~ファイル40 決着! ジッテ&アシッド戦!~
「あたしの勝ちだ! 読みどおり、矢を射るまでに時間かけすぎみたいだね!」
苺と華蓮の二人がジッテと交戦している時、小紅はアシッドへあと五メートルまで差し迫っていた。
「くっ! 射貫いてやるなり!」
・・・・・・ギチチ シュパァン! ・・・・・・カァン!
アシッドは小紅に対し、弓を小さく引き絞って矢を放った。
だが、弦の張りが少なかったためか、矢には、さっきまでの速さと威力はなかった。
フライパンを楯のようにし、小紅は難なく矢を防ぐ。
「さぁ、観念しなよ! デスアダーめ! 弓矢を防げば、こっちのもんだーっ!」
「しかたないなり! ・・・・・・使うとするなり!」
アシッドは、フライパンを振り上げる小紅に向かって、上着のポケットからトリガーのついた小ビンらしき物を出した。
「(なに? もしかして、スプレー!? まずい!! あのパターンだ!!!)」
小紅の脳裏には、水穂と一緒に柿田信好と戦った記憶がまた甦っていた。
・・・・・・ぶっしゅわああぁーーーー ぷしうーーーー ぷしししー
「うあっ!」
アシッドは迷わず、ビンの蓋についたトリガーを引き、得体の知れないものを噴霧。
「(な、なんだこれ! 肌がピリピリ、痛い! とうがらし? いや・・・・・・違う!)」
戸惑う小紅。手に持っているフライパンは、うっすらと湯気のようなものを立て、不快な臭いを放ち始めた。
周囲の気体も、何かが発酵したような酸っぱい感じの臭気だ。
「え! フライパンが・・・・・・。溶けてる?」
「ふはは。化学変化なり! 希塩酸と希硝酸を薄め、独自に複合させた、『希王水』なり。早乙女小紅。いま、おまえの周りには、そのスプレーを撒いたなり。足止めにね!」
「さ、酸っ? だからなんか、吐き気のするような酸っぱい臭いが・・・・・・。うえぇー」
たまらず小紅は、フライパンを投げ捨て、口と鼻を袖で覆う。
・・・・・・ぶしゅわぁ ぶしゅう ぷしうーーーーー
「そのうち、目も開けられなくなるなり! 肌も次第に、荒れ始めるなり! ふふふふふ! この酸のミストの中、まともに動けるか? 長く触れているほど、溶け始めるなり!」
アシッドは、さらに小紅の周りへ希王水を噴霧。大きく一歩下がり、矢を弓につがえた。
たまらず小紅はフライパンを振り回して、酸の霧を散らそうとする。
「こ、この野郎ーっ! あたしの肌を荒れさせて! 女心のわからん、ろくでなしめ!」
「! なに! ひるまないなりか! 下がらず、前にっ!」
小紅はアシッドに向かって、さらに大きく踏み込み、薙ぎ払うような回し蹴りを放った。
その蹴りは、アシッドの弓をへし折り、手に持った希王水の小瓶も弾き飛ばした。
「ゆ、弓が! 希王水が!」
「てえあぁーーーーーーっ!」
・・・・・・ドスウッ! ベキョオッ! ヒュルンッ ドカアッ!
「ご、ごほあぁー・・・・・・」
アシッドのみぞおちには、重く鋭い中段突き、さらに左側頭部へ振り打ち、そして回転力を加えた後ろ蹴りが顔面に入った。三発の打撃を受けたダメージで、ふらりとよろける。
「うぐぬぅ! す、すごい打撃なり。こ、このアシッドの弓を・・・・・・」
「(思ったより、しぶとい! 全力で蹴ったのに!)」
「・・・・・・ただでは、やられんなりよ! すああぁーっ!」
「矢! まだ持ってたの!」
アシッドは、最後の一本である矢を持ち、小紅へ至近距離で投げつけた。
ヒュルンッ パァンッ ヒュバシイッ!
「な、なんと!」
アシッドの投げた矢は、かなたの方向へ飛んでいった。
小紅の両掌が巴を描くように素速く動き、顔に届く前に、弾き飛ばしたのだ。
「危なかった・・・・・・。じーちゃんに習った、スーパーリンペイの回し受けが役に立った!」
そのまま、回し受けの左手をアシッドの顎に掌底で叩き入れ、右手は拳に変えて下腹部へ強く突きを打ち込んだ。
アシッドは、先程のダメージに加え、二つの衝撃を重ねられ、意識を失って崩れ落ちた。
「(飛び道具だけじゃなく、化学薬品まで・・・・・・。こんな危険なやつがいたのか!)」
小紅は、アシッドへ正拳でダメ押しの一撃を加えた。
紅色の髪留めで結った栗色の髪をふわりと振って、華蓮と苺の方へ振り向く。
「華蓮! 苺! あたしも行く! そのイカ覆面を、みんなで倒そう!」
アシッドが完全に倒れたのを確認した小紅は、ジッテに向かって走っていった。
辺りは薄暗く、千寿山公園には白い水銀灯の明かりが、ぽつりぽつりと、点り始めた。
* * * * *
「はぁ、はぁ。・・・・・・やるわね、この、イカの男! 防御力も、すごい・・・・・・」
「だね・・・・・・。華蓮、こうなったら、ウチがあいつの両腕を封じる。追撃、お願い!」
「わかったわ! ・・・・・・苺チャン! よろしく!」
華蓮と苺は、息を切らせながら、ジッテとの肉弾戦を続けていた。
小紅がアシッドと戦っている間、苺は「水蓮」をジッテに仕掛けたが、不発。さらに華蓮が蹴りによる打撃を浴びせたが、受け止められ、地面に投げられてしまった。
二人の様子を窺いながら、ふと、横目でアシッドを気にしたジッテは、目を見開く。
「(なんと! アシッドが・・・・・・やられたでありますか?)」
「どっち見てんの! さぁ、捕まえたよっ!」
「うぬ!」
その瞬間を逃さず、苺は踏み込んで、ジッテの両手首を掴んだ。
「ハアァイィーーッ!」
「うぬお?」
苺が頭を下げると、その後ろから華蓮がジッテの顔面へ、一直線に縦拳の突きを放った。
・・・・・・バシイィーッ!
両腕を封じられたジッテ。防御できずに、華蓮の突きがクリーンヒット。
「はあぁいやぁーーっ!」
そして苺が、ジッテの両腕を交差して担ぎ上げ、相手の両肘関節を固めたまま、一気に前へ投げ飛ばした。
切れ味鋭い、大円流合気柔術の「辻車」が見事に炸裂。
肘を固められたまま、強烈に地面へ叩きつけられたジッテ。その勢いで、交差していた両肘が、ごきりと音を立てて、折れた。
「ぐ、ぐおおおぁっ・・・・・・」
・・・・・・ガラアンッ
鈍く光る鉄製の十手が、乾いた金属音を立てて、地面に転がる。
「や、やったね苺チャン! ・・・・・・でも、まだ、この男・・・・・・立ち上がるよ!」
「辻車を受けて、両肘も折れてるのに、なんでぇ?」
「ぐ、ぐおぉ・・・・・・。ま、まだであります! まだ、この五行節が、簡単に倒れるわけにはいかんのであります! ・・・・・・ぐぬぅ!」
ジッテは、よろけながらも立ち上がり、折れて曲がった両肘を震わせ、痛みに耐えながら短剣を手にした。
「華蓮! 苺! その場にしゃがんでぇーっ!」
「「 ! 」」
小紅が、猛ダッシュで二人の後ろから走ってきた。二人はジッテから目を離さぬまま、そのまま腰を落として、しゃがみ込む。
「てえやぁーーーーーーーーっ!」
まるで、陸上の走り幅跳びのように、小紅は地面を蹴って跳び上がった。そして、そのままジッテに向かって、一直線に足底を突き出す。
「く、くそぉ! 毒島様の指令が・・・・・・遂行、失敗であります! 申し訳ありません!」
・・・・・・ドゴシャアッ!
ジッテの顔を、小紅の跳び蹴りが打ち抜いた。そのままゆっくりと後ろに、ジッテは意識を失い、どさりと倒れる。
「小紅ーっ! ありがとーっ! ・・・・・・あー、つっかれたーっ!」
「わたくしたち三人で、倒せたのねー・・・・・・。はぁーっ!」
「やったけど、まさか、他にもいないよな? ・・・・・・うん、いない。だいじだね!」
周囲をぐるりと確認し、安全だとわかると、小紅たち三人はその場に溜め息をついて座り込んでしまった。
・・・・・・ファンファンファンファン
しばらくして、赤いパトランプが見え、三台のパトカーが千寿山公園へと入ってきた。
パトカーからは、二斗刑事ほか数名、そして久保巡査が慌てて降りてきた。
「小紅ちゃん! すまんすまん! 留守電を聞いてね。応援を頼んで、駆けつけたよ!」
「もぉー・・・・・・久保さぁんっ! 二斗刑事もぉ! 終わりましたよー・・・・・・」
「え? デスアダーに襲われてるって聞いたけど・・・・・・。あ、あはは。終わったのかー」
若い刑事が、倒れたジッテとアシッドを確認し、がちゃりと手錠をかけた。
「だ、だいじょうぶだったのかね、君たち!」
二斗刑事が、慌てて苺や華蓮の様子を確認した。
「わたくしたちは、何とか・・・・・・。だいじょうぶでしたぁー。正直、怖かったですーっ」
「ウチも怖かったー。だって、矢が飛んできたり手裏剣が飛んできたりだもんーっ!」
二人の話を聞き、警官たちはジッテとアシッドが放ったものや、折れた弓と希王水のビン、十手などを証拠品として押収。現場検証の準備に入る。
「・・・・・・久保さん。二斗刑事。その二人はね、デスアダーの毒島が雇った、実働部隊みたい。五行節、と言っていました。・・・・・・さすがのあたしも、冷や汗が出た相手です」
小紅は、二斗刑事と久保巡査に、今回の経緯を詳しく話した。
「うーむ・・・・・・。久保巡査、これは、一刻も早く毒島の居場所を突き止め、確保しなければ危険が増すばかりだな。県警本部も、奴らの拠点を調べているところだが・・・・・・」
「そうですね。私も交番勤務ですが、情報を集めてみます。以前逮捕した被疑者の柿田信好は、施設内で謎の矢に討たれて死亡したようですが、まさか、小紅ちゃんを襲ったこの男の仕業では?」
「それも、取り調べで、聞き出すとしよう! 私はこの男たちを署に連行するから、君は早乙女さんたちを、送り届けてほしい。よろしく頼む」
「はっ! 了解しました。・・・・・・じゃ、三人とも、乗って? 家まで送りますから」
「え。パトカー乗るのは、嫌だよ! あたしらが、何かやらかしたみたいだもん!」
「早乙女さん。それと、お二人も。・・・・・・危険が迫ったら、またすぐ、警察に連絡を!」
二斗刑事は、小紅たちの肩をぽんと叩く。
逮捕されたジッテとアシッドは車に乗せられ、千寿山公園から去っていく。二人が乗せられたそれは、黒い覆面パトカーだった。
* * * * *
激闘を終え、千寿山公園を出た三人は、何事もなかったかのようにスーパーに寄って買い物中。
「ねー、小紅! 華蓮! お腹空いたね・・・・・・。夕飯、何にする? ステーキでも焼く?」
「うーん。あたしじゃ、大したもの作れないしなー・・・・・・。どうしようね?」
スーパーのカートを押しながら、品物を見て悩む小紅。
「えー? 小紅チャン。なんならわたくしが、中華でも作ろうか?」
「え! いいの? それじゃあ、華蓮に美味しい中華料理、作ってもらおうかな!」
「ホイコーロー。チンジャオロースー。そして、エビシューマイでいい?」
「おぉ! いいね! あたしの好きなものばっかり! よろしく、華蓮!」
目を輝かせて、笑顔で喜ぶ小紅。華蓮も、にこにこ笑って小紅とハイタッチ。
しかし苺は、いつの間にかステーキ肉を三人分、買い物カゴに入れていた。
「・・・・・・ねぇ、苺? あんた、あたしらの話、聞いてた? ステーキは、だめよ!」
「えー。ウチ、ステーキがよかったのにーっ・・・・・・。華蓮! 中華風ステーキにしない?」
さっきまでの死闘が、まったくの嘘のよう。
そこにいるのは、どこからどう見ても、普通の年頃な女子高生三人だった。ちょっと埃まみれになってはいるが。
* * * * *
カツッ カツッ カツッ カツッ
廊下に、早足で毒島の部屋へ向かう靴の音が響く。
「毒島様・・・・・・」
「・・・・・・針実さんですか。お入りなさい・・・・・・」
「失礼します・・・・・・。毒島様、緊急の報せが・・・・・・」
「なんでしょう? ・・・・・・五行節のことですかねェ?」
「・・・・・・はっ! 手下の者から入った報せですが・・・・・・。ジッテとアシッドが二人がかりで例の小娘に仕掛けましたが・・・・・・」
「ほォー? ・・・・・・針実さん、だいぶ青ざめていますねェ? ・・・・・・大丈夫ですか?」
毒島は、大量の札束を扇のように靡かせ、横にばさりと投げ捨てた。
「はっ。・・・・・・指令遂行、失敗。・・・・・・倒され、警察に二人とも捕まったとのことです」
・・・・・・ぎしりっ
肘掛け椅子から毒島が、ゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと、針実さん? もう一度、言って下さいませんかァ?」
「は、はっ! ジッテと、アシッドの、指令遂行は・・・・・・失敗に」
「ほおォ~・・・・・・? ・・・・・・それは、不愉快ですねェ! まったくもって!」
「・・・・・・ま、まさかとは思いましたが、五行節が一気に二人もやられるとは・・・・・・」
毒島は、机の上にあった陶器の壷を、平手で強く叩いた。
・・・・・・ドバシャアァンッ!
壷は、まるで煎餅が砕けるかのように、粉々になって四方に飛び散る。
カエルの入った水槽を眺める毒島。不快そうな顔で、紅色のカエルに語りかけた。
「ボクは・・・・・・不愉快ですよ! ここまで小娘らごときに足を引っ張られてねェッ!」
カエルは何も気にせず、水面や浮き草の上で、ケロケロと喉を鳴らしているだけだった。
「(・・・・・・これは、仕掛けていくより、小娘に来て頂く方が、いいのかもしれませんねェ)」
部屋にある大量の札束と、謎の粉や枯れ草を手に、妖しく奇怪な表情を浮かべる毒島。
青いライトの下で、不気味な笑い声が、高らかに響き渡っていた。
* * * * *
「美味しいっ! 華蓮、ほんと美味しいよ! ・・・・・・おい、苺。それ、あたしのだけど?」
「華蓮のエビシューマイ、美味しいから食べたいんだもん。小紅はそっちの野菜にしなよ」
「ふっざけんなって! ねー、華蓮? あたしにこのシューマイ、作り方教えて?」
「あらぁ、嬉しい。いいけどー? ・・・・・・彼氏クンに、食べさせてあげるのかなー?」
「(けほっ)・・・・・・な、なんでまた、優太の話になんのよ! むせちゃったじゃん!」
華蓮の言葉に動揺して野菜が喉につっかえた小紅は、慌てて自分の胸をたたく。
「それにしても今回の覆面のやつ、手ごわかったねー。ウチ、ちょっと焦ったもんー」
「あんな相手がまだまだいるのかしら? わたくしも苺チャンも、あのジッテという敵のおかげで、あちこちアザだらけだわ」
「あたしなんか、希王水なんて変なもの噴射されてさ。見てよこれ、肌荒れになっちゃったんだよ!」
「あら、ひどい! 小紅チャン、お風呂から出たら、わたくしの化粧水貸してあげる。肌荒れにも効くのよ」
「ありがと、華蓮! あーもう。ほんと最悪な敵だ! ・・・・・・って、苺? それ、またあたしのおかず食べてんじゃん!」
女子三人は、まるで部活の合宿でもあるかのように、様々な女子トークで食卓を囲み、激闘の疲れを癒やしていた。
こうしている間にも、デスアダーは次第に小紅たちに迫り寄ってきている。




