~ファイル30 師範代だよ、小紅さん~
じゅー じゅー じゃあああぁぁー じゅわんじゅわん
「あっつぅ! あー、もう! 油入れすぎた。・・・・・・はねて、熱いっての!」
フライパンから、豚肉とピーマン、そして、キャベツが舞い上がり、火の上を踊る。
小紅は、台所でひとり、夕食の準備をしていた。
いつも、源五郎が不在の時は道場を任されるため、早めに夕食を済ませる。それから道場の灯りを点け、稽古の準備に入るのだ。
「しょっぱ! あー、もう。今日は味付けダメだ! 醤油入れすぎたなー」
むー むー むー むー
ちゃぶ台の上で、携帯が震えている。メールが入ったようだ。
「はいはいはいー。誰よ、もう! あたし忙しいのにー。・・・・・・メール二件? だれ?」
小紅は、携帯を開き、メールの内容を確認した。
―――『小紅チャン、明日か明後日は、予定空いてる? もし良かったら、一緒にまた楽しく過ごしたいなー。都合つくようだったら、よろしくね!』―――
―――『おーい、小紅っ。明日、予定どーお? 空いてたら、また、一緒にいろんな技を見せっこしたいなーっ! じゃ、検討よろしくーぅ!』―――
入っていたのは、華蓮と苺、二人からのものだった。
「なんだぁ、二人とも? あたしも、そこまで暇じゃないっての。・・・・・・でも、苺とまた手合わせも面白いな。じーちゃんも、いないし。・・・・・・あ、でも、手合わせなら、華蓮とも試してみたいしなぁ・・・・・・」
・・・・・・じじじ ・・・・・・じゅうう・・・・・・
考え込む小紅の鼻に、燻臭さが漂ってきた。
「え! あーっ! 焦げてる! やばーっ!! あたしのおかず、焦げちゃった。なんだってんだ、もぅ!」
フライパンの中で焦げたピーマンをつまんで、口へ運ぶ。
香ばしさを通り越して、焦げ臭くなった味を噛み締めながら、小紅は何か閃いた。
「(そうだ! どうせ暇だし、提案してみよう)」
高速でメールを打つ小紅。華蓮と苺に、それぞれ返信をする。
そしてまた、フライパンの中の炒め物は、焦げていってしまった。
* * * * *
「はぁいーっ、気合い入れてぇ! 中段追い突き、用意!」
「「「「「 おーすっ! 」」」」」
「いーちっ! にーぃ! さぁーんっ・・・・・・」
今夜も元気な声が響く早風館道場。
小紅は道着姿で、門下生の先頭に立って、源五郎の代わりに一人で全体を指導していた。
「小紅さん、どうやったら、移動基本の際に力強く突けんだべか?」
「えっと、それは・・・・・・。頭の高さを変えずに、後ろ足を前に送ってから、床を踏む瞬間に思い切り腰を回して下さい! 引き手も速く引くと、さらに突きの勢いが増しますよ!」
「おぉ、わかりました! やってみんべー」
茶帯の中年男性が、小紅の移動基本の姿をお手本に、また稽古を続ける。
「こべにねーちゃん、どうやって、これやるのー」
「小紅お姉ちゃん、蹴り方のコツ知りたいですー」
ちびっ子や中学生などからも、小紅の指導はわかりやすく丁寧とのことで、門下生からは人気があった。部活の時に、ほとんどやる気を見せないあの適当極まりない姿とは、まるで対称的だ。
「はい、次は各自、形稽古ねっ! 帯色ごとに散って練習。二十分後にあたしが見るからー」
がやがや わいわい がやがや わいわい
十人以上の門下生をあちこち見ながら、道場内を歩く小紅。
時折、各自が稽古している形の説明をしたり、実戦用法もお手本で見せたりしていた。
「わーん。こべにおねえちゃーん! いのうえくんが、たたいたー・・・・・・」
「ばか! ゆうきが、へたくそだからだろ! かた、ちゃんとじょうずにやれよ!」
「ほらぁっ! ヤス! ユウキを泣かすな! あんたは自分の稽古をやりな。人のことを言う暇あったら、そのぶん、やる! ほら!」
「ちぇっ! いつも、ゆうきはいいよなぁ。おれ・・・・・・こべにねーちゃんみたいなひとと、大人になったら、けっこんするんだ! ぜったい! そうすれば、いいよなー」
「あっはははは! だーかーらー、ヤキモチ妬くなっての! ヤスの形も見てあげるから。あたしみたいな人は、やめときなよー。ヤスじゃ、尻に敷かれて終わるだろうからさー。ははっ!」
ちびっ子たちに懐かれる小紅。何だかんだで、楽しそうだ。
稽古の最後には、小紅が門下生を一列に座らせ、壱百零八歩という最高難度の形を模範披露し、全員から羨望の眼差しと大量の拍手を受けていた。




