~ファイル62 栃木を離れ、たまには東京へ~
がやがやがやがや がやがやがやがや
東京下町の古刹、麻草寺。
その参道にある仲美世通り商店街は、多くの観光客で賑わっている。
「いやー、すごい人出だね! でも、こういう雰囲気、あたし好きだなー」
「ふぉふぉふぉ。たまにはよかんべ? さて、わしゃ、また酒をちょっと・・・・・・」
「なんだよ、じーちゃん! 羽子板買ってくれるのが先じゃないの? またお酒って!」
「よかんべな! 小紅と優太くんは、ここで待っとれ? すぐ戻ってくるぞぃ!」
源五郎は、行きの電車内で既にほろ酔いとなっていたが、ふらふらと、またカップ酒を買いに行ってしまった。焦げ茶色の襟巻きと鈍色のコートが、人混みの中に消えていく。
「どーしようもないな、じーちゃんは。もう、アル中じゃんか! あー、恥ずかしい!」
「あはは。きっと、楽しいんだよ。ぼくも今日は誘ってもらって、すごく楽しいよ!」
「ごめんね、受験勉強忙しい時なのにさ? 無理してない?」
「いいんだよー。息抜きも大切だから。一日遊んだくらいで落ちるような学力だったら、もう、それこそ問題外なんだろうしさ?」
「それもそうかー。じゃ、今日はせっかくだから楽しもっか! あたし、部屋に飾る羽子板、じーちゃんに買ってもらうの! 優太も、一緒に見ようよ!」
「うん! ・・・・・・ねぇ、小紅ちゃん。温かい甘酒でも飲まない? そこで配ってるよ?」
「いいね。あたし、寒くってさ! ・・・・・・じーちゃん、どこまで行っちゃったんだか?」
大きな赤い提灯が吊り下がった山門の脇で、小紅と優太は甘酒をもらい、源五郎を待ちながら、二人でほっこりとその味を楽しんでいる。
ほんわりと芳るお酒の香りととろりとした糀の甘みが優しい、二人の甘酒。
「「「「「 きゃー。やられた! 返して! 」」」」」
紙コップの中が酒粕や糀の粒だけになった頃、観光客の悲鳴が響いた。
「何だろう、今の声! 何かあったんだ!」
すぐに、小紅はその方向へ目を向ける。
しかし、人が多すぎて、何が起きているのかを知ることができない。仲美世通りの南側で、トラブルが発生したようだ。
「こ、小紅ちゃん! 何事だろう?」
「わかんない! 何が起きてるんだろう? あっちで、けっこうな騒ぎになってる!」
ざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわ
「えー。ただ今、外国人スリ集団による被害が多数ありました。皆様、お気を付け下さい。集団は、仲美世通りを麻草寺方面に三名で逃走中。危険です。気をつけて下さい!」
警備員が、拡声器で緊急アナウンスをしている。騒然とする仲美世通りに、緊張が走る。
ダダダダダダ・・・・・・ ドカッ ダダダダダダッ ドカドカッ
三名ほどの、中東系の顔をした外国人の男たちが、観光客を押しのけながら逃走中だ。
その男に撥ね飛ばされた小さな女の子は、手首を擦りむいて、大声で泣いている。
「ドケ! オラァ! ドキヤガレィ!」
逃走しながらも、男たちはいくつか観光客のズボンやコートのポケットから、財布を抜き取っている。
リーダー格らしき男を筆頭に、三人が細い路地へ曲がろうとした時、その足がぴたりと止まった。
そこは、小紅と優太がいる場所から、十メートルほど手前の場所。人混みの間から、小紅たちはその様子を見ていた。
「なんだ、あいつら! あれがスリ集団か! よぉし。ここは、あたしが・・・・・・」
「小紅ちゃん、待って! なんか、様子が変だ。よく見えないけど・・・・・・」
「もぉー。あたしもよく見えないんだ。・・・・・・なんであいつら、止まってんだろ?」
ざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわ
「ジジィ! ドケヨ! 邪魔スンナ! ソコドケヨ!」
民衆が突如、ざわついた。
スリ集団の目の前では、カップ酒を持って、いい気分に酔った源五郎が道を塞いでいたのだ。
「んー・・・・・・。なんだんべ? スリ集団っつったかや? 悪ぃこと言わん。盗ったものはちゃんと返せー? ・・・・・・うぃぃ。ひっく。・・・・・・ちゃんと、お金は働いて手にしろぃ」
「ドースンダ! モハメド、早クシネート、警察ガ!」
「ナントカ、ナンネーノカヨ! ソイツ、ドカセヨ、モハメド!」
「ヨシ! コノジジィ、ブッコロシチマオウ! ビッケ! ペニ! ヤッチマオウゼ!」
スリ集団の三人は、飛び出しナイフをパチリと出し、一斉に源五郎へ刃を向ける。
周囲の客も、ざわつく。「お年寄りだ」とか「はやく警察来て」とか、様々な声が入り乱れている。しかし、誰も助けに出る者はいそうにない。
「あれ・・・・・・じ、じーちゃんじゃん! な、何してんのよぉーっ!」
「た、大変だ! 小紅ちゃん、どうしよう!」
「・・・・・・人混みが多すぎて、行けない! あー、もぉ! あそこに行けないーっ!」
その場でぴょんと跳ね、小紅は様子を見ている。
ゆっくりと足下にお酒を置く源五郎。男たちはその時、一気に源五郎へ飛びかかった。
それまで、とろんとしていた源五郎の目が、一気に鷹のような目に変わる。瞬間的に闘気を解放し、左右の男の手首を弧拳と呼ばれる形の拳で弾いた。正面の男には、凄まじい風切り音を立てて手首に蹴りを放った。
三本のナイフが一瞬で宙に舞い、それが地面に落ちる頃には、男たちは地面に転がって気絶していた。
「「「「「 す、すごいぞ、あのお爺さん! 」」」」」
「「「「「 いったい、何が起こったのかしら!!! 」」」」」
周囲からは、感嘆の声や拍手が次第に沸き起こる。
源五郎は照れくさそうにしながら、警察が来る前にそそくさと人混みをかき分け、小紅たちのところへ戻った。
「やれやれ・・・・・・。面倒なことはごめんじゃ。さぁ、騒ぎが大きくなる前に、とっとと羽子板市に行くべ! ほれ。小紅も優太くんも、こっちこっち!」
「・・・・・・じーちゃん、やる時はやるじゃん! あたし、少しだけ見たけど、速かったな!」
「あんな大柄な人たちを、一瞬で倒しちゃった! ぼくは、見えなかったけど・・・・・・」
「ふぉふぉふぉ。まぁ、不可抗力じゃ。できれば、騒ぎはごめんじゃがのー・・・・・・」
艶やかで美しい羽子板がたくさん並ぶ境内へ向かって、三人はそのまま、笑顔で足を進めていったのだった。
* * * * *
「へー。栃木の那須野って町か。今度行ってみます! ありがとうございました!」
「ありがとうございまぁす! ぜひ、いらしてくださーい! お待ちしてます!」
羽子板市の隣で、黄緑色のテントが広げられている。
その中には、宇河宮、那須野、日光東照、美布、麻岡など五つの市町村ブースがあり、それぞれ賑わっている。
そんな中で、知った顔が。あの、三島華蓮だ。
華蓮がPRする那須野町ブースには、また次々とお客さんが来ている。その中には、華蓮と同い年のようなお客さんの姿も見える。
「すごいね! 同年代なのに、こうやって町のPRをしてるなんてさ?」
「えへ。ほんとだね。ヨシ君も、やればー? よし、今だけ明日市市のPR大使だ!」
「那須野町に負けないよーに! くすくすっ。ほらほら、明日市高校のPRしてー?」
「お前らなー・・・・・・できるわけねーだろ。むしろ、双子PR大使とかやれよー」
「無理だよ! むりー。だって、恥ずかしいもんー。愛と二人じゃ、余計に無理ー」
「結とじゃ、PRできないよー。それだったら、ヨシ君とやるもん!」
華蓮と同年代のお客さんは、どうやら同じ栃木から来たようだ。
「あははは。みなさん、仲良いんですね。明日市市ってことは、わたくしと同じ栃木なんですね? 今日は三人で、羽子板市に来たんですか?」
「お寺のうらの『やしき花』って遊園地に遊び来たんですけど、ついでにちょっと寄ってみたんです。こっちの双子が、麻草寺も見てみたいって言うんでー・・・・・・」
「あー。ちがうよー。ヨシ君が、栃木のイベントやってるからって言ったんでしょー?」
「ありがとうございます! 那須野町ブースの他も、ぜひ、見ていって下さいね!」
華蓮はにこやかに接客し、他の町のブースにもお客さんたちを案内した。
このイベント全体のPR大使のようなポジションになっているようだ。
がやがや がやがや ざわざわ ざわざわ
華蓮のブースとは別に、宇河宮ブースの隣にある美布町ブースからは、元気で明るい声が響いている。
「さぁー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、だよっ! 美布のおとうふ。かんぴょう。たくさん買ってってーっ! 朝霧豆腐店のおとうふ、美味しいよーっ!」
「そっちも盛況みたいね、苺チャン!」
「華蓮がばっちり、お客さん呼んできてくれるからねっ! ありがとぉ! 嬉しいよ!」
「まさか、苺チャンも参加してたなんて。びっくりしたよっ!」
「ウチも、まさか東京の麻草で、華蓮とイベントスタッフになるとは思わなかったーっ! 『きれいなまちづくり同好会』は、引退ってないものでねー」
「そういえば、宇河宮のブース、あのお店のご主人も出店してるね!」
「さっきから、パーコー麺やシューマイの良い香りするよね! 華蓮さ、お昼休みで休憩入ったら、一緒に食べよーよ!」
「そうね! それまで、頑張ってPRしまくろう! わたくし、また声出しするからさ!」
「ウチもがんばる! ファイトだね、華蓮!」
ぱぁんっ!
「(ヒョホホ。まぁ、楽しいイベントね。終わったら、シゴト開始するアルね・・・・・・)」
華蓮と苺がハイタッチする様子を、宇河宮ブースで出店しているパーコーが、野菜を刻みながらじっと見つめている。
* * * * *
「見て、優太! やっぱり、最高だぁ! いいもの買えちゃったよー。かっこいーっ!」
小紅は彩り豊かな錦絵の羽子板を持ち、ごきげんな様子。
頭の結い髪を二つともぴょこんと揺らし、スキップして跳ね回っている。
「ねぇ、小紅ちゃんってさー・・・・・・やっぱり、普通の女の子だよねー?」
「は? なによそれー。あたしはいつだって、普通だもん! ひどいよぉ!」
「あ、ごめんごめん! えーと、そうじゃなくってー・・・・・・」
そんな二人を、源五郎はベンチに座りながら、にっこり笑って見つめている。カップ酒は手放さずに。
「そうそう、じーちゃんさぁー・・・・・・」
「んー? なんじゃい? 二つ目は買えんぞ?」
「そうじゃなくって。・・・・・・じーちゃんて、確か、この辺の大学出てるんだよね?」
小紅は羽子板を抱えながら、源五郎へ問いかけた。
「あー・・・・・・。戦前のハナシじゃがのー。ここの、もーちっと先じゃわ・・・・・・」
「じーちゃんって、空手、大学で覚えたの?」
「そーじゃ。・・・・・・戦前の当時、太平洋大学空手道部の主将も務めたもんじゃ」
「すごいですね! えー、そうだったんだ!」
優太も、小紅の横で一緒に驚いている。源五郎はその横で、また、美味しそうにお酒をすする。
「ねぇ、じーちゃん! 戦前、ってことは・・・・・・。戦時中はどうしてたの?」
「むー・・・・・・。戦時中は、東南アジアに送られたな・・・・・・。東京も最終的には、大空襲で焼け野原。広島も長崎も悲惨なことになった。・・・・・・争いなんぞ、ろくでねぇもんじゃ」
「こうして、羽子板市に来られていることが、平和ってことなんですね?」
「小紅や優太くんには、わからんかもしんねぇが、戦時中、わしは嫌と言うほど命の危機を味わったからのー。平和が一番だべ・・・・・・。争いは、無い方がいい・・・・・・」
しみじみと語る源五郎。優太は、黙って頷きながら聞いている。
「でもさ、じーちゃんって、その東南アジアに送られたとき、やっぱり空手でピンチを切り抜けたりしたんでしょ? ・・・・・・あたしには、戦争なんて想像も出来ないことだけどさ」
「まぁな。・・・・・・歩兵銃などは持っていたが、現地での白兵戦では、空手が役に立った。もう、死に物狂いだったな。素手にこだわらず、地形やその場のものを活かしながら、とにかく、生き延びることだけが最優先じゃったわ。もう、あんなのは、こりごりじゃ」
源五郎は、麻草寺の五重塔や、飛んでいる鳩を見つめて、遠い目をしている。
「こうしてな、孫と出かけて、お日様の下で何事もなく平凡に過ごす。それが、わしゃ一番の幸せと思ってんだ? ・・・・・・戦時中は、東南アジアで、だいぶ暴れたもんだしのぉ」
「じーちゃんの若い頃、そんなだったんだー・・・・・・。どんな姿だったんだろう?」
「家に帰ったら、あとで、若い頃の写真を何枚か見せてやんべ。それで、よかんべよ?」
小紅は「うん」と頷き、隣のベンチに優太と座った。
「すごいね、おじいちゃん。・・・・・・でもさ、なんか、小紅ちゃんに通ずるものを感じたよ」
「あたし、じーちゃんの昔話、ほとんど聞いたことなかったもんなー。さっきのスリ集団を退治したのを見て、ちょっと、興味出ちゃったんだよー」
小紅と優太が並んで座るその先には、黄緑色のテントが見える。源五郎は、そっちへ目を向け「あそこにお酒はあるんかのぉ?」と呟いた。
テントからは賑やかな声と、鼻をくすぐる香ばしい匂いが、三人の元へ届く。
「ねぇ、優太もじーちゃんも、そろそろお腹空かない? そこのテント、行ってみない?」
「そうだね。もう、お昼時も過ぎて、お腹空いちゃった。行ってみようか!」
「わしゃ、何かつまみが欲しいのー。どれどれ・・・・・・よっこいしょ。行ってみんべ!」
まさか、栃木のイベントとは知る由もなく、三人はそのテントに向かった。
* * * * *
「二斗刑事! ・・・・・・これを! 新しい情報、手に入りました!」
「これは! ・・・・・・でかしたぞ、久保巡査! 私も、県警本部と連携で合同捜査ができるようになってな。今から宇河宮まで行くのだ。この情報も大いに手がかりになる!」
「そうですか! それはよかったです! ・・・・・・この男をうまく追えば、デスアダーの本拠地を見つけるヒントが得られるかもしれません!」
久保巡査は二斗刑事と、柏沼警察署の駐車場の隅で、書類に目を通している。
「馬元誠司。東柏沼出身、陸上の短距離走で国体出場の経験もある・・・・・・か。この男が宇河宮で、デスアダーらしき者から、違法なドラッグを買っている姿が目撃されたと?」
「はい。間違いありません。場所は、オオイヌ通り付近の路地裏です。宇河宮中央署に勤務する私の後輩が、職務質問をしようと徒歩で近づいたところ、一目散に走って逃げたそうです。速すぎて、とても追いつけなかったとのことで・・・・・・」
「よし。目星を付けて、その付近をこっそり探ってみるとしよう! ありがとう!」
「こちらこそ、お役に立てて何よりです。敵は、何を仕掛けてくるかわかりませんから、気をつけて下さい? 気を抜くと、危険ですからね」
「そうしよう。・・・・・・ジョーこと水上丈をとことん取り調べたが、五行節はあと一人とのことだ。しかも、厄介なことに相当な手練れらしい! 早乙女さんたちの安全も確保しつつ、我々は捜査を続ける。久保巡査も、なにか地域でも情報を得た場合は、頼んだぞ?」
「はっ! わかりました!」
「まずは、馬元誠司を見つける。そこから、奴らの根城を見つけ出すとしよう!」
二斗刑事は、黒いセダン型の車に乗り、久保巡査から受け取った書類を鞄に入れ、そのまま宇河宮方面へ車を走らせた。




