~ファイル36 伝統派空手と古流柔術と中国拳法~
小紅、苺、華蓮の三人は、早風館道場で稽古着に着替え、それぞれ準備運動をしていた。
「それが、華蓮の稽古着なのかー。へー、雰囲気あるじゃん! カンフー映画みたいだ」
「一応、これ、武術競技の正式なものなの。わたくしも中学の頃、表演部門には何度か出たことあってねー」
「白い小紅の道着。ウチのは濃紺。華蓮は薄桃色だねー。三者三様だー」
華蓮の稽古着は、チャイナドレスのようなさらりとした生地で、身体の真ん中を紐でいくつか留めるもの。そして、足には白いシューズを履いている。
「表演部門って、あたしの空手でいう、形競技かな? 単独で演武するやつ?」
「そうー。わたくしのは形とは言わず、『套路』って言うんだけどね。まっ、同じようなものと思ってもらえれば! じゃあ・・・・・・なにか、演武してみましょうかー?」
「え! 華蓮の形? ほぉー、見てみたいな。そしたらあたしも、何か演武するわー」
小紅は、興味津々な様子で、腕組みをして華蓮の準備運動を眺めている。
「ウチも見てみたいなーっ! 小紅の形も、華蓮の套路も! ウチの大円流には、そういう単独演武、ないんだもんー」
「わかったわー。わたくしが母から教わったのは、八極拳、白鶴拳、少林拳の三つ。その中でも、白鶴拳はいくつか門派があるんだけど、わたくしのは鳴鶴拳ってやつなの」
「へー。鶴の拳法ってことか。あたしと宇河宮行った時にさ、華蓮、棒術みたいなやつ使ってたじゃん? あれは、少林拳?」
「そうそう。母から教えてもらった、少林拳の棒術よ。武器術は、そっちの技法ねー」
「すごいなー。ウチ、基礎的な剣術しかできないもんなー。いろいろやれるんだねー」
小紅も苺も、華蓮の武術に興味が尽きない様子。
「じゃあ、そろそろやってみるね。鳴鶴拳の套路、どれにしようか悩んでるんだけど」
「空手みたく、やっぱり、いろんな形の種類があるの?」
「鳴鶴拳の套路で、わたくしができるのはー・・・・・・三戦拳、八歩連、二十八歩、かなーっ? 他にもあるんだけど、そこまでは習わなかったからさー」
「! え?」
華蓮の言葉を聞いて、小紅は、ちょっと驚いた顔を見せた。
「なんつった? いま! サンチン? パープーレン? ニーパイポって言った?」
「サンチンチェン。パープーリェン。ネーパイプゥ、だよ?」
「それ、見せて! えっと・・・・・・じゃあ、ネーパイポゥってやつ!」
小紅は目を爛々とさせ、華蓮の肩を揺すって、笑顔で目を見開きながら懇願した。
「(あたし、形はそこまで興味ないけど・・・・・・。その華蓮の形、もしかすると・・・・・・)」
道場の真ん中で、華蓮は、左掌に右拳を添え、演武の準備に入った。
小紅と苺は、壁に寄りかかって、息を呑んで見つめている。
「鳴鶴拳! 二十八歩!」
クヒュゥゥーッ・・・・・・ クオォォォハァァーッ
「(! やっぱりね! 空手に、よく似た呼吸法だ!)」
華蓮の呼吸音を聞いて、小紅は、にやっと笑っていた。
そして、ゆっくりと掌と拳を動かし、華蓮の演武が始まった。
指先を開き、拳を糸巻きのように回転させたり、足を高く蹴り上げて、地面に拳を落とすようにしゃがんだり、華蓮は四方八方に技を繰り出す。
「(あたしも糸恩流の二十八歩はできるけど・・・・・・予想通り、これが源流なのかも!)」
両手を横に開き、そこから、指先をしならせるように三方向へ打つ。そして、掌に蹴りを放ち、両拳で大きく踏み込んで、華蓮は突きを放つ。
「ハアァーーイッ! クヒュルゥゥー・・・・・・」
最後に、鶴が甲高く鳴くかのような呼吸法で息を吐き、華蓮は演武を終えた。
「すごい、すごぉい! かーっこいいなぁーっ!」
苺が、目をキラキラさせて拍手をし、華蓮にタオルを渡す。小紅も、にんまりと笑う。
「やっぱりだ! 華蓮。いまの形さぁ、あたしの糸恩流にも、似たものがあるよ!」
「えっ、そうなの? それは、興味があるね。小紅チャン、その形、見せてよ!」
すると、小紅は、黒い帯をしゅるりと揺らして、道場の真ん中へ。
「あたしが今から見せるのは、糸恩流にある『二十八歩』って形ね。鶴の動きっぽいところが多いから、今の華蓮のやつと、見比べてみて? 関係性があると思うからさ」
掌を開いて、すっと構える小紅。華蓮と苺は、じっと目を見開いて、瞬きせず見ている。
「・・・・・・ニーパイポォーッ!」
スウゥゥーッ・・・・・・ コオォォハァァーッ・・・・・・
「(あら、本当ね! この呼吸法。よーく似てるわー)」
一気に腰を落とし、横に素速く突く。そしてまた、指先を斜め上に伸ばし、打ち、両肘で挟むようにし、突き、前後斜めに技を繰り出す。
そして、優雅に、小紅は両手を翼のように広げた。ニーパイポの特徴的な動きだ。
「(わぁ。なるほど。形の名称といい、これは面白いね!)」
華蓮は、くすっと笑って、真剣な目で小紅の演武を見続けた。
「てぇああーーいっ! ・・・・・・フウゥーッ・・・・・・」
息をゆっくりと吐き、一礼。
「・・・・・・あー、久々にやった! ・・・・・・どう?」
「面白かった! なるほど。これは確かに、わたくしの鳴鶴拳二十八歩と、関係あるね!」
「いーなぁーっ! ウチも、単独演武の形、何か覚えてみたいよー」
その後、苺が小紅と華蓮に、正座したままで床を滑るように動く「膝行法」という技術を見せた。
座った苺に対し、二人が蹴ったり突いたりを仕掛けると、苺は、立ち上がらずにそのまま掴んだり絡めたりし、ぶわっと投げ飛ばす。これには二人も、豆鉄砲を喰らったような顔。
「す、座ったままで、あたしと華蓮を放り投げた!」
「信じらんない! しかも、正座しながら素速く動けるなんて!」
「ふふふーっ! さぁ、もっと打って! 膝行法からの締め技、『野蔓』を見せるから!」
苺の次は、腰を落としたまま、三十分ずっと動かない「站椿功」を華蓮が二人に伝授。
空手の稽古で似たような鍛錬をしている小紅は、少しだけしか表情を変えない。だが苺は、五分と保たずに、座り込んでしまった。床には、汗がぽたりぽたりと滴り落ちている。
「どーしたの、苺? あたしはまだまだ、このとおりよー? ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
「もう、太腿が、ぱんぱんで無理ーっ! すごいね、小紅! 地味にきっつい筋トレだー」
「やるね、小紅チャン! 空手にも、似たような鍛錬、あるんだね?」
「四股立ちや猫足立ちでずっと耐えるの、やってきたし。でも、この鍛錬もきついね!」
そう言っていた小紅だったが、十二分弱しか保たず、ギブアップ。三十分こなしたのは、華蓮だけだった。
小紅が二人へ教えたのは、糸恩流の技法である「受けの五原則」。落花、流水、屈伸、転位、
反撃の五つを、実際に見せながら教えた。
「華蓮。なんでもいいからさ、仕掛けてみて?」
「え? いいのかな? じゃあ・・・・・・。ハアァイィーーッ!」
・・・・・・シュッ バキインッ!
「! い、いーたぁーいっ! ええ? わたくしの蹴りを、そのまま、打ったの?」
「受けがそのまま攻撃になるの。『落花』の応用で、相手の技を真っ向から打ち払うの」
「なんかー、小紅らしい技だね。流水って技法は、以前、ウチは体験したなー」
「あたし、その気になりゃ、受け技で相手の手足をぶっ壊すこともできるよ!」
そうして三人は、お昼ご飯を食べることも忘れ、技術交流に没頭して夕方近くまでみっちり汗を流したのだった。




