~ファイル7 源五郎と大円流合気柔術~
しとしとしとしと・・・・・・ ぱらぱらぱらぱら・・・・・・
小雨の音が、屋根に細かく響く。久々の、雨。
庭木のアジサイも、鮮やかな青を緑色の中で際立たせている。
「ふぁー・・・・・・。じーちゃん、おはよ・・・・・・。今日は、雨かー・・・・・・」
「まったく。第二土曜日で休みだからって、昼近くまで寝てるねぼすけめー」
「だって、さすがに昨夜は、ちょっと疲れが出てたんだもん。いーじゃん。休みなんだし。あー、顔洗っても、眠気がとれないわー・・・・・・」
小紅は、寝ぐせでくしゃくしゃになった髪を、指でさっと梳く。まだ眠そうな目で、あくびをしながら茶の間に座り、パジャマ姿のまま、ちゃぶ台に突っ伏した。
「来週は、高校の大会なんだべや? 最後の夏大会なのに、真剣味がないのぉー・・・・・・」
「インターハイ予選かー・・・・・・。まぁ、組手試合も形試合も、適当にやるからいいよー」
「そんな意識じゃ、真剣に稽古してる子たちに、申し訳ないわいっ。・・・・・・わしの孫が、こんな、ねぼすけのバカタレだとはのぉー・・・・・・。やれやれじゃわ・・・・・・」
源五郎は、呆れている。甘納豆を食べながら、陶器の湯飲みで緑茶をすする。
「別にいーでしょ。サボるとは言ってないんだからー。・・・・・・って、じーちゃん、テレビ、何見てたの? 地元ニュース?」
「ほれ! お前と同じ年頃の子が出てんだ! まったく。えらい違いだのぉー・・・・・・」
テレビのチャンネルは、地元ローカル局の「とちのはテレビ」。
県内のローカルニュースや、観光スポット、イベント情報、お悔やみ情報などを放映している、独立局だ。
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「本日は、那須野町! 今日は、観光PR大使のカレンちゃんがゲストでーす!」
「こんにちはーっ! わたくし、那須野観光PR大使の、三島華蓮でーす!」
「カレンちゃんは、県立那須野高校、観光リゾート科の三年生! 何か、ひとこと!」
「はぁい! しっかり高校で学んで、地元をもっとPRしたいです! 頑張ります!」
「そんなカレンちゃん。那須野の温泉が大好きで、他にも様々な趣味をお持ちとか?」
「体を動かすのも好きです! 美容と健康のため、太極拳っぽいものも少々・・・・・・」
「すごいですね。おうちは那須野町ですか? ご家族も活躍、喜んでるでしょうねー」
「えーとですね、家は、隣の那須白磯市で、祖母と二人暮らしなんですー・・・・・・」
「あっ、そうでしたか。じゃあ、おばあちゃん孝行、たくさんしてあげて下さいね?」
「祖母を支えながら、わたくし頑張ります! 他に、やるべきこともあるので・・・・・・」
「何か別な目標もあるんですね? 頑張って下さい! 以上、カレンちゃんでしたー」
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とちのはテレビ特有の、地元密着型の実にローカルな番組だった。小紅は、頬杖をつきながら、それをぼーっと見ている。
「小紅とちがい、しっかりしてて可愛い子だんべ。お淑やかさと、元気良さがえーのぉー」
「観光PR大使ぃ? 地元アイドルみたいなもんじゃん。・・・・・・ふっ。若いうちだけねー」
「まぁったく! なんでお前は、そうひねくれたことをー。あ、妬んでんのけ?」
「そんなわけないでしょーよ! ・・・・・・でも、今の子もさ、ばーちゃんと二人暮らしって言ってたね? それについては、あたしとどこか似た状況だなー・・・・・・とは思ったね」
小紅は茶箪笥から団子を取り出し、もぐもぐと食べている。いくつ食べる気なのだろうかというくらい、頬張っている。
「・・・・・・さて、小紅。・・・・・・お前が昨日手合わせした、朝霧さんだが・・・・・・」
「そういや、じーちゃん、あの大円流合気柔術のこと、知ってたの?」
「知ってたも何も、わしゃ、五十年前に、あの朝霧さんの祖父と、手合わせしとるわい!」
「え!」
源五郎の発言に驚いて、小紅は団子を頬張るのをやめた。
「今は・・・・・・平成十二年か。うん、戦後ちょっと経った頃だから、五十年前じゃな。当時はお前たちのように、競技試合なんぞが発展してるような時代じゃなかった・・・・・・」
小紅は、テレビを見ながら語る源五郎の話を、真剣に聞き始めた。
「当時のわしは、まだ二十代。お前のばーちゃんと出逢う前で、腕試しもあちこちで行っていた、血気盛んな頃だったべや。競技なんぞ無いから、『掛け試し』という方法でな」
「掛け試しねぇ・・・・・・。あたしが、ろくでなしを倒しに行くのとは、ちょっと違うよね?」
「違かんべね。掛け試しは空手家同士、または、武道家や武術家同士がよ、街中や野っ原で、互いの技を出し合って闘うもんだべ。小紅のは護身、または、勝手な私闘じゃわー」
「はいはい。わかったよ。・・・・・・で? その掛け試しで、どーしたのさ?」
「元、江戸時代の美布藩。いまの美布町にな、そこに腕の立つ柔術家がいると聞いてな? わしゃ、朝霧甚九郎という、あの大円流合気柔術唯一の継承者に、挑んだのじゃ・・・・・・」
表情を険しくして話を続ける源五郎。
座椅子に寄りかかってその話をじっと聞く小紅。
「・・・・・・じーちゃんの表情見てれば、どんなだったか察しがつくよ。予想以上に強かったんだろ? その、大円流合気柔術の継承者。つまり、苺のじーちゃんがさ?」
「わしゃ、甘く見とったんで、負けた。他の柔術家も下してたし、タカをくくっとったな」
「え! じーちゃんが、負けたの! てか、じーちゃんも、腕試し好きだったのかー」
「あの武術は、江戸時代、幕末の動乱の最中に生まれたもの。技術体系も、護身術などという生易しいもんではなく、本来は殺傷が目的のもんだべ。美布藩でのみ、ひっそりと受け継がれてた強力な武術に、この平成十二年に、またこうして出遭うとはのぉー」
「ひっそりと、ってことは・・・・・・。空手みたいに道場や教室は、あちこちにないよね?」
「おそらく、昨日の子の血筋のみだんべなぁ、正統な継承をしてるのは・・・・・・。
「すご! あたしと同い年で、そんな伝統ある武芸の正当な継承者だなんてさ!?」
「小紅や、お前は、運が良かったんじゃ。あの子の技は、まだまだ、真価を見せておらん。本気でやられたら、危ないところだったかもしれん。やれやれじゃ・・・・・・」
「苺の技術、そんなすごかったんだ! あたしもこりゃ、うかうかしてらんないっ! じーちゃん! 稽古つけてよ!」
「なんじゃい、急にやる気出しおってー。どぉれ、じゃ、道場に行くべ」
それから小紅は、道場で源五郎と夕方まで猛稽古を続けた。
外では雨がもういつの間にか止み、雲間から白い光が射しこんでいた。。




