~ファイル63 時をかける中華の味~
「・・・・・・で、なんであんたらと、ここで会っちゃうかなぁ・・・・・・」
小紅は、苺と華蓮の目の前で複雑そうな表情をし、顔に両手を当てている。
「こっちのセリフだよーっ! 優太クン、今日は小紅とデートなんだぁ?」
「わたくしも、まさか、小紅チャンと優太クンが二人で来るとは思わなかったー」
苺と華蓮は、優太の手を引いて、パイプイスに座らせた。
「あたしたちは今日、じーちゃんに連れてきてもらったんだよ。ほら、じーちゃん、そこに座ってんじゃん」
「え?」
華蓮は、小紅が指差した方へ目を向けた。
そこには、顔を赤くしてにこにこと頬笑む源五郎の姿が。
「小紅やー・・・・・えーと、こちらは友達け?」
「じーちゃん! ほら、以前テレビで見たじゃん! 那須野の観光PR大使やってる、三島華蓮だよ! うちにも泊まったって話したじゃん! そっちは苺。覚えてるでしょ?」
「んー・・・・・・。朝霧さんは覚えとるが、三島華蓮さんは、会うの初めてじゃわぃ!」
源五郎は華蓮と苺の方へ近寄り、白い口ひげを指で撫でながら、ほふほふと笑っている。
「初めまして。小紅チャンのおじいさま。三島華蓮です。よろしくお願いします!」
「おぉー。これはこれはご丁寧に! 小紅とちがって、上品な子じゃわぃ!」
「じーちゃんっ! ・・・・・・ひっぱたくよ?」
「冗談だんべよー。・・・・・・朝霧さんも、ごぶさたじゃの。今日は、お手伝いけ?」
「はい! 小紅のおじいちゃん、お元気そうで何より! また、遊び行っていーですか?」
「いつでもおいで。ただ、手合わせはほどほどにな? ふぉふぉふぉふぉ」
「ありがとー。・・・・・・って、小紅? 左手、どうしたの?」
苺は小紅へ駆け寄り、左手をまじまじと見つめた。
「これはー・・・・・・デスアダーをぶっとばした傷かな。もう、大したことないから!」
「ふぅん。・・・・・・ねぇ、また五行節ってやつにやられたの?」
「そう。・・・・・・千寿山公園のあと、変態マッチョと、ヨーヨー野郎と・・・・・・。大変よ!」
華蓮は小紅と、周囲を見回してから羽子板で口元を隠し、小声で話している。
いつの間にか優太は源五郎とテーブル席に座って、シューマイをぱくぱくと食べていた。
「ハイハイ、メンマチャーシュー、お待ちどおアル! コチラ、パーコー麺だったネ!」
「今日は、五つの市町村が出店してるの。あのパーコー麺のお店も来てるのよ。ほら、あのおじさん! 今日はわたくしに、休憩時間中も中華料理教えてくれたのよー」
「なんか華蓮、やたら気に入られてたよね? 小紅も、パーコー麺、食べていけば?」
「そうしようかな! ・・・・・・って、何で優太もじーちゃんも、もう食べてんのよぉ!」
小紅はチャーハンとシューマイとパーコー麺を注文し、一人で勢いよく平らげてしまった。
* * * * *
イベント会場の各テントでは、ところどころ片付けが始まっていた。
「いやー、あたしお腹いっぱい! たくさん食べたし、話したし、楽しかった!」
「小紅ちゃん、食べ過ぎだってー。すごい量だったもんー」
「わたくしも楽しめたわ! やっぱり、このメンバーが集うと、話が弾むね!」
「ウチも、いろいろ新しい話聞けたしーっ! 優太クンが持ってる、その若葉色のハンカチが、まーさか小紅のプレゼントだったとはねー」
「小紅チャンが花屋さんで働いてるのも、知らなかったものねー。みんな、いろいろな時が流れてるって実感するね!」
「ねー、小紅? 車の免許はいつ取る予定なのー?」
苺が、首を傾けて小紅の方を向いた。小紅は、源五郎を揺り起こしている。
「え? まだだよ。そこまでの余裕が、いま、ないもんー」
「そっか。ウチは高校卒業してからかなぁー。それまではスクーターだねー。華蓮はもう、スポーツカー乗ってるってのがすごいよねぇ! 今度、ぜひ、乗せてよー」
「もう少し運転が上手くなったらね。でも、みんなでドライブは、行きたいねっ!」
華蓮はテーブルや椅子を片付けながら、にっこりと笑う。
さりげなく、優太も他のスタッフと一緒に、テントの片付けを手伝っていた。小紅もそれを見て優太に合流し、一緒に手伝っている。
「小紅チャンのおじいさまも、またお目にかかれたら嬉しいです! おうちにも、遊びに行きますね! 今日は来て頂き、本当にありがとうございました!」
華蓮は、小紅に起こされた源五郎へ、優しくウインク。そして、深々と頭を下げた。
「いやぁー・・・・・・小紅と優太くんの息抜きがてらじゃったが、こうして知り合えて、わしも楽しかったぞぃ。三島さんも朝霧さんも、小さくて狭い家じゃが、いつでもおいで?」
「ありがとうございます! おじいさまも、お体に気をつけてくださいね!」
華蓮は源五郎に再度、深く一礼。笑顔で軽く手を振り、片付けの手伝いに入った。
* * * * *
祭りの後の静けさ。栃木イベント会場のテントは、どのブースも完全に片付けられた。
橙色の裸電球が点り、羽子板市はまだ続いている。
「最後まで手伝ってもらっちゃってごめんね! 小紅チャンたち、お客さんなのにー」
「いいよいいよ。あたしも優太も、自分からやってたことだもん。ね?」
「うん。ぼくも、ちょっとは役に立ちたくて! 華蓮さんも朝霧さんも、お疲れさま!」
優太はおでこにうっすらと浮き出た汗を、ハンカチでそっと拭った。
「あれ?」
イベントスタッフはほとんど帰ってしまったが、ふと、残っていた人影を、苺は見ていた。
「パーコー麺のおじちゃんだ。まだいるみたいだよー?」
「ヒョホホ! みんなご苦労サマだったアル!」
「いえいえ、こちらこそ。おじさん、わたくしに今日はいろいろ料理まで教えてくれて、ありがとうございました!」
「不客気! ドウイタシマシテ! ちょっとワタシ、アナタ方に、お話あるヨ!」
パーコーは、両手を筒袖の中に入れ、にこやかに笑いながら、眼鏡をきらりと光らせる。
「なに、話って? あたしたちは、帰ってもいいんだよね?」
「そうだね。きっと、スタッフだった華蓮さんや朝霧さんとだよ」
小紅と優太は、荷物を持って、その場から去ろうとしていた。
華蓮と苺は、パーコーが何の用なのか、今ひとつわかっていない感じだ。
「あ! 早乙女小紅サンも、常盤ユータさんも、話があるネッ! ちょーっと、そこの公園まで、お時間ヨロシ?」
「え! なんで、あたしまで? 何の話? ラーメンの作り方とかかな?」
「もしもし、ラーメン屋さんやー。わしらは電車で帰るようでな。話とやらは、すぐ終わるのけ? ・・・・・・ううぃ、ひっく。わしゃ、たくさん飲んでるのじゃ・・・・・・」
源五郎は、相当酔った感じで、パーコーに問いかけた。
「なぁに、三島華蓮サン、朝霧苺サン、早乙女小紅サン、いつも三人、ワタシの店でオイシク食べてるネ! そのお礼ヨ! じゃ、みんな着いてくるヨロシ!」
「「 ? 」」
「小紅ちゃん、よく知ってるラーメン屋さんだったの? 美味しかったよねー」
「・・・・・・そうだね・・・・・・」
華蓮と苺も、話がよく見えないという感じの顔をして、パーコーに着いていく。
源五郎は、覚束ない足取りでふらふらしながら、小紅と優太に肩を借りて歩いていく。
「(ねー、華蓮? ラーメン屋さん、公園でしてくれるお礼って、何だろうねー?)」
「(お礼されるようなこと、わたくしは特にしてないんだけどな・・・・・・)」
「(二人とも。・・・・・・あたし、あんまり人は疑いたくないんだけどさ・・・・・・)」
「「 ((え?)) 」」
小紅は、苺と華蓮の耳元でそっと、小声で話す。
寝そうな感じの源五郎を優太と抱えながら、訝しげな表情で、前を歩くパーコーの背中をじっと目で追っていた。
「(なんで、あのパーコー麺の店主、優太のフルネームまで知ってんのよ・・・・・・)」
「(そう言えば、そうだね? ぼく、あのお店は、行ったことないよ?)」
「(それに見て! わからない? あの人は既に、ただ者じゃない気配を出してる!)」
古い雑居ビルが建ち並ぶ奥に、大きな川沿いにある公園が見え、パーコーは小紅たちをそこまで案内した。
太いサクラの木がいくつも並ぶ中で、ゆっくりとパーコーは振り向く。その表情は、あのラーメン屋の店主のものではなかった。
「「「 ! 」」」
華蓮、苺、優太の三人は、その顔を見て一気に顔色が変わった。
「こ、小紅ちゃん! ラーメン屋さんだよね? なんで、あんな厳しい顔を・・・・・・」
「優太・・・・・・。そこにあるあずまやの中に、じーちゃんといて! これは、やばいかも!」
「う、うん。おじいちゃん起きたら、すぐ、帰るようにしよう!」
「にゃむにゃむ・・・・・・zzZ もう、飲めんー・・・・・・zzZ」
優太は急いで、小紅の羽子板と源五郎を抱え、あずまやの中に身を隠した。
華蓮と苺は、パーコーの異様な殺気と雰囲気を察知。身構えるようにして小紅の横へ並ぶ。
「う・・・・・・うそでしょ? なんで、ラーメン店の人が!」
「むしろ、そんな怪しい雰囲気を全く見せずに、ウチらの近くにいたなんて!」
「・・・・・・まさか、パーコー麺の人が、五行節の最後の一人ってわけなの?」
パーコーは、両踵をぴたりとつけ、筒袖に両手を隠したまま、笑って立っている。
「ヒョホホホホホォッ! ワタシ、いつでもお前タチを殺せる位置にいたネ! なかなか、ブスジマさまのくれたシゴト、実行できなかったアルが・・・・・・。まさか今日、この三人が揃うトハ! チャンス到来ってやつヨ! 一気に、消すネ!」
「待ってよ! わたくしに、あんな丁寧に関わってくれたのにっ、デスアダーの一味なの? どういうことよーっ!」
華蓮が、パーコーに叫んだ。するとパーコーは、袖からするっと両手を出す。その手には、鎖で連結され、三つの節に分けられた棒のようなものが握られている。
「知りたいアルか? 三島華蓮。・・・・・・アナタはネ、ちょっとワタシに特別な関わりネ!」
「? な、何言ってんの?」
華蓮は、眉間に皺を寄せた。パーコーは、話を続ける。
「三島華蓮。・・・・・・アナタ、うり二つネ! かつて、ワタシのもとで働いていた女にネ!」
「え?」
「・・・・・・早乙女小紅! 朝霧苺! ちょっと待つヨロシ! 昔話ネ!」
小紅と苺は、身構えたまま華蓮の顔へそっと目を向けていた。
* * * * *
~~―――。
「ダメネ! そんなんじゃ、火、通らナイ! やり直しネ!」
「す、すみません! またやります。すみません。もう一度だ・・・・・・」
「中華は、火力ヨ! 火を操れない、ダメ! 怖がったらダメ! もっと豪快にヨ!」
「はい! 私は、中華を覚えるんだ! いつか、故郷でお店を出すんだ!」
―――。
「ヤッタネ! うん! 非常好吃! すごく美味しいヨ! ハナコ、ヤッタネ!」
「やった! ・・・・・・どうですか? これで私、張火人の一番弟子に、なれました?」
「文句ないアル! ヒョホホ! 薄葉華子、ワタシの、一番弟子ネ!」
「やぁったぁ! でも、これからまた、修行します! よろしくお願いします!」
―――。
「え? 武術、ですか?」
「やってみるヨロシ! 健康にもイイ。護身術にもなるネ! 息抜きヨ?」
「えー? 私にできますかね? ・・・・・・うーん。じゃあ、まずは趣味程度なら」
「ハナコは、ワタシからイロイロ学ぶヨロシ! じゃ、まず、少林拳の基礎ネ!」
―――。
「こうですか? ・・・・・・面白い! これは、運動になりますね! 気分転換にも!」
「ワタシ、七種類の武術を身に付けてるネ! ハナコには、白鶴拳と八極拳あたりが、オススメになるネ! 毎日、毎日、地味アルが、繰り返すこと、大事ヨ! 料理と同じコト! しっかり、自分、納得いくまで、練り上げるヨロシ!」
「はい! 張店長は、本当に何でも知ってるんですね! 私、心から尊敬します!」
「飲み込みイイネ、ハナコは! 料理も、武術も、筋がイイヨ!」
「いつの日か・・・・・・。私の子に、店長から習ったこと、伝えたいな! 頑張ろうっと!」
―――。
「結婚? ここ、離れるアルか? ・・・・・・そう。寂しくなるネ・・・・・・」
「店長。本当にありがとうございました。・・・・・・栃木の、白磯町という山間の町中で、中華料理のお店を開くことにしたんです。機会があれば、ぜひ、いらしてください?」
「この余戸浜中華街を、ハナコも、忘れないでほしいネ。・・・・・・姓、変わるアルか?」
「はい。入籍後は、三島という姓になります。三島華子です」
「ミシマ・・・・・・。忘れちゃいそうヨ。薄葉に慣れてるヨ! ・・・・・・ワタシが教えた料理も武術も、シッカリやるヨロシ! ハナコ! ・・・・・・有縁千里来相会、ヨ!」
「縁ある者は、千里離れていてもきっと出会える、か。・・・・・・そうですね!」
「元気でやるヨロシ、ハナコ! ・・・・・・后会有期! いつか、またネ・・・・・・」
―――~~。
パーコーが話を終える頃、辺りには雪が舞っていた。
葉のないサクラの枝が、粉雪を乗せた風で、ざわりざわりと大きく揺れている。
華蓮の長い黒髪は風に吹かれ、目元だけを外して、ぶわっと顔にかかった。
「・・・・・・。」
黙ったまま、華蓮はじっとパーコーを見つめて、動かない。
その様子を、小紅と苺は心配そうに見つめる。
「・・・・・・因果とはわからんものネ。好事は門を出でず、悪事は千里を行く。ハナコが亡くなったのは知ってたが、こんな娘がいたの、知らなかったヨ。これも、運命ネ・・・・・・」
その言葉を聞いたとたん、華蓮は髪をばっと手で払い、目を大きく見開いて叫んだ。
「ふざけるな! ふざけるなぁぁーっ!!」
その華蓮の表情は、小紅や苺がこれまで知っていたどれにも当てはまらない、痛ましくも哀しいものだった。
「母を殺したのは、デスアダーなのよ!? その母を殺した組織に、あなたはなぜ、加担してるのよ! ふざけないでよ・・・・・・」
華蓮の大声は震え、近くのビルに響くことなく、風にかき消されてゆく。
「ワタシの一番弟子が、デスアダーによって死に至り、その娘がこうしてワタシの前に現れたのは、奇妙な運命ネ! そしてワタシは、今、デスアダーの五行節アル! 三島華蓮、ワタシをどう見るカ? ・・・・・・親の恩師か、親の仇か、さぁ、選ぶヨロシ!」
「わたくしの武術は、母の形見。・・・・・・その技術は、目の前の、この人から・・・・・・?」
パーコーは、持っていた管のようなものを一気に片手で振った。
するとそれは、乾いた音を響かせ、三つの節々が一気に固まって一本の棒に変化した。
「華蓮! 心を落ち着かせて! いま、あたしらの目の前にいるのは、デスアダーだ!」
「ウチら三人の、共通の仇だよ、デスアダーは! このラーメン屋さんは、敵だよ!」
小紅と苺が華蓮を落ち着かせようと声をかけるも、華蓮の動揺は止まらない。
「わたくしの・・・・・・母の師は・・・・・・仇であるデスアダー? どうすればいいのよぉっ!!」
華蓮の目から、大粒の涙が零れ始めた。華蓮の心は今や混沌とした状態。
感情が抑えきれなくなり、華蓮はその場に座り込んでしまった。
ビュンバババババッ ヒュルンヒュルン ヒュバババババッ
パーコーは棒を風車のように振り回し、腰を落として、構えた。
黒縁の丸眼鏡に、口元と顎のちょび髭。独特な中華風の三つ編みが、風に揺れる。
「デスアダー、五行節の長! パーコーこと、張火人! この『三節棍』ほか、中国武術の技をもって、私怨はナイが、早乙女小紅、朝霧苺、そして三島華蓮を消させてもらうアル! ブスジマさまから依頼されたシゴト、ここで、完遂させるネ!」
華蓮はまだ、立ち直らずに座り込んだまま。
それを守るかのように、小紅と苺は華蓮の前へ立って構え、パーコーに真っ向から対峙。
あずまやの中から、優太もこっそり顔を出し、様子を窺う。
その時、源五郎がのそりと起き上がり、小紅たちのところへ向かって、ゆっくり歩き出した。
「あ! お、おじいちゃん! まずい。危ないですよ!」
「じ、じーちゃんっ! 危ないって! 優太と隠れててよ!」
「小紅のおじいちゃん! いま、ちょっと危ないことになっちゃってるからさぁー・・・・・・」
源五郎は、右手で首をこきんと揉み、一歩ずつ近づいてゆく。涙を流したまま座り込む華蓮の頭を源五郎はそっと撫で、小紅と苺の間に立った。
「ム? ・・・・・・アナタ・・・・・・ただの爺サンじゃないネ! 早乙女小紅に、どこか、気が似てるネ」
「じーちゃん! いつの間に酔いが? てか、あんなに飲んでたのに、だいじなの?」
「聞こえとったわい、ラーメン屋。・・・・・・まったくもって、ろくでねぇ話だべ! なんだってそんなに、ろくでねぇんだか!!」
冷たい雪が吹雪く中、焦げ茶色の襟巻きを外し、源五郎は怒りをあらわにしつつも華蓮の首にそれをそっと巻いてあげた。




