映った自分とにらめっこするみかん。
「(・・・・・・クリスマスイブ、か。・・・・・・常盤くんは、今日は何をしているだろう。やっぱり、早乙女と一緒なのか・・・・・・? 電話やメール、私には来てないもんな・・・・・・)」
数分間、みかんは固まっていた。
「あぁ、もう! なぜ私がこんなモヤモヤしなければいけないんだか!」
どすんっ!!
ふるふると頭を振り、部屋に置いてあるサンドバッグを一発蹴ってから、みかんはまた洋服選びを続ける。
その部屋のクローゼット奥には、白い道着と黒い帯が畳まれ、置かれていた。
* * * * *
「お待たせー。わぁ、みかんチャン! その車、かわいいねー」
「三島さんも、インプレッションなんて、すごいね。同じ会社の車でも、私の『ポレオ』とはだいぶ違うなー」
宇河宮駅前の公営駐車場に、華蓮とみかんが愛車に乗って到着。
白いインプレッションと、オレンジ色のポレオが、横並びに停まっている。
二人は車から降り、お互いの車を隅々まで眺めている。
スパパパパパパー ブィーンッ キキッ・・・・・・
「やっほー。早いね、二人とも! わー。安藤ちゃんも、自家用車だー」
「おはよう、苺さん。スクーターも調子よさそうじゃないか」
「冬は寒いんだよぉー。ウチも早く、車の免許、欲しいなー」
手袋と耳当てをしている苺は、キラキラした目で細かく跳ねまわる。。
華蓮とみかんはそれぞれ、白とベージュのロングコートを羽織っている。
首に白くもふもふしたマフラーを華蓮は巻き、みかんはチェック柄の深緑色のマフラーを巻いている。
「じゃあ、どうする? 時間的にまだ、レストランとかは、空いてないから・・・・・・」
「私の車で良ければ、ドライブしてもいいけど?」
「わー。安藤ちゃんの車、かわいいね! ウチ、乗ってみたーい」
「わたくしも、乗ってみたいわ。いいかな?」
「いいよ。じゃあ、適当にドライブしてから、美味しいお店行くとしようか!」
「「 賛成ーっ! 」」
二人はみかんの車に乗り込んだ。車内には、甘い香りの芳香剤のビンや、羽で出来た飾りがある。
シートには、桃色のカバーがかけられている。
「どうする? 宇河宮の環状線でも流してみようか?」
「そうね。一周してくれば、時間も潰れるし。それに、途中、いいお店があれば、みんなで寄ってみましょう?」
「楽しみだなー。運転、よろしくねっ! 安藤ちゃん!」
「うん。安全運転でいくよ。クリスマスイブに何事かあっちゃ、まずいもんね!」
みかんは駐車場を出て、環状道路の方へ車を走らせていった。
* * * * *
「・・・・・・ぃ。・・・・・・ーい。・・・・・・おーい。小紅よぉ? 出かけんじゃなかったのけ?」
源五郎が、小紅の部屋の襖を叩く。
その声と音で、布団がぶわっと吹き飛び、小紅は寝床から飛び起きた。
「ね、寝ちゃったぁーっ! やっばぁ! ・・・・・・優太、先にもう行っちゃったかな!?」
小紅は寝坊したようだ。大急ぎで顔を洗い、歯を磨き、パジャマから洋服に着替える。
「くっそぉ。なんで目覚まし時計、粉々になってんのよぉ! やっばーい!」
「組手の夢でも見てたんかや? 明け方、とんでもねぇ音がしてたぞぃ!」
「急がなきゃ! ねぇ、じーちゃん! あたしが寝てる間、優太から電話とかなかった?」
「優太くんなら、直接来たぞぃ? JR柏沼駅で待ってるってよ。早く行ってやれー?」
「あー、もぉー。やばいって。シャレになんないよ!」
小紅は部屋からいつもの髪留めを持ち出し、洗面台の前に立った。
・・・・・・ピチュピチュ ピーチョピーチョ ピーチョチョチョ・・・・・・
プアアアァーン プシュウー・・・・・・
スズメやジュウシマツが、ホームの向かい側の竹林で、鳴いている。
優太は、駅前のロータリーにあるベンチに座って、小紅を待っていた。
「小紅ちゃん、まだかなぁ。・・・・・・ま、いいか。そのうち来るよねー・・・・・・」
駅から出てくる、たくさんの人々。優太は、空を見上げて雲の流れを目で追っている。
ブロロロロロ・・・・・・ グォォン グォン・・・・・・
すると、優太の目の前に、車が一台停まった。
「ん? 変わった車だなぁー」
・・・・・・ガチャ ・・・・・・ギュピッ ギュピッ
「(観光客かな? 大柄な人だなぁー)」
その車から、分厚い革製のブーツを履いて、真っ黒なトレンチコートを羽織った角刈りの外国人が降りてきた。運転席や前の座席からも、黒いスーツを着た男が降りてくる。
「・・・・・・え? ・・・・・・え!」
スーツの男たちは、ベンチに座る優太の横を塞ぐようにして、仁王立ちした。
そして、角刈りの男が、優太の正面に立つ。
それは、毒島の側近である、あのブン・タンだった。
「常盤優太、デスネ?」
「(なっ、なんだ、この人たち・・・・・・。ふ、普通じゃない・・・・・・)」
優太は一瞬でその異様な雰囲気を感じ取り、その場から逃げようと駆け出した。
しかし、ブンの横を駆け抜けようとした優太だったが、ブンは拳で優太の後頭部を叩き、その場で優太は地面に倒されてしまった。
「う・・・・・・ぁっ・・・・・・」
「運ベ・・・・・・。連レテイクゾ・・・・・・」
スーツの男たちによって、意識を失った優太は車のトランクに押し込められ、連れ去られた。
その間は、わずか二分足らずの出来事だ。
「ブンさん。・・・・・・あの店の地下にある、毒島様の部屋へ運びますか?」
「イヤ。イツモノトコロニ、今日ハ毒島サマハイナイ。・・・・・・大矢観音ニ向カエ」
「承知しました。そちらに向かいます」
優太を乗せたブンの車は、そのままどこかへ走り去っていった。
まさか、優太がこんな目に遭っているなどとは、小紅は知る由もない。




