~ファイル41 小紅の心に、別な炎が燃え上がる~
涼しく、心地よい風が吹く朝。
小紅は、庭の鉢植えにジョウロで水やり中。源五郎の盆栽にも、鉢植えと一緒に水をあげている。
「(身体がまだあちこち痛いな。あー、もぉ! タコ覆面のせいで、肌も荒れてるし!)」
ムクドリが数羽、庭に降りてきた。地面をつつきながら、トコトコ歩いている。
「あ! おはよう、小紅ちゃん!」
板塀越しに、優太が手を振っている。胸元ほどの高さの板塀は、年季の入った感じだ。
「ゆ、優太! ・・・・・・おはよ・・・・・・」
「? どうしたの?」
「あ、いや。別にー?」
優太はきょとんとして、ジョウロを持った小紅を見つめている。
「え! あれ? 小紅ちゃん、どうしたのその肌? ちょっとお疲れ気味とか!?」
「(っちゃー・・・・・・。やっぱり優太は気付くよねぇ)」
小紅は一瞬、さっと優太から顔を背けた。
不思議そうな顔をして優太は「どうしたの?」と問う。
「な、なんでもないのよ。たぶん、野菜が足りないんかも。ほら、あたし、料理下手だしさ」
「じゃあ、お野菜たくさん食べなきゃね。あ、果物もいいみたいだよー」
「そ、そっか! そうね! ・・・・・・って優太、そんな話をしに寄ったの??」
「あ! そうそう、小紅ちゃん! ぼく、昨日また不良に絡まれちゃってさー・・・・・・」
苦笑いしながら、優太は頭をぽりぽりと掻いた。
「え! どこでよ! あ! 手首、擦りむいてんじゃん! やったの、そいつらか!?」
「そう。やられちゃって。宇河宮に、特別講習の申し込みに行った時にさー・・・・・・」
「だいじだった!? あたしが一緒なら、優太がそんな傷、負わずに済んだのに・・・・・・」
小紅は、塀から片手を伸ばして優太の手を揉み、眉を下げて表情を歪めた。
「でもね、助けてもらったんだ! すごく強い女の子が倒してくれてさー・・・・・・」
「・・・・・・え!?」
「てっきり、一瞬、小紅ちゃんが来てくれたかと思ったんだけどねー・・・・・・」
「・・・・・・そ、それで?」
小紅は、ジョウロをやや強めにぎゅっと握り直す。
「ぼくの傷を、わざわざハンカチで拭いてくれてさー、すごく丁寧な人でー・・・・・・」
「はぁあ? へえぇ? ・・・・・・その人、優太の知ってる人?」
「いや? 初めて会う人。クールな感じで、小紅ちゃんみたいに強かったよ!」
「・・・・・・だいぶ、優太に、馴れ馴れしくない? ・・・・・・ふぅーん! へーぇ!」
「ねぇ、小紅ちゃん? そんなに握りしめたら、ジョウロ、壊れちゃうよ?」
「・・・・・・いーです! それならこのままあたし、水浸しになって熱を冷ますから!」
「は? 熱? なんか、怒ってない? ぼく、何か悪いこと言ったかな・・・・・・」
「・・・・・・怒ってないもん! 優太は、悪くない! ところでなによ? そのハンカチは?」
小紅は、優太のポケットからちらっと出ている山吹色のハンカチを、じーっと見ている。
「あ! これ、昨日の女の子のやつ。洗って返さなきゃならないねー・・・・・・」
「・・・・・・洗って、返す? 待ってよ。じゃあ、その人に、また会うの?」
「うん。だって、返さなきゃ悪いし・・・・・・」
「いつ!」
「今度の土曜だよ。また、同じ辺りにいるって。電話番号も教えてくれたしー」
「なにぃ! ・・・・・・ねぇー、優太? その日、あたしも、暇なんだけどー? 暇なの!」
優太の目の前で、小紅は表情をコロコロと変えてゆく。
「ど、どうしたの小紅ちゃん? なんか、今日、変だよ?」
「うっさいな! その人、強いんでしょ? あたしも会ってみたいなぁー、って!」
「あ、そういうこと! いいよ。じゃ、土曜日、一緒に宇河宮行こうよー」
「オッケー、優太。今度はあたしが守ってあげられる。その人がいなくてもだいじだよ?」
「ぼくも、もっと強くなりたいんだけどなー・・・・・・。いつもありがとう、小紅ちゃん!」
小紅は、少しだけヒビの入ったジョウロを片手に、板塀を挟んで、優太と笑っていた。
「・・・・・・ねー。お二人さん? 声かけてもいーい?」
「ふふふー。朝から仲良しで、賑やかなことねーっ?」
「えぇ! 華蓮と苺! なに? いつ起きたのさ、二人とも!」
そんな小紅の後ろには、いつの間にか、華蓮と苺が縁側に座って、お茶をすすっていた。
「あ! 県庁のイベントで助けてくれた、華蓮さん! それに、美布の朝霧さん! え? 二人ともどうしてこんな朝から、小紅ちゃんちに?」
「さーぁ? どうしてでしょうねー? 彼氏クン!」
「あ。ぼく、まだ、小紅ちゃんの彼氏じゃないんだけど・・・・・・」
照れくさそうな優太の言葉に、華蓮と苺が、食いついた。
「そこ! それ! その『まだ』ってやつを、ウチらに詳しく聞かせてくださいな!」
「わたくし、気になって、眠れなくなるわ! 二人の関係を、詳しく中で話しましょう!」
ムクドリたちは、苺と華蓮が放った異様な空気を瞬時に察知し、パタパタと飛び立ってしまった。
「ちょ、ちょっと! なに言ってんだ二人とも! だいたい、優太にも都合が・・・・・・」
「おじゃましまーす」
「え! おい! ちょっと、優太ぁ?」
「だいじだよー? ぼくも、まだ時間は余裕あるから。朝だしー」
「そーじゃないんだってばぁ。もぉー・・・・・・。華蓮と苺めー・・・・・・」
屈託のない自然な笑顔を見せ、サンダルを脱いで、玄関に上がる優太。
その時、ポケットからは、山吹色のハンカチがはらりひらりと舞い落ちた。
小紅は少しだけ頬を赤らめていたが、呆れ果てたようにジョウロを放り投げ、玄関へ。
「あ。さっきの、ハンカチ・・・・・・。・・・・・・ん?」
優太が落としたハンカチを、拾い上げた。数秒後、小紅の髪が少しふわりと揺れ動いた。
「嘘でしょ? この刺繍、Mikan.Aって、みかん・A? みかん・安藤・・・・・・安藤みかんっ? 宇河宮でって、ふーん・・・・・・そーいうことかい! そりゃぁ強いよねーっ・・・・・・みかんだもんねぇ!」
引きつった笑顔の小紅は、内心、複雑な感情に火がつき燃え上がっていた。
その頃、何も知らないみかんは、家で一人、くしゃみをしていた。
「(ぴくちっ!)・・・・・・何だ? 突然、凄まじい悪寒が。風邪か? 嫌だな」
* * * * *
「それで、それで? 小紅について、もっと教えてよー。小紅の誕生日は、バレンタインデーだってのはわかった!」
「さぁ、もっと、わたくしたちに教えてほしいなーっ? では、次は、恋バナね!」
「え、えっとー。それは、どう言えばいいのかなぁ・・・・・・。難しいなぁ・・・・・・」
茶の間では、華蓮と苺の二人がちゃぶ台を挟み、優太と小紅についての話をしている。
「優太クンはー、まだー、小紅チャンの彼氏じゃないんでしょ? でも、仲良いよねー?」
「うん。そうだね。幼馴染みだから。保育園、小学校、中学校、高校、ずっと一緒でー」
「なんで、『まだ』なのー? まだってことは、いつか彼氏になるんだよねー?」
「まぁ、小紅ちゃんとはそうなりたいと思っているけど。今は、まだそれが・・・・・・」
「「 きゃーっ! 」」
たどたどしく話す優太の言葉に、苺と華蓮が高い声を出して顔を見合わせた。
「それで、それで? 優太クン、小紅チャンのこと、いつから好きになってたの?」
「小紅、どこ行っちゃったんだろ? まぁ、いいや。まだ彼氏になれない理由、ウチらに、教えてー? 小紅のどこが好き? 二人の秘密とかあるのー?」
「いやー。えっと、うーんと、それはねー・・・・・・」
どか どか どか どか!!
「優太っ!」
「あ、小紅ちゃん。どこにいたの? 朝霧さんが、どこ行っちゃったんだろうって気にしてたところだったよ」
明らかに無駄な力を込めた足音で廊下を歩き、小紅は冷めた涼やかな目をして茶の間へ戻ってきた。
「自分の部屋。ねぇ二人とも、そりゃあたしたちのプライバシーだ! 詮索はだめよ!」
「えー。つまんないなー。・・・・・・まぁ、そーなら仕方ない。ごめんねー」
「つい、苺チャンと、話が踏み込んじゃったわー。優太クンも、ごめんねっ!」
「あ、いや。ぼくは、別に・・・・・・」
小紅は、唇をへの字に曲げ、黙って優太にハンカチを差し出した。
「あ! え? これ、いつの間に?」
「優太、玄関で落としてたよ。・・・・・・このハンカチ・・・・・・」
「え? あれ? 小紅ちゃんが拾ってくれたんだ? ありがとうー」
「優太も華蓮や苺に、あたしらのこと何でもかんでも話さなくていいでしょ! だから、それについては、黙っててよ! あたしの気持ちもあるんだから! 優太のバカーっ!!!」
「ご、ごめん、小紅ちゃん。ちょっと、うっかりしてた。ごめんね?」
語気を強め、小紅はハンカチを手渡すと、ぷいっと後ろを向いて縁側に座ってしまった。
「(なんか・・・・・・ご機嫌ナナメねー、小紅チャン。ふてくされちゃった、かな?)」
「(お腹空いてるのかなー? それとも、女の子特有の不機嫌日和かなー?)」
「(たぶん、なんか、ぼくの言動が、小紅ちゃんの気に障っちゃったんだと思う・・・・・・)」
三人は、足をぷらぷらさせて座る小紅の背中を見つめながら、ゆっくりお茶をすする。
小紅の後ろ姿からは、何とも言えないオーラが滲み出ている。




