~ファイル34 小紅に苺、そして華蓮に時々みかん~
朝食を終えた小紅と苺は、JR柏沼駅まで散歩がてら、てくてく向かっている。
「ねー? 今から紹介してくれるお友達って、どんなひと?」
「ん? えーと、すごくきれいで、美人な子。那須野方面から来るの。ちょっとしたことで知り合いになってね? ・・・・・・あと、すっごい特技があるから、驚くと思うよ!」
「那須野方面? じゃあ、柏沼高校ではないんだ?」
「えーと、学校どこだっけ? ・・・・・・あ。そうだ。那須野高校だったかな?」
「へー。そうそう、この間、ウチも夕方、那須野まで行ってみたんだよ? スクーターで」
大股歩きの小紅に対して、苺はちょこちょこした小走りで歩調を合わせている。
「えぇ! 美布から? どのくらいかかんのよ。遠いよね?」
「うーん。二時間くらいかかっちゃったかなー」
「スクーター、羨ましいなー。あたし、自分の足か自転車しかないしなぁー・・・・・・」
橋を渡り、緩やかな坂を上って、二人は駅に着いた。
すると、ちょうどホームに電車が到着。多くの人が改札口から出てきたところだった。
「・・・・・・あ、いた! おーい、こっちだよー」
「え! え? な、なんで? 友達って・・・・・・」
大きく手を振って出迎える小紅。その横で、びっくりする苺。
「・・・・・・お出迎え、ありがとねーっ! いやー、初めて自力で来ましたわよ。柏沼市って!」
駅員に切符を渡し、改札口から旅行用バッグを抱えて、華蓮が到着した。
「え? 苺チャンだよね? メールにあった、小紅チャンちにいる別な友達って・・・・・・」
「えー? なんだ。華蓮と苺、知り合いだったのかー」
「いや、ウチもびっくり! 小紅と華蓮が、友達としてつながってたなんてさー」
「わたくしも、まさか今日、このメンバーでとは思わなかったなぁ!」
小紅、苺、華蓮の三人は顔を見合わせ、数秒後、大きな声で笑い合っていた。
* * * * *
ぶろろろぉー・・・・・・ ぶいー・・・・・・ きいっ
「はい。今日も合格。ハンコ捺したからね。来週には、仮免検定できるよ」
「ありがとうございました! また、お願いします!」
宇河宮にある自動車教習所。そこの教習車から降りてきたのは、私服姿のみかんだ。
「(今日の教習で、ほぼ終わりか。もうすぐ免許取れそうだな!)」
みかんは橙色のバッグを肩に掛け、塾や予備校が並ぶ通りを、口笛を吹いて歩いていく。
・・・・・・がらあんっ
「! ん?」
通りの奥で、塾から出てきた男の子がうずくまっている。長髪でピアスをつけた不良高校生三人に、絡まれていた。なんと、その男の子は、あの優太。
「へへ! おい、おめー。その金、くれよ!」
「だ、だめだ! これは、来週の英語の講義を受けるための・・・・・・」
「うるせえ! このぉ!」
「うわっ! や、やめて! 嫌だ! 渡してたまるか・・・・・・」
優太は、財布をしっかり抱えて守るようにしながら、不良三人のパンチやキックに耐え、打たれ続けている。
「(やれやれ・・・・・・。私も、これはさすがに、黙ってられないな)」
みかんは、不良にやられる優太の姿を見て、溜め息をついて拳をこきりと鳴らす。
「おい! 何やってんだ! お前たち!」
「「「 あ? 」」」
優太への暴行を、ぴたりと止めた不良三人。視線は一気に、みかんの方へ。
六つの目が、一斉にみかんを睨みつけた。
「んだ、おめー?」
「(だ、誰だろう? 一瞬・・・・・・小紅ちゃんが来たのかと思った・・・・・・)」
優太は、うずくまりながら、みかんの姿を認識した。
「その人を恐喝して、暴行して、金を奪う気か? ひどいことするな。警察呼ぶぞ!」
「おいおい、おめーにゃ、関係ねーよ・・・・・・」
「もしかしてこいつ、正義のヒロインにでもなった気か? やっちまうべ!」
優太は、一人の不良に踏みつけられながら、凜と佇むみかんの姿を、瞬きせず見ていた。
「関係ねぇやつぁ、すっこんでろ!」
やや背が高めの不良が拳を振った瞬間、ふうっと空気が動き、その場に不良は倒れた。
「こっ、このやろう!」
鼻にピアスをした坊主頭の不良は、みかんを蹴り飛ばそうと足を振るが、一瞬で顔が撥ね上がり、その場に崩れ落ちた。
「(こ、この人、強い! ・・・・・・小紅ちゃんみたいだ!)」
優太を踏みつけていた長髪の不良は、ポケットからプラスとマイナスのドライバーを取り出し、みかんに向けて威嚇するように突き出した。
「お、おらぁ! どうだ! これで刺されたくなかったら・・・・・・」
ヒュンッ ピシイッ! ・・・・・・どしゃ
不良が言葉を言いきらぬうちに、目にも留まらぬ速さのみかんの突きがその顎先に入り、一瞬で不良は失神した。
「ドライバーは、工作にでも使いなよ。使い方、間違ってるぞ? まったく!」
「あ、ありがとうございます・・・・・・。ぼく、どうも、こういう人に絡まれて・・・・・・」
優太はズボンや服のホコリを払いながら、みかんに頭を下げ、お礼を言った。
「大丈夫でしたか? あ! ちょっと手首、擦り切れてますね? 待ってて下さい」
みかんはバッグから、山吹色のハンカチを出し、優太の手首を拭いた。ハンカチには紅色の糸で「Mikan.A」と刺繍されている。さらりとした、肌触りのいい生地だ。
「すみません。ハンカチ、ぼくのせいで汚しちゃいましたね・・・・・・。洗って返さなきゃ!」
「いいですよ、別に、そんな。・・・・・・ここの塾に通ってるんですか?」
「あ、いえ。来週の土日だけ、特別講習があって。今日は、その申し込みで・・・・・・」
「そうですか。私は、このちょっと先の自動車教習所に通ってまして。来週もいるんでしたら、それ、今度でいいですよ? 私も来週、同じような時間に、この辺にいますから」
みかんは、優太へにこっと笑顔を見せ、メモ紙に携帯の番号を書いて渡した。
「す、すみません! ありがとうございました!」
「申し遅れました。等星女子高校の、安藤みかんと申します。では、また」
「あっ! と、常盤優太です。本当に、ありがとうございました!」
みかんは優太にぺこりと頭を下げ、優太も深く頭を下げ、その場で別れた。
「(安藤みかんさん、か。まるで、小紅ちゃんみたいだった。空手とかやってるのかな?)」
みかんのハンカチをポケットに入れ、優太は宇河宮駅の方へ歩いていった。
近くの寺にある大きな柑橘類の木には、白く甘い香りを放つ花が、いくつも咲いている。
優太が歩いている通り沿いの時計店では、ショーウインドウの中で古時計の振り子がゆっくり左右に揺れ、かちりと針が大きく動いていた。
* * * * *
「お邪魔しまぁす! へー。レトロな感じ。どこか、わたくしの家にも似てるー。普段は二人暮らしなの?」
「いつもはそうなんだけど、じーちゃん空手の集まりで、明日までいないんだ」
「そうなのね。へー、でも本当に居心地良いお家ね」
「華蓮、荷物はそっちの部屋に置いちゃってー? いま、お茶淹れるね」
「まるで、ミニ合宿だねっ! ウチと、小紅と、華蓮でさ!」
茶の間の奥にある和室へ、華蓮は案内された。
襖を開くと、小紅の部屋と繋がる四畳半ほどの小さな和室が目の前に広がる。
「狭くてごめんね? あたしの部屋、苺の布団敷いちゃったからさー。華蓮のも、こっちの四畳半の部屋に敷くね。ここ開けておけば、あたしの部屋と繋がって、十畳半だし!」
「なんか、楽しいかも! わたくし、こういう休日、けっこう好きだよ!」
ふと、華蓮は、茶の間の隅に掲げられていた遺影を見上げた。
「小紅チャン・・・・・・。これって?」
華蓮が寝る布団を敷き終え、茶の間に座る小紅。
急須でお茶を淹れながら、抑揚のない声で話し始めた。急須から注がれるお茶とともに、ゆっくりと。ただ、ゆっくりと、小紅の口から言葉が出てくる。
「ばーちゃんと、あとは、両親。・・・・・・ばーちゃんはさ、あたしが五歳の時に、病気でね。両親は・・・・・・。中三のときに・・・・・・デスアダーのやつらに襲われて・・・・・・さ」
小紅は話しながら、苺と華蓮の湯飲みに、お茶を注ぐ。
急須の注ぎ口からは、ぽたり、ぽたりと、深緑の雫が数滴、落ちた。
「! ・・・・・・デスアダーって! ・・・・・・小紅チャンの親も?」
「え?」
遺影を見つめたままの華蓮を、見上げる小紅。
「小紅ー・・・・・・。華蓮もウチも、きみと同じ。みんな、デスアダーは、仇だね!」
「え? まさか、そうなの? 華蓮も・・・・・・」
「うん。そう。・・・・・・ちょっと、こういう流れだからさ、お茶飲みながら話そうかなー」
華蓮と苺は座り、小紅の淹れたお茶を飲む。
そして、次は華蓮がゆっくりと話し出す。
「わたくしね、今は、祖母と二人暮らし。今日は、敬老会の旅行で家にいないから、こうして来られたんだけどね・・・・・・」
また、お茶をすすり、話は続く。
「母と祖母との三人暮らしだったのよ。四年前までは、ね・・・・・・。もともとわたくし、父は生まれる時と入れ違いで、死別してて・・・・・・。母は、祖母と二人で、女手だけでわたくしを育ててくれたんだ。・・・・・・那須白磯市でさ、小さな町中華のお店をずっとやってたの。・・・・・・母は、若い頃、神奈川の中華街で料理人として働いてたのよー」
「・・・・・・ふぅん。華蓮の家、そういう感じだったのか・・・・・・」
小紅も、お茶菓子の団子を頬張り、華蓮の話を横で聞く。
「中華街にいた頃に、母は、そこで中国武術を習ったの。初めは、趣味程度だったらしいけど、働いていた店の若い店主が、本格的に教えてくれたそうで。それで、わたくしにも、小さい頃からいくつか教えてくれたの。・・・・・・母の形見ね。この武術はさ」
「そうだったんだ。華蓮のお母さん、強そうな気がする。ウチも今、お母さんだけでさー」
「強い人だったかも。・・・・・・人として、心も強かったろうし。武術も、上手だったと思う。あとね、ラーメンがすごく美味しかった! だからわたくし、ラーメン好きなの!」
華蓮は、湯呑みのお茶を眺めたまま、話を続けていた。
「この前、華蓮が教えてくれた、あの宇河宮のラーメン屋、あたしまた行きたいなー」
「ウチ、華蓮のお母さんが作るラーメン、食べてみたかったなー」
「パーコー麺と、チャーシュー麺が得意だったよ。あの母の味のラーメン、懐かしいな」
「(あ! だからあの時、あたしをパーコー麺のお店に誘ってくれたのか。そういうことか・・・・・・)」
小紅は、ちらっと華蓮の方を見てから、目を瞑ってお茶をすすった。




