~ファイル32 小紅と苺の台所~
・・・・・・ビイイイィィーッ バタバタバタター・・・・・・
新聞配達に回る原付バイクの音が響き、ほんのり冷えた風がゆるりと吹いている。
「むにゃむにゃ・・・・・・。んん? ・・・・・・え? ・・・・・・あぁ、そうかぁー・・・・・・」
花柄模様のふかふかした布団の中で苺は、そのバイクの音によって目を覚ました。
「(小紅のおうちに泊まったんだっけ・・・・・・。・・・・・・身体が、さすがに痛いな・・・・・・)」
すぴぃ くぴぃ zzZ くぅくぅ すぴぃ zzZ
その横では小紅が、人形のような愛らしい顔で、寝息を立てている。
寝転がりながら、天井を見つめる苺。そこの天井には、ゆるりとした木目が見え、部屋の壁には「パ・ダンプ」や「イブニング娘。」といった歌手グループのポスターが貼ってある。
漫画のコミック本がいくつも入った棚の上には、お洒落なデザインのMDコンポが置かれている。
学習机の上には、空手の試合で獲得したトロフィーと、四人で写った古い写真もある。
「(これが小紅の部屋なんかぁ。・・・・・・今日来るっていうお友達、どんな人だろうー)」
苺は、隣の布団で眠る小紅を起こさないように、そっと布団から出て、洗面所へ向かった。
顔を洗いながら鏡の自分を見つめる苺。洗面所に架かった時計の針は、「く」の字のよう。
トイレを済ませ、苺はまた、布団に戻って、もこもこと深く潜る。
二時間後、今度は小紅が薄手の夏掛けを、足でがばっと撥ね退け、むくりと起き上がった。
寝ぐせでぐしゃぐしゃになった髪のまま、あくびをして洗面所に向かう。
「(ねむいー・・・・・・。でも、苺が寝てるから、起こさないように朝食作るか・・・・・・)」
空の端が東雲色になり、近所の人が散歩やゴミ出しを始めている。
小紅も、半透明のゴミ袋をぎゅっと縛り、サンダルを履いて近くのゴミ捨て場に向かった。
「あら、小紅ちゃん、おはようー。おほほ。まだ眠そうな目ねー?」
「小紅ちゃん、早いね。今朝もごくろうさまー」
ご近所さんのおばちゃんたちが、小紅に爽やかな笑顔で声をかける。
「おはよーございまぁす・・・・・・。なんか、まだ、眠くて眠くてー・・・・・・」
寝ぼけ眼で、ご近所さんと会話する小紅。おばちゃんたちの井戸端会議の話にも五分間だけ加わり、また家に戻ってきた。
「(今日は、華蓮が初めて来てくれるんだなー。さて、どーしようかなぁー・・・・・・)」
すやすやと眠る苺の寝顔を見て、小紅は目をごしごしと擦りながら、今日の過ごし方を考えていた。
* * * * *
じゅわあぁー じゅわんじゅわん じゃああぁぁー・・・・・・
「だー、もぉーっ! キャベツ、このやろう! 飛び出んなっての!」
再び、小紅はフライパンを振るっていた。
どうやら焼きうどんを作っているようだが、なぜか、まだソースや醤油を入れていないのに、焦げ茶色だ。
・・・・・・ぺち ぺち ぺち ぺち
「ふわぁー。んんー。おはよー、こべにー。って・・・・・・焦げくさぁい! なぁにしてんのー?」
「あ! 苺! おはよ。・・・・・・焼きうどん作ってるんだけど、焦がしちゃってさー」
「えー? こげー? ・・・・・・小紅ー、ウチもやるからぁー。手伝うよー・・・・・・」
眠そうな目をこすり、苺は顔を洗ってから、小紅と台所に立った。
「・・・・・・ねー、小紅さー・・・・・・」
「ん? なに?」
「あの彼氏くんは今日、小紅のところへ来たりしないの? 第四土曜で休みでしょー?」
小紅は動揺したのか手元が狂い、ソースをコンロにこぼしてしまった。
「だからぁ~。まだ、彼氏じゃないって言ったでしょ! 優太は、幼馴染みなのっ」
「まだ? ・・・・・・ってことはぁー、そのうちに?」
「あ。えっと。いや。・・・・・・だからぁ、幼馴染み! 何勘ぐってんのさ、苺!」
「・・・・・・ねぇー、小紅、彼氏くんとは、どこまでいったのーっ?」
「あっ、あんたさぁー! 人の話、聞いてないでしょ? 何もまだしてないってば!」
一気に顔を真っ赤にして、小紅は丸どんぶりを食器棚から落として割ってしまった。
「何言ってんのー? ウチは、どこまで出かけたりしたの、って意味で言ったけどー?」
「え! ・・・・・・な、なんなんだよー。苺、手伝う気がないなら、向こう行っててよ!」
「わぁ。冗談だって。ごめんごめん!」
「そういうあんたは、どーなのよ? おもしろい色恋話とか、ないの?」
「ウチ? ないねー」
きりっとした笑顔で即答する苺。
「あっさり言いすぎ! なんでよ! 男絡みの一つや二つ、高三ならあんでしょうよー」
「小紅ー・・・・・・。ウチ、モテないんだよぉー。背もちっこいしさ、胸もないし、眉は太いしの地味女だもん。だから、そういう話は、ないのー」
「なんでよ。あんた、あたしが見た感じだと、ちっこくて可愛いしさぁ、その天然な感じが好まれそうだけど?」
「・・・・・・ずっと、柔術三昧だったしなー。男子との色恋沙汰なんて、別次元の話だったー」
苺は、くすっと笑いながら、半分寝ぼけたような目で、レタスをちぎっている。
「そ、そうか。でも、柔術三昧でもほら・・・・・・その・・・・・・例えば高校の柔道部の人とか」
「なんで小紅が赤くなってんのー? あー。きみ、こういう話、苦手なんでしょ?」
「う、うっさいな! あたしは、好きじゃないの! こういう、浮わっついた話はっ!」
「ふぅーん? ・・・・・・ねー、小紅ー・・・・・・」
「なに? もう、このテの話には、あたし乗らないよ? あー。暑いーっ・・・・・・」
「いや。それ、ほら、焦げまくってんじゃんーっ? やだよー、朝ごはん、炭なんてぇー」
「は? わぁ! なんで! 苺ーっ、変な話してたら、焦げちゃった。どーすんのよ!」
「なんでウチに! 知らないよー。・・・・・・小紅ー。ねぇ、普段、ちゃんと料理やってる?」
そして二人の朝食は、結局、レタスサラダと納豆だけとなった。




