~ファイル69 安藤みかんは馬元誠司を撃退す~
・・・・・・ぎしり ぎいぃ ぎしり・・・・・・
「・・・・・・と、いう状況になりました。いかがいたしましょうか?」
「まったく・・・・・・。とんだ大口でしたよ・・・・・・。五行節には、失望しましたねェ・・・・・・」
「それでは、毒島様・・・・・・?」
「必要ありませんねェ。・・・・・・消しなさい。また、新たな実働部隊を、作ればいいことですからねェ? 廃棄処分ですよ・・・・・・」
「・・・・・・はっ! 手下にその旨、すぐに伝えます!」
「お待ちなさい、針実さん・・・・・・。手下に伝令をするのなら・・・・・・」
「? は、はっ!」
毒島は、ブランデーグラスを片手に持ち、酒を飲みながら針実に指示をする。
「・・・・・・デスアダー傘下の者を全員、すべて、あの場所に集合をかけなさい!」
「え! ぜ、全員・・・・・・ですか!」
「そぉです・・・・・・。ボクに忠誠を誓っているんでしょう? その者たちに、仕事を与えましょう。だからまずは、全員集まらないとねェ。下っ端含め、全員ですよ?」
妖しく不敵に笑う毒島。その口元からは、きらりと光る鋭い犬歯がうっすら見える。
「か、かしこまりました! ただちに、集合をかけます!」
針実は毒島の部屋を出ていった。
「・・・・・・ブンさん・・・・・・」
「ハッ!」
「・・・・・・エサをそろそろ、手に入れましょうかァ。・・・・・・いいエサがいますよねェ・・・・・・」
・・・・・・ぎしり ぎしり ごきゅんっ
大きなグラスに注がれていた、飴色のブランデー。
毒島は、ゴロゴロと宝石のついた指輪を不気味に光らせ、ごくり、ごくりと、ゆっくりブランデーを飲む。
「・・・・・・さらいなさい」
「ハ、ハッ! アノ・・・・・・誰ヲ?」
「常盤優太ですよ!」
「トキワユウタ! ・・・・・・早乙女小紅デハナク、常盤優太、デスカ?」
「そうですよ? なにか、ご不満ですかァ?」
「イ、イエ・・・・・・。ソレデハ、部下ニ、拉致ノ手配、スグニサセマスノデ・・・・・・」
ブンも、慌てて毒島の部屋を出た。
毒島は、ぎりっと歯ぎしりをし、ブランデーグラスを思い切り壁に叩きつけた。
グラスはまるで粉雪のように、細かく粉々になって砕け散った。
* * * * *
大粒の雪が降る夜。宇河宮のオオイヌ通りには、行き交う人の姿はまったく見えない。
その端で、ゆらりゆらりと怪しくふらつく影がひとつ、揺らめいていた。
「ああぁーー・・・・・・。あー・・・・・・。は、はっぱ! ・・・・・・ほえぇ? はっぱー・・・・・・」
それは、かつてみかんを襲って小紅に蹴り飛ばされた、あの男。馬元誠司だった。
二斗刑事は、地元の若手刑事と共に、馬元の行動を見張っている。
「あぁー・・・・・・うぅー・・・・・・。おでは・・・・・・きんめだる・・・・・・。おでと、あそぼおぉぉ!」
うっすら黄緑色のよだれを垂らし、両目の焦点も合わずに、廃人のごとき姿で歩き回る馬元誠司。
常に持ち歩いている空き缶には、有機溶剤のような液体が入っているようだ。
「あー・・・・・・。ほえ? ごみばこだぁー・・・・・・。はっぱー・・・・・・。お、おくすりー」
馬元は、ふらふらと千鳥足で、居酒屋の裏手にあるゴミ箱を漁っている。
「あいつか、馬元誠司は・・・・・・。向こう側に、配置は出来ているな?」
「はい! ・・・・・・とても、元国体選手には見せませんね・・・・・・」
「薬物におぼれた、落ちぶれた姿なのだろうな。・・・・・・こちら、二斗。捜査員は・・・・・・」
二斗刑事は、黒いセダン型の車の中で、無線機を使って他の捜査員とやりとりをしている。
「あー・・・・・・。はっぱ、ないー・・・・・・。うきょ。うきょきょきょぉー・・・・・・」
次々とゴミを漁り、馬元は次第に、ある店へ向かってふらふらと歩いていった。
「二斗刑事。マル対((対象))、動きました!」
「むっ! よし、あいつを尾行しよう! 気づかれないようにな!」
二斗刑事たちは車から降り、馬元と距離を置きながら、こっそり尾行していった。
すると、馬元の足がぴたりと止まった。
そこは一見、何の変哲も無い黒い壁の飲食店。その裏手にある勝手口に、ふらつきながら馬元は近づき、立ち止まった。そして、汚れた手を震わせ、軽く扉を叩く。
「お、おで・・・・・・。おくすり、はっぱー、かうよぉー・・・・・・。ぽわぽわぷー・・・・・・」
すると中から、これまた一見して普通な、若い男の従業員が出てきた。
「(二斗刑事。あの店のようですね、馬元にヤクを与えているのは)」
「(見た目は全く普通の居酒屋だな。だが、デスアダーと関係が深いかもしれん!)」
「(もう少し、様子を見てみましょう!)」
従業員の男は、周囲をきょろきょろと確認すると、扉で隠すようにし、馬元へ小さな茶色い袋を渡す。そして、馬元から数枚の紙幣を受け取ると、すぐに扉を閉めてカギをかけた。
「ほえぇー。・・・・・・おくすりだぁ。・・・・・・おでの・・・・・・おくすりはっぱー・・・・・・」
馬元はその袋をくしゃりとポケットに突っ込み、また、ふらふらと歩いてゆく。
その先からは、大学生らしき女性が二人、おしゃべりをしながら歩いてくる。
「ほぇ? ・・・・・・んげげ。・・・・・・おでの、このみだぁー・・・・・・。びゃー・・・・・・」
そして馬元は、その女性たちに向かって、一気に走り出した。
「「 きゃあーっ! 」」
オオイヌ通りに響き渡る悲鳴。振り向いて女性たちは逃げるが、馬元はあっという間に女性二人に追いついた。力任せに一人を殴り飛ばし、馬元はもう一人の女性に馬乗りでのしかかった。
「んぎょー・・・・・・。おでと・・・・・・あぞぼぉぉー・・・・・・。ぷきょぉー・・・・・。んげぐぐー」
恐怖で縮み上がる女性二人。馬元は、馬乗りで女性の顔をバシバシと殴りつけている。
そして、女性のハンドバッグから財布を奪い、さらに、服をビリビリと破り始めた。
「二斗刑事っ!」
「うむ! 捜査員全員、ただちにマル対を確保だ!」
一気に刑事たち五名が、馬元を確保しに走った。そして、取っ組み合いの大捕物となった。
「・・・・・・うぅるるぉあっしゃぁーいっ!」
二斗刑事が、オオイヌ通りの石畳の上に、馬元を投げ飛ばす。
しかしダメージがないのか、ぬうっと立ち上がり、馬元は一気にダッシュ。凄まじいスピードで走り、逃走を始めた。
「くっ! しまった!」
「二斗刑事! こちらの女性二人、命に別状は無さそうですが、すぐ救急車を手配します」
「すまん。頼んだぞ!」
若手の刑事二人と二斗刑事が、馬元を追う。しかし、馬元の足の速さはものすごい。一般的な男性の走るスピードでは到底追いつけない。
「びゃびゃびゃぁー・・・・・・。お、おで・・・・・・はやい・・・・・・。きんめだるだぁー」
・・・・・・ざっ ざっ ざっ
全力で走る馬元の前には、ゆっくりと、スニーカーを履いて歩いてくる少女の姿があった。
「い、いかん! きみ! 危険だ! その男から離れるんだーっ!」
二斗刑事が、その少女に向かって叫んだ。オオイヌ通りのアーケードに声が反射し、響く。
「ほえ? ・・・・・・ぷにゅぷにゅだぁー・・・・・・。おでと・・・・・・あぞぼぉー・・・・・・」
・・・・・・ドゴシャアッ! ベキャアァァッ! ドシャアアンッ・・・・・・
その時、炸裂音のような音と共に一瞬で馬元の顎は撥ね上がり、真横のゴミ置き場に全身勢いよく吹っ飛んでいった。
「な、なんと!」
驚く二斗刑事ほか二名。その目の前には、凜とした黒い目を光らせる少女が佇む。
「・・・・・・この男、早乙女にやられても、懲りずにまだ同じようなことをしていたとはな」
馬元を吹っ飛ばしたのは、みかんだった。
手には、近くにある百貨店の紙袋を持ち、黒い上下のスポーツウェアを着て、何事も無かったかのようにクールな表情で立っている。
二斗刑事たちに向かって、そのまま無言でぺこりと頭を下げ、みかんは去って行く。
「(まるで、早乙女さんのような腕前だな・・・・・・。宇河宮にも、あんな子が!)」
その後ろ姿を黙って見つめる二斗刑事。そこに白く舞う、大粒の雪。
みかんは、雪夜の闇に溶け込むかのように、静かにゆっくりと姿を消していった。
* * * * *
「二斗刑事! 馬元誠司を無事、確保しました!」
「ご苦労様。女性たちはあれから、大丈夫だったかね?」
「顔を少し負傷していましたが、大したことは無さそうです。意識もハッキリしています」
「そうか。よかった。・・・・・・それで、先程の店は?」
「いま、他の刑事二名で、見張っています。デスアダーの拠点かどうかはわかりませんが、関連があるのは間違いなさそうです!」
「そうか。では、引き続き、張り込みをしよう!」
ブーッ ブーッ ブーッ
二斗刑事の携帯電話が震えた。発信者は、久保巡査のいる柏沼北交番からだ。
「すまない、ちょっと電話だ。あとは、頼んだぞ。・・・・・・もしもし、二斗です」
「〔忙しいところ申し訳ありません。久保です。二斗刑事、毒島仁英の新たな情報が!〕」
「なに!」
「〔水上丈の手下であったデスアダーの者が、毒島の写真を持っていたようで・・・・・・〕」
「なんと! よし、わかった! すぐにそちらに向かおう!」
・・・・・・ピッ
「みんな、すまない。ちょっと所用で、柏沼に戻る。よろしく頼みます」
「はっ。あとは、我々でやります。後ほど、報告いたします」
二斗刑事は、車に乗って柏沼市に向かう。
「(毒島の写真。・・・・・・いったい、毒島仁英とはどんな容貌の男なのか・・・・・・)」
ブロロロロロ・・・・・・ ブロロロロロー
神妙な面持ちの二斗刑事を乗せ、車は真っすぐに、西へ走っていった。
* * * * *
「あら、澪! 今日は水穂と一緒じゃないのね? ・・・・・・あ。今日は部活ないんだっけ」
いつもの花屋で小紅はアルバイト中。クリスマスローズの鉢を、棚へきれいに並べている。
「えっと、小紅サン。・・・・・・花束、ひとつ、できますか? 小さいのでいいんですが」
澪は、頬を少し赤らめ、眼鏡をくいっと指で直した。
「花束? うん、できるよ? ・・・・・・クリスマス用でいい?」
「はい。お花は、お任せします」
「わかった! ちょっと待っててね。・・・・・・えーと、包装フィルムとリボンはー・・・・・・」
小紅が花束を準備している脇には、白と黄色の一輪菊が束になってまとめられている。
「・・・・・・しかし、まさか澪がねー」
にこにこしながら、小紅はてきぱきと花束を作る。カラフルな花々が、まとめられてゆく。
「はい? ・・・・・・意外でしたかね?」
「まぁー、ね。・・・・・・でも、ほら。あたしにこっそりメールで相談してたでしょ? 初めはたまげたけど、何だかんだでよかったじゃん! 澪なら、だいじだと思うよ!」
「ありがとうございます。・・・・・・わたしは、それで怠けて気が緩むことはないので。でも、どっちかっていうと、向こうが今、緩んじゃって。受験生なのにー・・・・・・」
小紅は澪に、きれいな花束を包み、代金を受け取ってレシートと一緒に手渡した。
「あいつ、変なとこ緩いもんなー・・・・・・。まっ、仲良くやりなよ! 前主将と現主将で!」
「小紅サンも、優太サンといいクリスマスを。でも・・・・・・不純異性交遊はいけませんよ?」
「なっ、何言ってんのよ! 優太とはまだ、そんなんじゃないってば。もぉーっ!」
二人とも頬を赤くし、笑い声に合わせてお店の花が揺れる。
小紅は澪を見送った後、ガーベラやポインセチアの鉢を抱え、くすっと笑って冬空を見上げていた。
どこからか、花屋に澄んだベルの音が響いてくる。
街はいつしか、クリスマスムード一色になっていた。




